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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
ゲームスタート

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ゲームスタート10

《目的地に到着しました。案内を終了します》


 そんなシステムメッセージを残して、【導きのコンパス】がシャボン玉のエフェクトと一緒に消える。しかしそれにさえ気付かずに、カムイは目の前の光景に目を奪われていた。そしてそれは、隣にいる呉羽も同じだろう。


「ここ、か……?」


「そう、なんだろうな……」


 半ば呆然としながら、二人はそんな会話を交わす。二人の視線の先には、沢山のプレイヤーの姿があった。時間はすでに夕方近く。そのためか、多くのプレイヤーがくつろいでいるように見えた。あの拠点を旅立ってからおよそ半月。二人はようやく目的地にたどり着いたのである。


「お前さんたち、見かけない顔だな。まさか外から来たのか?」


 カムイと呉羽がちょっと立ち尽くしていると、二人の姿を見つけた他のプレイヤーが近づいてきた。年の頃は三十後半か。筋肉隆々の大男で、顔には無精髭をはやしている。鎧を装備し、腰には剣が一振り吊るされていた。ゲームが始まっておよそ三ヶ月。二人にとって言葉を交わす二人目のプレイヤーである。


「……今までここを拠点にしていなかった、と言う意味ではそうです」


 カムイがそう答えると、男は破顔して驚いた。


「そいつぁ凄い。お前さんたち、ちょっとコッチに来な」


 男はそう言って二人を手招きした。彼らが躊躇しているのを見ると、男は無精髭をなでながら「説明が足りなかったか」と苦笑する。


「俺はここで一番大きな組、まあ俺たちは〈騎士団〉って呼んでんだけど、そういうところに所属している。お前さんたち外から来たんなら、それなりに腕は立つんだろう? 戦力はいくらでも欲しいから、ウチの団長に紹介しようかと思ってな」


 それを聞いてカムイは「そうですか」と応えて考え込む。〈騎士団〉というのはつまりプレイヤーの集団、MMOなんかで言うところのギルドだろう。要するに今、二人は勧誘を受けていることになる。


 このゲームを攻略していくために、集団に所属するのは一つの方法だ。組織としてことにあたれば、確かに多くのことができるだろう。ただ、〈騎士団〉という集団について、カムイと呉羽はまだ何も知らない。それが二人を躊躇わせた。


「ここに来たばかりなら、今のここの状況はまだ何も知らないだろう? 俺たちも外の状況が知りたいし、お互いに情報交換といこうじゃないか」


 躊躇う二人に、男は明るい口調でそう言った。確かに情報交換は必要だろう。カムイが呉羽の方に視線を送ると、彼女も小さく頷いて同意した。


「それじゃあ、お願いします」


「おう。コッチだ」


 男に先導されて二人はプレイヤーたちの間を歩く。外から来た新参者が珍しいのか、好奇の目が多く向けられ、少々居心地が悪い。声を掛けられる事もあったが、それは先導する男が対応してくれた。


「テッド、その二人はなんだ?」


 やがて二人は天幕が張ってある場所に案内された。どうやらここが〈騎士団〉の本部らしい。そこで簡素なイスに座ってテーブルに向かっていた別の男が、二人を案内してきた男に声をかける。彼の名前は、どうやらテッドと言うらしかった。


「団長、驚かんでくださいよ。外からの客人です」


「ほう……」


 そう言って団長と呼ばれた男は立ち上がり、二人に面白がるような視線を向けた。同時にカムイもまた彼をよく観察する。年齢は二十代後半から三十歳といったところか。わりと端正な顔つきをしている。テッドと同じく鎧を身につけていて、テーブルには剣が一振り立てかけてある。一番目を引くのはその青い髪の毛で、「ファンタジーだな」とカムイは内心でちょっと感動していた。


「良く来てくれた、二人とも。色々と話を聞かせて欲しいのだが、構わないか?」


「……はい。そのつもりで来ました」


「そうか。ではそこに座ってくれ」


 そう言って団長の男は二人にテーブルの向かい側を示した。二人がイスに座ると、テッドが「じゃあな」と言って戻っていく。もしかしたら、見回りか何かの途中だったのかもしれない。


