〈魔泉〉攻略中1
タイトルはまた変えるかもしれません。
穴埋め作業中
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最初に〈ゲートキーパー〉を撃破してから十日後。ついに〈ゲートキーパー〉が再出現した。出現した〈ゲートキーパー〉は巨大な人型の上半身という姿。つまり最初の、最もシンプルな姿だ。撃破した時の姿ではなくて、メンバーは全員安堵の息を吐いた。
さて、再出現した〈ゲートキーパー〉と最初に接敵したのはイスメルとカレンだった。いつも通り偵察のために〈魔泉〉へ近づくと、かの化け物が十日ぶりにその姿を現したのである。
再出現を確認すると、イスメルはすぐにその場を離脱した。ただし真っ直ぐメンバーのところへ取って返すのではなく、一度大きく南へ迂回してから【HOME】へ戻る。二人が帰ってきたところで、さっそく作戦会議が開かれた。
「今度こそ、祭儀術式で撃破してやります」
そう意気込むのはキュリアズだ。彼女のユニークスキル【祭儀術式目録】は前回の討伐作戦の肝として期待されていたが、しかし祭儀術式で〈ゲートキーパー〉を撃破することはできなかった。一撃で仕留めることができず、またその回復能力のために時間稼ぎ以上の効果がなかったのだ。
「祭儀術式の種類はあれから増えていないんだろう? できるのか?」
「できます」
アーキッドの疑念に対し、キュリアズは自信を持って頷いた。彼女には秘策があった。いや、秘策と言うほど大それたものではない。簡単な工夫である。つまり祭儀術式を重ねるのだ。
それができる事に気付いたのは、奇しくも前回の〈ゲートキーパー〉討伐作戦の折だった。【天賛雷歌】を発動させたすぐ後に【スターダストシューター】も使ったのだが、その際、蒼雷が降りそそいでいるところへさらに無数の魔力弾が放たれていた。【天賛雷歌】はキャンセルされることなく、それでいて【スターダストシューター】もまた発動できた、つまり祭儀術式が連発されたのである。
傍からみれば当然のことのように思えるかもしれない。しかしキュリアズにとっては目から鱗が落ちる思いだった。彼女はずっと「祭儀術式は一発ずつ使うもの」と思い込んでいたのである。
もっとも、本来ならばそれが普通なのだ。祭儀術式とは異世界における戦略兵器。使用が可能というだけで抑止力が働き、実際に使用されれば一撃必殺。発動のためには多大な準備が必要になることもあり、そもそも連発することなど想定していない。キュリアズの頭には、こういう常識論があったのだ。
しかし想定しないからと言って、決して不可能なわけではない。というか、実際に可能であった。また、いかに戦略兵器とはいえ、それは人間とその社会を想定しての話。人知を超えた化け物を屠ろうというのだから、多少の非常識はむしろ正道と言えるのかもしれない。
まあそれはそれとして。祭儀術式の連発が可能であると知り、キュリアズはそこに新たな可能性を見出した。祭儀術式を素早く立て続けに発動することで、〈ゲートキーパー〉の回復能力を飽和させ、その上で押し切りそのまま屠るのだ。
「何と言うか、実に男前な戦術だな」
「だまらっしゃい。戦術に男前も女々しいもありません。有効かそうでないか。ただそれだけです」
フレクが呆れたように茶々を入れると、キュリアズはピシャリとそう言い返した。フレクが「ごもっとも」と両手をあげるが、反省の色はあまり見られない。キュリアズはため息を吐いてずれた眼鏡の位置を直した。
ともかく、今度こそ〈ゲートキーパー〉を祭儀術式で倒すのだとキュリアズは意気込んでいた。そしてそのために重要なのは、使用する祭儀術式の種類と順番だ。それを彼女はこう定めていた。
「【天賛雷歌】、【ボルテック・ゾア】、【メテオ・ドライバー】の順番で畳み掛けます。これでダメならさらに【ゴッドブレス】。これで必ずや倒せるものと確信しています」