「では早速話を聞きたいのだが……」


「その前に、名前を教えてもらってもいいでしょうか?」


 いきなり話を遮られた団長の男は、一瞬だけ不快げに眉をひそめたが、まだ名乗っていなかったことを思い出したのか、すぐに事務的なすまし顔に戻った。


「【Derius(デリウス)】だ。そちらの名前も教えてもらえるかな?」


「プレイヤーネームは【Kamui(カムイ)】です」


「【藤咲(ふじさき) 呉羽(くれは)】です。あ、呉羽のほうが名前です」


「ではカムイ君、クレハさん。まず教えてもらいたいのだが……」


 それは情報交換というよりは、まるで事情聴取だった。デリウスは二人から外の様子を根掘り葉掘り聞きだそうとする。その過程でカムイと呉羽がそれぞれ一人でゲームをスタートさせたことを知ると、彼は露骨に二人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。


「ずいぶんと思慮が足りないのだな。一人で異世界に降り立てば苦境に陥ることくらい、少し考えれば分かりそうなものだが」


「でも、生き残りましたよ」


 さすがに少しイラッときて、カムイは思わず挑発的な応じ方をした。するとデリウスは鼻白んだようで、「ふん」と言って鼻を鳴らした。


「まあいい。それではどうやってここまで来たのか、教えてもらうか」


「アイテムショップで【導きのコンパス】を購入し、条件を指定してここを目指しました」


「そういう事を聞いているのではない。どうやって瘴気の中を移動してきたのか、それを聞いているのだ」


「それはもちろん、歩いて」


 やはり挑発的になりながら、カムイはそう答えた。しかしデリウスはそれを、意外にもさらりと流す。


「ユニークスキルか?」


「……そうですよ。これ以上は教えられません」


 カムイはそう言ってはっきりと予防線を張った。ユニークスキルは各プレイヤーの生命線だ。それを一方的に明かすなんて、それこそ思慮が足りない。


「ふむ……。我々はこの世界を救うために全力を挙げている。カムイ君とクレハさんにも是非それに協力してもらいたいのだが」


「それは騎士団に入れ、と言うことでしょうか?」


「そう取ってもらって構わない。なにぶん、恥ずかしながら戦力不足でね。外から来た君たちなら、十分な戦力になるだろうからな」


 その物言いが、やはりカムイの癇に障った。デリウスはどこまでも上から目線だ。子供だからと侮られている。少なくとも、こういう人間の下で戦いたいとは思わなかった。


「……オレは遠慮しておきます。今はまだ、自由に動ける身分でいたいので」


「ふむ。クレハさんはどうかな?」


「わたしも、今は遠慮しておきます」


「そうか……。まあいい。気が変わったらいつでも来たまえ。歓迎しよう」


 デリウスがそういうと、話は終わったと思いカムイは立ち上がった。呉羽もそれに続く。一礼してからその場を去る二人を、デリウスは「ああ、それと」と言って引き止めた。


「話を聞かせてもらった礼だ。この世界を救うためのヒントを一つ教えてやろう」


「……何ですか?」


「今は暗くなってしまっていて見えないが、ここからすぐ近くに山がある」


 そう言ってデリウスはある方向を指差した。その方向にカムイと呉羽は揃って視線を向ける。


「明日、その山に登ってみるといい。頂上から面白いものが見えるだろう。それこそが、我々が世界を救う上での最大の障害だ」


 思わせぶりなその物言いは、正直に言えば気に入らない。しかしようやく得られた有益な情報であることも確かだった。それでカムイは素直に礼を言った。


「ありがとうございます。明日にでも見てこようと思います」


「うむ。アレを見れば、君たちも我々に協力してくれると信じている」


 それはどうだろうか、とカムイは思ったが口には出さない。一礼してから、カムイと呉羽はその場を離れた。


「……どう思う?」


 人気のないほうに向かって歩き、プレイヤーたちの喧騒が少し遠くなったところで、カムイは呉羽にそう尋ねた。彼女は珍しく怒りをあらわにしながらこう答える。


「どうもこうもあるか。無礼な男だよ、アレは」


 人の上に立つ器じゃない、と呉羽はばっさり切り捨てる。それを聞いて、カムイは思わず笑い声を漏らした。二人を案内したテッドというあの男は「情報交換しよう」と言っていたが、あのデリウスという団長にその気はまるで無かったように思う。


 それどころか彼らを子供二人と最初から侮っていた。ユニークスキルという劇薬が与えられている以上、このゲームのなかでは年齢や性別で実力は大きく左右されないというのに。ああいう人間の下で戦いたくはない。カムイは改めてそう思った。


「なあ、カムイ。プレイヤーにも、その、色々いるんだな」


 どこか失望の色を浮かべながら、呉羽はそう言った。彼女はここで他のプレイヤーたちと出会えることを楽しみにしていたのだ。それなのに、テッドはともかくデリウスは少なくとも気持ちのいいプレイヤーではなかった。


 期待を裏切られた。そんなふうに感じたとしても、無理はないだろう。カムイだって、似たような気持ちは抱いている。


「とりあえず、今日はもう晩い。メシ食って休もうぜ」


 カムイがそう提案すると、呉羽は渋い顔をしながら頷く。それから彼女は、言いにくそうにしながらこう言った。


「少し……、ここから離れないか?」


 今は他のプレイヤーと関わりたくない、と呉羽は言う。その言葉にカムイは黙って頷いた。結局、二人はこの拠点にいるプレイヤーたちからは少し離れたところで【簡易結界(一人用)】を使い休んだ。もしかしたらその場所は瘴気濃度が平均よりも高かったのかもしれないが、二人はそのことにまったく気付かなかった。吐き気も何もなかったのだ。


 次の日、朝になって辺りが明るくなると、デリウスが言っていた通りすぐ近くに山の姿があった。カムイと呉羽は朝食を食べながら、この日の予定を話し合い、デリウスに進められたようにまずはその山に登ってみることにした。


「よう、お二人さん。アンタら、外から来たんだろう? 良かったら話、聞かせてくれねぇか?」


「そうそう。そんでさ、なんなら俺らとそのままパーティー組んでみようぜ」


 カムイと呉羽が山を目指していると、ここの拠点にいるプレイヤーたちからそんな声を多くかけられた。その度に二人はこんなふうに返事を返す。


「オレらのことは昨日のうちにデリウスさんに話しておいたので、話はあの人から聞いてください」


「わたしたちはこれからあの山に登ってみるつもりなので、パーティーの話はまた今度考えさせてください」


 そう答えると、大抵のプレイヤーはそれで引き下がった。カムイがデリウスの名前を出したのは、半分以上彼に対する嫌がらせだ。他のプレイヤーが詰め掛けて迷惑すればいいと思っていた。実際のところその思惑は外れたのだが、「情報交換を~」という話を断る方便としては優秀だった。デリウスの名前を出したことで、「二人は〈騎士団〉のヒモ付き」という印象を与えたのだ。それで、しつこく言い募る者はいなかった。


 さらに「山に登るつもり」というのも、思いのほか効果があった。そう言うとほとんどのプレイヤーが納得して、「ああ、アレは見ておいた方がいい」と言うのだ。「アレ」というのが一体なんなのか教えてくれたプレイヤーはいなかったが、デリウスも言っていた通りよほど意味のあるものらしい。


「一体何なんだろうな……?」


 二人は揃って首をかしげる。とはいえ、山に登っていれば分かるというのだ。なら今は素直にその山頂を目指すことにした。


「なんか、物寂しい山だな……。いや、あそこもそうだったけど……」


 山を登っていると、呉羽がそうポツリと呟いた。彼女の言うとおり、山の光景は物寂しい。緑は皆無で、木は全て枯れ果てている。枯れ木も瘴気に犯されたのか、黒く変色してしまっている。そしてそれは、彼女が拠点にしていたあの小高い山でもよく見られた光景だ。きっと世界中がそうなっているのだろう。ヘルプさん曰く「知的生命体は死滅した」と言う話だったが、この分では生命体すべてが死滅していそうな雰囲気である。


(そんな世界、どうやって再生すればいいんだか……)


 その目途すら付かないのが現状だ。デリウスは山頂から見えるものがそのヒントで、さらに最大の障害と言っていた。それがどういう意味なのか、カムイには分からない。ただ、山頂に行けば何か分かるだろうと思い、深くは考えなかった。


 カムイと呉羽は黙々と山を登った。山道が整備されていない山は歩きにくい。その上、岩が多くて足場が悪い。ただプレイヤーには高スペックの肉体が与えられているらしく、二人はさほど苦労することなく順調に歩を進めた。時折モンスターが現れたが、結界を張る必要もないので呉羽も全力で参戦できる。危なげなく対処できた。