キュリアズは目に力を込めてそう言った。他のメンバーにとっても、長距離からの祭儀術式で〈ゲートキーパー〉を倒せるのなら、それが一番いい。不必要に〈魔泉〉へ近づかずに済むからだ。
特にカムイの場合、祭儀術式で倒せない時には、彼にお鉢が回ってくることになる。前回と同じく〈白夜叉〉のオーラで巨大な半身像で形成し、〈ゲートキーパー〉の魔昌石を引っこ抜くことになるわけだ。
ただこの方法だと、やはり前回と同じく逆に引っこ抜かれて〈魔泉〉に落とされる危険がある。もちろんカムイだって同じ轍を踏む気はない。それでも、他により安全な方法があるのなら、そちらを試して欲しいと思うのは当然だった。
「そんじゃ、今回はキュリーに気張ってもらうってことで。ただ、万が一の場合はカムイに頼むことになるから、そこんとこだけ頭に置いておいてくれ。それと、魔昌石は要回収だ。ポイントに変換しちゃダメだぜ」
短い話し合いの最後にアーキッドがそうまとめると、メンバーは小さく笑いながら皆一様に頷いた。そして一拍の後に立ち上がり、それぞれ動き出す。第二次〈ゲートキーパー〉討伐作戦、開始である。
メンバーの布陣は前回と同じ。例の丘の上にキュリアズ、ミラルダ、キキの三人が陣取る。アーキッド、カムイ、デリウス、フレク、アストール、リム、呉羽、カレン、ロロイヤは〈魔泉〉の周辺に展開する。イスメルは〈ゲートキーパー〉を牽制し、ルペが彼女の支援に回る。
ただ、前回〈ゲートキーパー〉の注意を引くためとしていた【HOME】を、今回は使わないことにしている。囮としての効果が前回あまり認められなかったことと、再建のための費用が思った以上にかかりすぎたことがその理由だ。そのためアーキッドは丘の組に回っても良かったのだが、後方から全体を見渡し指示を出す人間がいると安定感が増すということで、前回と同じ配置になっていた。
「ギィィィィイイイイ!!」
さて、カムイたちが〈魔泉〉に近づくと、〈ゲートキーパー〉が出現し相変わらず耳障りな咆哮を上げた。しかしその姿からは以前のような威圧感を覚えない。それは前回の作戦の際に第四形態のさらに凄まじいプレッシャーを経験しているからだし、なによりそれを撃破したという実績が大きな自信になっているのだ。
「では、行きます」
「おう、任せた。ルペも頼んだぜ」
「うん、まっかせて!」
イスメルとルペが空へ上がる。それを見送ると、アーキッドは地上に残ったメンバーに視線を向けた。今回、予定通りに作戦が進めば、アーキッドを含め彼らの出番はほとんどない。しかしだからと言って気を抜くのは愚の骨頂だ。なにより、作戦が予定通りに進むとは限らない。
「さて、カムイは準備を始めてくれ。他の陸戦組は少年の護衛だ」
アーキッドがそう指示を出すと、カムイは言われたとおりすぐに準備を始めた。ユニークスキル【Absorption】と〈オドの実〉を最大限駆使してエネルギーを集め、それを〈白夜叉〉のオーラに変換して樹の根のように地中に張り伸ばしていく。また引っこ抜かれて〈魔泉〉に落ちるのもイヤなので、カムイは念入りにオーラの根を伸ばした。
他のメンバーは、そんな彼を護衛するために、その周囲に散らばった。その中にはもちろんカレンや呉羽の姿もある。二人とも、「彼氏をまた〈魔泉〉に落としてなるものか」と気張って周辺を警戒していた。
特に呉羽の場合、いざという時にはまた合技〈天地明王〉を使うことになる。そのために必要な〈魔法符:ユニゾン〉はすでに用意してあるし、また防具も【黄龍の神武具】を装備している。準備は万全だった。
一方のカレンも、意気込みでは負けていない。彼女の左右の手には、それぞれ白と黒のショートソードが握られている。この日のためというわけではないが、彼女は獲物を新調していたのだ。