 異変が起こったのは、山頂が近くなった時のことである。突然、呉羽が吐き気を訴え始めた。カムイは白夜叉を使っているから影響が無かったが、どうやら瘴気の濃度が高くなってきたらしい。


「呉羽、結界を張れ」


 カムイの声に、呉羽は顔を歪ませながら頷く。彼女が結界を張ると、カムイはすぐにアブソープションの出力を上げて結界内の瘴気を吸収しその濃度を下げた。呉羽は何度か深呼吸して呼吸を整え、それから血色の戻った顔を上げる。


「ありがとう。もう大丈夫だ。しかしあの男め……、こうなるなら最初からそう言ってくれればいいものを……」


「それだけの意味があるってことだろうさ」


 愚痴をこぼす呉羽にカムイは苦笑を浮かべながらそう言った。別にデリウスのことを庇ったわけではない。それに「一度山に登ってみるといい」というのは、彼以外からも言われたことだ。もしかしたら彼らは呉羽と同じように吐き気を覚えたのかもしれない。それでも彼らは「山に登ってみる価値がある」というのだ。そこになにがあるのか、好奇心がかき立てられた。


 やがて二人は山頂に立った。そこには意味や価値があるように思えるものは何も無い。しかしそこから見える光景。それには確かに、意味と価値があった。


「アレ、か……?」


「そう、なんだろうな……」


 半ば呆然としながら、カムイと呉羽はその光景に目を奪われた。


 この世界は瘴気に覆われている。それは初期設定のときにヘルプさんから聞いたことだ。そして実際、この世界に来てカムイと呉羽はそれを実感している。


 では、瘴気は一体どこから来るのか。その疑問は当然のものとして二人の頭の片すみにあったが、その答えが出ることはなかった。しかし今、その答えが目の前にある。


 プレイヤーたちの拠点とは反対の方向、つまり登ってきたのとは逆の側を、カムイと呉羽は山頂から眺めている。彼らの視線の先にあるモノ。それは地面から天高く噴き上がる瘴気だった。


 地面から噴出した瘴気が、まるで竜巻のように空高く舞い上げられ、そして周囲に拡散していくのである。それは確かにデリウスが言っていた通り、「この世界を救うためのヒント」であり、また「この世界を救うための最大の障害」だった。


「こんなの……、どうしろって言うんだ……」


 呆然としたように、呉羽がそう言葉を漏らす。その気持ちはカムイもよく理解できた。


 例えば、瘴気がどれだけ大量にあったとしても、この先増えないのであれば、時間さえかければ世界の再生は可能だ。モンスターを倒して魔昌石をポイントに変換すれば、微々たる量であっても確実にその分の瘴気は減っていくのだから。少なくとも、方法論として隙はない。


 しかしああやって新たな瘴気が常に噴出しているのであれば、状況はまったく違ってくる。このまま瘴気が増え続ければ、いずれはプレイヤーも活動できなくなり死滅してしまうだろう。つまり【ゲームオーバー】である。まさかタイムリミットが設定されているゲームだとは思わなかった。


 また、どれだけモンスターを倒して瘴気を減らしたとしても、それを上回る量が補充されてしまえば全く無意味である。せいぜい、タイムリミットのカウントダウンを少々遅らせる程度の効果しかない。


 アレを塞がなければ、この世界を再生することはできない。この光景を見たものなら、誰もがそう考えるだろう。しかしどうやればいいのか、さっぱり分からない。それもまた、誰もが同じに違いない。


「……見るものは見た。とりあえず、山を降りようぜ」


 カムイのその言葉に、呉羽は無言のまま頷いた。彼女はずいぶんとショックを受けているように見える。その理由を、カムイは何となくだが察することができた。


 呉羽は今まで、このゲームで苦戦することがなかった。どんなモンスターを相手にしても、彼女は危なげなく勝ってきた。デスゲームとはいえ、逼迫した命の危険は今まで無かったのだ。だから彼女は、心のどこかではこのゲームのことをナメていたのである。


『時間はかかるかもしれないが、クリア自体は確実にできる』


 そんなふうに考えていたのだろう。しかしこうして、ありえないと思っていたゲームオーバーの可能性を突きつけられてしまった。そして今はクリアするための方策さえない状態だ。


 何もしなければ、そのうち死ぬ。そういう状況であることを思い知らされたのだ。ショックであるに違いない。


 一方のカムイだが、突きつけられた現実は彼も変わらない。しかし呉羽と比べれば、彼はわりかし平然としていた。その可能性をあらかじめ予測していた、というわけではない。彼はいつだって「最悪死ぬだけ」と思ってこのゲームを攻略していた。その気持ちは今でも変わらない。


(その可能性が高くなっただけさ……)


 カムイはそんなふうに、まるでどこか他人事のように考えている。それは達観と言うよりは諦めに近いだろうし、「覚悟を決めた」と言うよりは「捨て鉢になった」といった方がいいのかもしれない。しかし今の彼にとって、そんなことは大きな問題ではなった。


「呉羽、これからどうする?」


「分からない。これから、どうすればいいかなんて……」


 呉羽は沈んだ声でそう答えた。その声にカムイも頷きを返す。確かにアレを見た上でこれからどうすればいいかなんて、さっぱり思いつかなかった。


「デリウスさんの〈騎士団〉に入るって手もあるぞ」


「それは、イヤかな……」


 呉羽の声に昨日のような勢いはない。しかしそれでも彼女は〈騎士団〉入りは嫌がった。嫌われたもんだな、と思いカムイは苦笑を漏らす。実際のところ、彼もまた〈騎士団〉には入りたくはないと思っている。しかしアレを見て、彼はデリウスの評価を上方修正していた。


 地面から勢い良く噴出す、大量の瘴気。どんなユニークスキルを持っていたとしても、アレを一人でどうにかするのは不可能だ。カムイは【Absorption(アブソープション)】という、直接瘴気を吸収して利用するスキルを持っているが、それでもあの全てを吸い尽くすなんて事はできない。仮にできたとしても、瘴気が噴出しているのはあの一箇所だけとは限らないのだ。いや、ほぼ確実に同じような場所が幾つもあるだろう。その全てを、一人のプレイヤーの力でどうにかするなんて不可能だ。


(そうなると……)


 そうなると、プレイヤー同士が互いに力を合わせて事に当るしかない。そう、デリウスの〈騎士団〉のように。彼もまた二人と同じものを見たはずなのに、しかしゲームクリアを諦めていない。メンバーを揃え、どうにかしようとあがいている。それは結構凄いことのようにカムイは思った。


「ま、あの人の下では戦いたくないよな」


 カムイがそういうと、呉羽は安心したように笑みを浮かべて頷いた。だからと言って〈騎士団〉に入るかはやはり別問題なのである。


 あまり言葉を交わすこともせずに、二人は山を降りていく。呉羽の持つ地図で来た道を確認しながら降りるので、道に迷う心配はない。山頂付近を離れると、瘴気濃度はすぐに結界がなくても問題ないレベルにまで下がった。


(山のコッチ側は、陰になってるんだな……)


 噴出して拡散した瘴気を、この山がいわば盾になって防いでいるのである。それで山の拠点側は瘴気濃度が低いのだ。いわば、「山陰の拠点」といったところか。


 頂上から見た限りでは、瘴気の噴出し地点と山陰の拠点はさほど離れているようには見えない。プレイヤーの高い身体能力があれば、片道に一日もあれば十分だろう。これほど噴出し地点の近くにある拠点というのは、この世界でもあまり例を見ないのではないだろうか。


 その恩恵を、プレイヤーたちも得ている。噴出し地点の周辺は瘴気濃度が平均よりも高いと容易に予想できる。ということはその存在を知るのは、もっと耐性が高くなってからだったのではないだろうか。


 それを、他のプレイヤーと比べて早く知りえた。これはゲームを攻略していく上での大きなアドバンテージと言える。今は打つ手がなくても、頭の片すみで考え続けていれば、いずれ何かのアイディアを思いつけるかもしれないのだから。


「なあ、カムイ……」


 山を降りてきて中腹を過ぎただろうかというころ、呉羽がカムイの後ろから声をかけた。


「ん、どうした?」


「〈騎士団〉に入らないにしても、このままずっと二人というのは厳しい、よな……?」


「自分たちでゲームクリアを目指すなら、そうだろうな」


 カムイのその言葉に、呉羽は「そうか」と小さく返す。いや、実際のところゲームクリアを目指すかに関わらず、味方や仲間は増やすべきなのだ。それがこの世界で身を守るための、最良の手段なのだから。