白のショートソードは銘を【白夜】といい、黒のショートソードの銘は【極夜】という。どちらもアイテムショップで購入したものだ。二振りワンセットの双剣として売られていたわけではないが、「双剣」で検索してヒットしたものなので、二刀流で使っても支障はない。実際、サイズや意匠の系統は同じだ。
少し話はそれるが、〈ゲートキーパー〉が再出現するまでの間、カムイたちは連日のように極大型のモンスターを乱獲していた。「恋する大暴走事件」のためにそれが出来ない日もあったが、ともかくこれまでの間に彼らは巨額のポイントを稼いでいるのだ。
資金は潤沢にあり、しかも費用が必要経費とされたこともあって、カレンは恐縮しつつも値段は気にせず、性能を重視して自分のスタイルに合った得物を探した。それが上記の【白夜】と【極夜】である。ちなみにお値段は二振りで840万Pt也。
この二振りの外観上の最も大きな特徴は、刃がガラスのように透けていることである。普通の鋼ではなく、特殊な希少金属を使っているのだ。それで、この二振りまるで美術品のような美しさを備えていた。
一方、刃物としての性能はあまり良くない。刃は美しい反面脆いので、そのまま使うと簡単に刃こぼれしたり折れたりしてしまう。ただしそれは何もせず、ただの刃物として使った場合の話だ。
カレンの新たな得物である【白夜】と【極夜】はマジックアイテムだった。つまり、魔力を込めて初めて、その真価を発揮する。魔力を込めるとその刃は淡く発光し、その鋭さとしなやかさと強靭さをおおいに増すのだ。
カレンはイスメルから剣術を習っているのだが、その際いつも言われているのが「刃に魔力を通して振るえ」ということだ。イスメルに言わせれば「魔力と言う便利な力があるのに、それを使わないでただ剣を振るうなど、猿が棒切れを振っているのと変わらない」。刃に魔力を通すのは戦いにおける基本中の基本であり、その点において【白夜】と【極夜】はうってつけの装備だったわけである。
しかしながら、この二振りには欠点もある。常に魔力を通すことを想定しているので、その分消耗が大きいのだ。ただカレンの場合、〈伸閃〉と〈瞬転〉以外には魔力を使って何かをするということがない。日頃から魔力は余り気味なので、欠点はあっても大きなデメリットにはならなかった。
加えて素材の性質なのか、【白夜】と【極夜】は非常に魔力の通りがいい。少量の魔力で大きな効果を得られるのだ。他にも、「魔法剣士向き」と書かれていたとおり、魔法の発動触媒としても優秀なのだが、魔法を使わないカレンにはあまり関係がなかった。
まあカレンの新しいオモチャの話は、これくらいでいいとして。〈ゲートキーパー〉が〈魔泉〉に出現し、何かを追い回すかのように手を振り回している様子を、キュリアズは例の小高い丘の上から鋭い面持ちで観察していた。
彼女の手にはすでに【祭儀術式目録】がスタンバイされており、さらに後ろには〈獣化〉したミラルダが控えている。準備は万端だった。そしてメッセージをチェックしていたキキが、二人にこう声をかける。
「ん。始めてくれ、って」
「了解です。では、始めます」
「うむ、存分にやるがよい」
ミラルダの言葉に、キュリアズは一つ頷く。彼女は気を落ち着けるように大きく深呼吸をした。そして手元の【祭儀術式目録】に視線を落とし、目的のページを開いていることを確認する。それから顔を挙げ、〈ゲートキーパー〉に鋭い視線を向けた。その仇敵はちょうど彼女に対し背中を向けている。イスメルが誘導してくれたのだ。
「いきます……。鳴り響く蒼雷は天上の賛歌、【天賛雷歌】!」
一発目の祭儀術式が発動させる。まず〈ゲートキーパー〉の頭上に巨大な魔法陣が一つ展開された。続けてさらに、その周囲に十二個の魔法陣が、カムイ曰く「雷神の太鼓みたいに」展開される。それらの魔法陣が一斉に回転をはじめ、そして次の瞬間、耳をつんざく雷鳴と共に、蒼い雷が眼下の〈ゲートキーパー〉目掛けて放たれた。
「ギィィィイイイイ!?」