「麓の拠点に戻ったら、入れてもらえそうなパーティーを探そう」


「そうだな。なに、合わなかったら抜ければいいさ」


 カムイが気楽な調子でそういうと、呉羽はようやく小さな笑みを浮かべた。それから二人はまた山を降りはじめる。麓がかなり近くなってきたとき、呉羽が突然足を止めた。そしてある方向に鋭い視線を向ける。


「どうした?」


「向こうに、誰か居る。二人だ。これは……、モンスターと戦っている……?」


 視線を向けた方向を指差しながら、呉羽は気配を探るようにしてそう言った。


「天叢雲剣の力か?」


 突然の言葉に驚きながらも、カムイは呉羽が何をしているのかすぐに当りをつけた。その予想を肯定するように彼女は頷く。


「索敵の真似事ができないかと、色々試していたんだ。今までは結界を張っていたり、瘴気濃度が高かったりして役に立たなかったけど、これくらいの濃度なら結構探れる」


「そりゃすごい」


 そう言ってカムイは呉羽を褒めた。彼女もまんざらではなさそうだ。しかし今重要なのは、モンスターと戦っているらしい二人のプレイヤーをどうするのか、ということである。


「助けるか? 苦戦はしていないようだが……」


「……行くだけ行ってみよう。危ない様子なら助ければいい」


 少し考えてからカムイはそう言った。その言葉に呉羽も頷く。彼らはすぐに進行方向を変え、モンスターと戦っていると言う二人のプレイヤーのところへ急いだ。


(二人、か……。ちょうどいい、か……?)


 小走りになって呉羽の背中を追いながら、カムイは胸の中でそう呟く。彼が二人のプレイヤーのところへ行こうと思ったのは、決して彼らを助けなければと思ったからではない。相手が二人だけなら、パーティーを組む相手として色々とちょうどいいのではないかと思ったのだ。


「おかしい……」


 カムイがそんなことを考えていると、呉羽が眉間にシワを寄せながらそう呟いた。すかさずカムイがこう聞き返す。


「どうした?」


「反応がぜんぜん動かないんだ。プレイヤーも、モンスターも」


 それを聞いて、カムイも難しい顔をした。戦闘中なのに動かないというのは確かにおかしい。怪訝なものを覚えた二人は、移動速度を上げた。


 結論から言えば、彼らが見つけた二人のプレイヤーは全然窮地に陥ってなどいなかった。そこには三体の人狼型のモンスターがいたのだが、三体とも全てが青白く輝く茨のツタのようなものによって拘束されていたのだ。


「これは、もしや〈魔法〉というヤツなのか?」


 少し興奮したような口調でそういう呉羽に、カムイは「そうなんだろうな」と返した。平静を装ってはいるが、初めて見る魔法に彼も内心では興奮している。やっぱりファンタジーには魔法が不可欠なのだ。


「そこのお二方! 良かったら手伝っていただけませんか!?」


 手を出しかねていたカムイと呉羽にそう言ったのは、モンスターと戦っている二人のプレイヤーのうちの、杖を持った男性の方だった。丈の長いローブを着ていて、いかにも魔法使いといった格好だ。モンスターを拘束している魔法は、彼が使っているのかもしれない。


「分かりました! どうすればいいですか!?」


「一体は彼女が浄化します! 残りの二体をお願いします!」


 カムイが視線を動かすと、杖を持つ男性プレイヤーから少し離れたところに、小柄な女性プレイヤーがいた。彼女は魔法で拘束されたモンスターに触れているのだが、その手元からは眩い光が溢れ出ている。その光も、もしかしたら何かの魔法なのかもしれない。


(あのモンスターはあの人に任せておけばいいんだな)


 カムイと呉羽は視線をかわして頷き合い、そしてすぐに動き出した。ただ、モンスターはすでに拘束されてまったく身動き取れない状態だ。決着はすぐに付いた。


「はぁぁぁぁ、はあ!」


 低い姿勢でモンスターとの間合いを詰めた呉羽は、そのまま勢い良く愛刀を鞘から走らせる。居合い抜きだ。鋭く振りぬかれた刀は、モンスターの身体を簡単に切り裂いた。モンスターは何もできないまま、「ギギィ!」と耳障りな断末魔と魔昌石を残して瘴気へと還っていく。


 一方カムイは、アブソープションの出力を上げて白夜叉のオーラを激しく揺らめかせる。そしてわざわざモンスターの正面に立つと、右手で手刀を構え、その手を敵のみぞおち目掛けて突き入れる。そしてその身体を貫通し背中に突き出てきた彼の手には、モンスターの心臓、すなわち魔昌石が握られていた。


「あ、ヤベ……」


 モンスターの身体が瘴気へ還ると、カムイが握り締めていた魔昌石もシャボン玉のエフェクトに包まれて消える。ポイントに変換されたのだ。それを見て彼はちょっと焦ったような声を出す。確かにモンスターの撃破は依頼されたが、勢い余ってポイントまで横取りしてしまった。助けを求めて呉羽に視線を向けるが、彼女は呆れたように肩をすくめるばかりだ。


「あ~。なんか、すいません。勝手にポイント変換してしまって……」


「構いませんよ。むしろ、モンスターを倒したのは貴方なのですから、ポイントも当然貴方のものです」


 杖を持つ男性は柔らかい笑みを浮かべながらカムイにそう言った。そして彼は呉羽にも同じようにこう言う。


「そちらの魔昌石も、どうぞ納めて下さい。貴女が倒したのですから」


「いいのですか?」


「ええ、是非」


 杖を持つ男性からそう笑顔で進められ、呉羽は礼を言ってから魔昌石を拾ってポイントに変換した。と、その時……。


「トールさんっ、一体浄化終わりましたっ! 次は……、って、あれ……?」


 モンスターを倒したらしい女性プレイヤーが猛然と振り返り、そして二体のモンスターの変わりに見慣れない二人のプレイヤーの姿を見つけて目を丸くした。よほど集中していたのか、カムイと呉羽が参戦したことに気付いていなかった様子だ。


「お疲れ様でした、リムさん。残っていた二体は、こちらのお二人に助けてもらいました」


「は、はあ……」


 リムと呼ばれた女性プレイヤーはいまいちまだ状況が飲み込めていない様子だったが、トールと呼ばれた男性プレイヤーに促されて、まずは魔昌石をポイントに変換する。それからおずおずと三人のところへ近づいてきて、少し不安げな顔をしながら彼の隣に立つ。こうして二人と二人は向かい合った。


「改めまして。助かりました。私は【Astor(アストール)】といいます。トールと呼んでください」


 そう言って彼は優しげに微笑んだ。アストールと名乗ったその男は、二十代の半ばくらいに見えた。身長は結構高いが、身体つきはがっちりしているようには見えない。髪の毛の色はくすんだ真鍮のような色で、瞳は(とび)色。手に持った杖は木製の簡素な作りで、丈の長いローブと思った衣服はむしろ外套のようだ。


「そしてこちらが……」


「リ、【Lim(リム)】です。よ、よろしくお願いします」


 アストールに促され、彼の隣に立っていた女性プレイヤーが慌てて頭を下げる。リムと名乗ったそのプレイヤーは、まだ少女と言っていい年頃で、しかもカムイや呉羽よりも明らかに年下だ。おそらく十歳くらいだろう。栗色の髪をボブヘアーにしており、同じ色の瞳に今は若干の不安を浮かべている。手には何も持っておらず、ゆったりとした法衣のような服を着ていた。


「【Kamui(カムイ)】です。こちらこそ、よろしくお願いします」


「【藤咲(ふじさき) 呉羽(くれは)】です。呉羽と呼んでください」


 そう言ってカムイと呉羽も自己紹介をした。出会ってからまだ十分も経っていないが、二人ともアストールとリムには好感を抱いている。特にアストールは年上なのに、上から話すような雰囲気がない。そしてなによりも礼儀正しい。デリウスとは大違いだな、とカムイは意地悪く思った。


「トールさん、あの、このお二人って……」


「ええ、そうです。外から来たと言う、プレイヤーの方でしょう。そうですよね?」


 その確認の問いかけに、カムイと呉羽は揃って頷いた。それを見てアストールは何度も頷く。そして頭をかきながら困ったような笑みを浮かべてこう言った。


「差し出がましいとは思いますが、実はお二人にお願いがあります。……私たちとパーティーを組んでもらえませんか?」


 これが、アストールとリムとの出会いだった。


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