蒼雷に焼かれ、〈ゲートキーパー〉が悲鳴を上げる。もちろん、イスメルは退避済みだ。ただこの一撃で〈ゲートキーパー〉を倒せるとは誰も考えていない。その筆頭はキュリアズだ。それで彼女は早くも、それこそ【天賛雷歌】を発動させたそのすぐ後から、次の行動へ移っていた。
キュリアズは素早く【祭儀術式目録】へ視線を走らせる。そこには三つの栞が挟まれていた。それぞれ色が異なり、さらに2~4の番号が振られている。この番号はつまり使う順番だ。今回の作戦では祭儀術式を順番通りに、いかに素早く発動させるかが鍵になる。栞はそのための工夫だった。
次に開くのは【ボルテック・ゾア】のページ。そこには2の番号が振られた栞が挟まれている。キュリアズはよどみのない手つきでそのページを開くと、間髪を入れずにその祭儀術式を発動させた。
「打ち据え、貫き、牙を突き立てろ、【ボルテック・ゾア】!」
銃身にも似た魔法陣が展開される。その照準が向けられているのは、言うまでもなく〈ゲートキーパー〉だ。いまだ蒼雷に焼かれている仇敵に対し、キュリアズは躊躇うことなくその引き金を引いた。
強力無比な魔力砲撃が放たれる。その巨大な一条の光は稲妻のきらめきを残して駆け抜け、〈ゲートキーパー〉の胸のど真ん中へと突き刺さり、そしてそのまま貫通した。首がもげ、赤い目の不吉な輝きを失った頭部がゆっくりと〈魔泉〉へ落ちていき、しかし落ちる前に瘴気へと還った。
「ギッ…………!」
首がもげたからなのか、絶叫は上がらない。しかし首がもげたにも関わらず、〈ゲートキーパー〉は未だに健在だ。知っていたとはいえ、呆れるほかない耐久性、いや不死性である。とはいえキュリアズに呆れている暇はない。そろそろ【天賛雷歌】の効果も切れる。彼女は攻撃の手を緩めることなく、三つ目の祭儀術式を発動させた。
「引き絞られし彗星、今ぞ解き放たれん! 【メテオ・ドライバー】!」
丘の上、つまりキュリアズの頭上に十字を描く魔法陣が現れる。その中心には魔力で構成された真っ赤な隕石が装填されていた。そしてその魔法陣がまるで弓を引くかのように反り返っていく。
「シュート!!」
引き絞られた隕石が放たれる。〈ゲートキーパー〉はいまだ健在だが、しかし頭部を失ったからなのか、両腕をだらりと垂らして身動き一つしない。そして【天賛雷歌】の効果が切れるその直前に、【メテオ・ドライバー】が〈ゲートキーパー〉の胴体に直撃して凄まじい爆発を引き起こした。
「…………っ!」
耳をつんざく爆音と激しい爆風。カムイたちはその両方を〈魔泉〉のすぐ近くで浴びた。誰かが悲鳴を上げたのかもしれないが、それもかき消されて聞こえない。幸いにして大きな被害はなかったものの、爆音で意識が飛びかけた。
それも影響したのか、何人かは爆風にあおられて踏ん張りきれず、身体を吹き飛ばされている。特に体の軽いリムが大きく飛ばされていたが、空中で呉羽が捕まえたおかげで怪我はなかった。
爆音と爆風の最中、カムイは姿勢を低くして両腕で顔面を庇っていた。オーラの根を地中に伸ばしていたおかげで、彼は吹き飛ばされずに済んだのだ。そして両腕の間から〈ゲートキーパー〉の様子を窺う。
彼の視線の先では、きのこ雲が立ち昇っていた。ちょうどさっきまで〈ゲートキーパー〉がいた位置だ。ただそのきのこ雲は〈魔泉〉から噴出す瘴気のせいですぐに散らされていく。そしてその時、彼の目は確かに巨大な魔昌石の姿を捉えた。アレは〈ゲートキーパー〉が残した魔昌石に違いない。
「あっ」
と思う間もあればこそ。巨大魔昌石は〈魔泉〉へ落ちていく。その様子がカムイの目にやたらはっきりと映った。回収する手段などない。彼にできるのは、なんともいえない気分でそれを見送ることだけだった。
「っち、くそったれめ……」
「くっ……、〈ゲートキーパー〉はどう、なった……?」
アーキッドとデリウスが身体を起こす。爆音に耳をやられたのか、二人とも頭を抱えて顔をしかめている。それでも早く状況を把握するため、彼らはともかく〈ゲートキーパー〉を探す。しかし〈魔泉〉にその姿はない。
「おい、少年。〈ゲートキーパー〉はどうなった?」
「倒した、みたいですよ。ほら、再生もしませんし……」
彼らが視線を向ける先では、ただ〈魔泉〉が瘴気を噴き出しているのみ。そのまま十数秒ほど待ってみるが、カムイの言うとおり〈ゲートキーパー〉が再生する気配はない。ということはつまり、倒したのだ。
「……で、少年。魔昌石は、どうなった?」
「落ちました」
「……マジで?」
「マジで」
「そっかぁ~。ま、そんな気はしてたけどよ」
アーキッドはそう言うと、苦笑を浮かべて肩をすくめた。デリウスもため息を吐いて頭を小さく振っている。そうこうしている内に他のメンバーもカムイの周囲に集まってきた。そんな彼らにアーキッドは一言こう告げる。
「撤収!」
こうして第二次〈ゲートキーパー〉討伐作戦は終了したのである。大勝利といえばその通りなのだが、しかし当然のことながら大赤字であった。
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「え~、それではこれより、第二次〈ゲートキーパー〉討伐作戦の反省会を行いたいと思います」
午後のおやつの時間。しかめっ面にしかし面白がるような気配を混ぜながら、アーキッドはそう宣言した。反省会といいつつも、それほど堅苦しい雰囲気ではない。テーブルにはお茶とお菓子が用意され、キキやルペがさっそく手を伸ばしている。それを気にすることなく、アーキッドは適当なしかめっ面のまま反省会を始めた。
「ではまずキュリーから」
「……魔昌石を回収できなかったのは、私のミスです。申し訳ありませんでした」
「ま、別にキュリーだけのミスってわけじゃないと思うがね」
キュリアズが頭を下げると、素の調子に戻ったアーキッドがそう言って彼女を庇った。彼の言葉にデリウスも頷く。そして顎先を指で撫でながら、こう言葉を続けた。
「確かにな。〈ゲートキーパー〉を倒すことにばかり目が向いて、魔昌石の回収のことまでは気が回っていなかった。いや、倒せば当然回収できるものと思い込んでいた、と言うべきか。なんにしても、これは我々全員のミスだな」
そう言って、デリウスもキュリアズの責任を軽くする。他のメンバーも頷き、彼女を追及するような声は出なかったので、この件はこれで終わりということになった。ただ、反省会はまだ続く。次に口火を切ったのはミラルダだった。
「それにしても、今回は骨折り損のくたびれ儲けじゃのう……」
頭の上の狐耳を“へにょん”とたれさせながら、彼女は力なくそう言った。〈魔泉〉の周辺で大型のモンスターを何体か倒し魔昌石を回収しているので、今回の作戦でまったく収入がなかったわけではない。ただ、向上薬などにかかった経費の方が圧倒的に大きい。そのため全体で見れば、彼女の言うとおり「骨折り損のくたびれ儲け」というべき大赤字だった。
ただし、それはポイントに限った話だ。今回の作戦で得られたのは小額のポイントだけではない。それよりもはるかに重要なモノを彼らは入手していた。つまり情報である。
「〈ゲートキーパー〉の再出現頻度が十日に一回であると分かったのは、やはり一つ大きな情報ですね」
アストールがそう言うと、メンバーはそれぞれ同意を示した。もっともこれを確定情報とするためには、さらに何度か回数を重ねる必要があるだろう。加えて今回倒した〈ゲートキーパー〉はいわゆる第一形態だ。前回は第四形態だったので、その差が再出現頻度に影響する可能性もある。
それでも十回に一回というその頻度が、一つの目安となることは間違いない。少なくとも「一ヶ月後になるのか、一年後になるのか」と気をもむ必要はなくなった。〈魔泉〉の本格的な調査へ向けて一歩前進と言えるだろう。
「それと、〈ゲートキーパー〉を第一形態で倒してしまえると分かったことも、大きな情報だな」
そう言ってデリウスが口にしたのは、今回得られた二つ目の情報だ。これは前回の作戦から推察されることだが、〈ゲートキーパー〉は戦えば戦うほど、より正確に言えばダメージを負わせれば負わせるほど、強くそして手強くなる。驚異的な再生能力と合わせて、プレイヤーにとって非常に厄介な性質と言えるだろう。
前回の作戦では、第四形態まで進化した。もしかしたら第五・第六形態やその先もあるかも知れない。さらに言えば、第二・第三形態についてもまた違ったタイプがあるのかもしれず、現状解明には程遠い。ただ、重要視しているのはそういうことではなかった。それをフレクがこんなふうに補足する。
「うむ、敵は弱いうちに倒す。基本だな」
デリウスやフレクは研究者ではない。むしろ生粋のファイターだ。そんな彼らが心配していたのは、「〈ゲートキーパー〉は第四形態以上にならないと倒せないのではないか?」という事だ。敵がある程度強くならないと倒せないというのは、プレイヤー側にとってはかなり嫌な性質と言える。
しかし今回の作戦でその心配は杞憂だったことが分かった。〈ゲートキーパー〉は第一形態でも倒せるのだ。「討伐に際し、敵が強くなるのを待つ必要がない」というのは、朗報と言っていい。ただでさえ〈ゲートキーパー〉は強大なのだ。フレクの言うとおり、弱いうちに倒してしまうに越したことはないだろう。
「ワシとしては、いろいろ突っついて見たい気もするんだがな」
ニヤリ、と物騒な笑みを口元に浮かべながらそう言ったのはロロイヤだ。冗談のようにも聞こえるが、しかし残念なことに彼の本心である。「なぜそんなことを?」と問われれば、彼は嬉々として「趣味だ」と答えただろう。マッドな研究者気質をもつ彼にとっては当然のことである。
ただ、アーキッドたちも彼との付き合いはもう結構長い。特に一番の被害者であるカムイなどは、藪をつついてヘビを出してはたまらないとばかりに露骨に視線をそらしている。その様子にアーキッドは小さく苦笑した。
「まあ、突っつくのはほどほどにしてもらうとして、だ。他に何か気づいたことはあったか?」
「……そういえば、今回は例の炎を使ってきませんでしたね」
そう発現したのはイスメルだった。彼女が言う「例の炎」とは、〈ゲートキーパー〉がその口から放つビームのような炎のことだ。
その炎を防ぐためには、【アースガルド】を使わなければならない。つまりその威力たるや祭儀術式並だ。〈ゲートキーパー〉の攻撃の中で、最も警戒するべきものと言っていいだろう。その炎が、しかしながら確かに今回は使われなかった。
「単純に、使う前に倒してしまった、ってことじゃないんですか?」
カレンが小さく首をかしげながらそう尋ねる。そう思えてしまうくらい、今回の作戦は速攻でケリがついた。つまり〈ゲートキーパー〉に何もさせなかった、ということだ。だから例の炎を使う暇がなかったと考えるのは、確かに筋が通っている。しかしイスメルは違う感想を抱いたらしい。
「どうも前回と比べて、反応が薄かった、といいますか……」
「反応が薄い……? つまり前回と比べて弱い固体だった、ということかえ?」
「いいえ、そうではありません。何と言うか……、あまり積極的に仕掛けなかったためなのか、前回よりも敵意が薄いように感じました。敵を倒すというよりは、うるさい蝿を追い払う、という程度の感覚だったように思います」
もちろん、背を向けて逃げれば例の炎を放って追撃してくるだろう。しかしながらそもそも、〈ゲートキーパー〉はその場から動かないタイプのモンスターだ。つまり積極的に敵を倒すという能力に関しては欠けていると言っていい。その性質が実際の行動に現れたとしてもおかしくはないだろう。
つまり腕の届く範囲に留まり、なおかつ積極的に攻撃を仕掛けなければ、〈ゲートキーパー〉は例の炎を使ってまで積極的に敵を排除しようとはしないのではないか。それがイスメルの推測だった。
もちろん腕による攻撃はあるし、大抵のプレイヤーにとってはそれだけで十分に脅威だろう。しかし逆を言えば、腕による攻撃さえ何とかできるのなら、少なくとも時間を稼ぐことはそう難しくない。そのことに気付き、デリウスは感心したようにこう言った。
「それがもし本当なら朗報だな」
イスメルにとって〈ゲートキーパー〉が振り回す腕をかいくぐるのは難しいことではない。ということはつまり、囮役として時間を稼ぐことも難しくはないということだ。まあ彼女の場合、例の炎を多用していた前回においてもその仕事を完璧に果していたから、あまり心配する必要はないのかもしれない。だが彼女は大丈夫でも、他のメンバーはそうではない。例の炎に狙われる心配が少なくなるのなら、確かに朗報と言えるだろう。
「じゃ、次はその辺も含めて検証だな」
「了解です」
「あの、さ。そもそもなんだけど、〈ゲートキーパー〉ってどうしても倒さなきゃいけないものなの?」
アーキッドが「次」と聞いて、引っ掛かるところを覚えたのだろう。ルペが控えめに挙手しながらそう問い尋ねた。そしてさらに、彼女はこんなふうに言葉を続ける。
「ポイントを稼ぐなら極大型のモンスターをいっぱい倒せばいいわけだし、それならわざわざ強くて厄介な〈ゲートキーパー〉を倒さなくてもいいんじゃないかなぁ? ほら、魔昌石だって回収しにくいわけだし」
「しかしこの先、この世界を再生するためには、〈魔泉〉をなんとかしなければなりません。となればどうしても〈ゲートキーパー〉が障害になります。その時のために今から情報を集めておくというのは、やる価値のあることだと思いますよ?」
「う~ん……。でも、倒すだけなら今日みたいに祭儀術式で吹き飛ばしちゃえばいいわけで、それができるって分かったんだから、あんまりもう危ないことはしなくても……」
「わ、わたしもそう思います」
ルペの言葉にリムが控えめながらも同意を示す。確かにルペの言うとおり、倒すだけなら比較的簡単に倒せることが、今日の作戦で実証された。魔昌石は回収できなかったものの、しかし〈ゲートキーパー〉の排除には成功したし、その点に限れば今後の目途も立ったのだ。
ただ、今日の作戦は【祭儀術式目録】がなければ成り立たない。つまり誰もが出来るとはいい難い。将来はもちろん他のプレイヤーのためにも、ここで情報を集めておくのは意味がある。デリウスそしてアストールなどは特にそう考えているのだが、しかしそのために今ここにいる味方を危険にさらすのは、彼らとしても本意ではない。
そもそもユニークスキルは千差万別で、その組み合わせでパーティーの特色はいくらでも変わってくる。つまりこのパーティーの攻略法は、このパーティーでしか通用しないのだ。
「誰でも勝てるマル秘攻略法」を確立しようなどというのは、最初から無理のある話なのだ。それを考えれば、確かにルペの言うとおり、これ以上〈ゲートキーパー〉と正面切って戦う理由はないように思えた。
しかしそれに異を唱える、空気の読めないメンバーが一人。マッドな研究者、ロロイヤである。彼はさらなる〈ゲートキーパー〉撃破の必要性をこう主張した。
「魔昌石は、魔道具の素材としてなかなか優秀なのだ。あの巨大な魔昌石は〈魔泉〉封印のために使えるかも知れん。是非とも何個か確保したい」
ロロイヤの目は欲望にまみれている。もちろん、一応の名目とした〈魔泉〉の封印に興味がないわけではない。いや、それさえも彼にとっては自分のためなのだ。だから彼が〈ゲートキーパー〉の魔昌石を欲しがる理由も完全に自分のためである。
「えぇ~、大きい魔昌石が欲しいなら、極大型のでいいじゃない」
「何を言うか。より良いものが目の前にあるのだぞ。気張って見せろ」
ロロイヤの言い分は完全に私欲によるものだ。しかしだからこそ、単純で明快である。しかも理詰めで諦めさせることが難しい。まして相手はロロイヤだ。逆に言いくるめられるのが関の山だろう。そして実際、彼はいっそ鮮やかな手腕でルペを黙らせた。何も言い返せなくなった彼女は、拗ねたような顔をして最後にこう叫んだ。
「むぅぅ~! もう、代わりの素材でも開発すればいいじゃない!」
「代わりの素材か。まあそれも後でやるとして、さしあたっては〈ゲートキーパー〉の魔昌石だ」
ぶれない、というよりは、揺るがない男である。自分の中に確たるモノを持っているのは立派なのだろうが、しかし彼の場合、周りへの配慮がごっそり抜け落ちているのが玉に瑕だ。そしてその瑕はでかすぎるに違いないとカムイは思っている。
なにはともあれこうして、ほとんどなし崩し的にではあるが、第三次〈ゲートキーパー〉討伐作戦においても、魔昌石の回収に挑むことが決まった。ただ、すぐに挑めるわけではない。再戦はおよそ十日後になる予定である。
「……さて、と。他にまだなにかあるか?」
むくれたルペがお菓子をヤケ食いするのを苦笑して眺めつつ、アーキッドはメンバーにそう尋ねた。すると挙手をするものが一人。キュリアズだ。
「討伐作戦とは直接関係ないのですが、【祭儀術式目録】に登録されている術式が、一つ増えました」
「それは〈ゲートキーパー〉をほとんどお一人で倒してしまったから、ですか?」
「恐らくは」
そう言ってキュリアズはアストールの推測を肯定した。これまでの経験上、【祭儀術式目録】に登録される術式は攻略を進めることによって増えていく。今回〈ゲートキーパー〉をほとんど一人で倒したことにより、彼女は膨大な“経験値”を得て、それがユニークスキルの成長に繋がったのだ。
「それで、どんな術式が増えたんだ?」
「【オーバーゲート】という祭儀術式ですね」
キュリアズによると、それは転位系の祭儀術式であると言う。それを聞いて、カレンはかつて自分を攫った三人のプレイヤーのことを思い出す。彼らの中にもそれと似たユニークスキルを持つ女の子がいた。しかし彼らはもういない。苦い思い出である。ただ、それをカムイたちに打ち明けることはないだろう。
まあカレンの苦い思いではいいとして。【オーバーゲート】とは、要するに空間跳躍魔法である。ただし、自由にあちらこちらへ行けるわけではない。ワープできるのはリストに登録してある座標だけで、しかもその登録はキュリアズ本人が現地へ赴いて行わなければならないのだ。
例えば、【オーバーゲート】を使って〈魔泉〉へ赴くとする。そのためには、キュリアズが事前に〈魔泉〉へと向かい、そこで【祭儀術式目録】を操作して座標をリストに登録しておく必要があるのだ。
しかも、登録できる座標は五つまで。【オーバーゲート】の術式は完成されているので、この先その数が増えることはない。リストの更新自体は簡単に行えるが、数が五つに限られてしまうのはかなり大きな制限だ。
加えて、大きな制限がもう一つ。【オーバーゲート】を使うためには多量の魔力が必要なのだ。その量、なんとキュリアズを基準にして三十人分。基本的に祭儀術式は多量の魔力が必要になるが、その中でも【オーバーゲート】は飛びぬけていた。
「これは……、普通ならば実質的に使用不可能な術式だな」
デリウスが苦笑気味にそういうと、他のメンバーも揃ってその評価に頷いた。それくらい、三十人分の魔力と言うのは集めるのが難しい。だが幸いなことに彼らはちょっと普通ではない。カムイとアストールがいるからだ。この二人がいるおかげで、どれだけ多量の魔力であろうとも、確保するのはそう難しくはない。
「せっかくだし、使ってみるか?」
「いろいろ手順がありますのでそう気楽に使えるものでもないのですが……。それに、目的地は?」
「〈海辺の拠点〉でどうだ? 向こうは向こうで情報が欲しいみたいだし、ちょうどいいだろ」
アーキッドがそう提案する。反対するメンバーはいなかったので、急遽ではあるがカムイたちは〈海辺の拠点〉へ向かうことになった。およそ二ヶ月ぶりの里帰りである。




