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世界再生GAME  作者: 新月 乙夜
ゲームスタート

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ゲームスタート1

 その声は、彼の頭に突然響いた。


《ゲームの参加者を募集します。ゲームは異世界を舞台にして行われます。参加者は初期設定の後、異世界に転位します。プレイヤーはゲームの途中で元の世界に戻ることはできません。ゲームクリア後、プレイヤーは元の世界に帰ることができます。


 警告! これはデスゲームです。プレイヤーがゲーム中に死亡した場合、救済措置はありません。


 ゲームのクリア目標は「世界の再生」。ゲームをクリアすると、プレイヤーは各自が保有しているポイントに応じて願いを叶えることができます。願いは複数個叶えることも可能です。ゲームに参加しますか? 意思表示を願います》


 何も見えない真っ暗な世界の中、いや彼が目を瞑っているのだから真っ黒な世界と言うべきか。ともあれその何も見えない世界の中、その機械的な音声は突如として、そして彼の頭の中に直接響いた。


《ゲームの参加者を募集します。…………》


 彼が咄嗟に反応できずにいると、その声がリピートされる。二回目の再生が終わり、それでもまだ彼が何も反応できずにいると、一拍の休止を置いてからまたすぐに三回目がリピート再生された。三回目ともなると、彼も少しは冷静になっていて、その内容を注意して聞くことができた。


(説明になっているようで、なってない説明だな……)


 それが三回目のリピート再生を注意深く聞いた彼の感想だった。まずどんなゲームなのか、ジャンルやルールの説明がまったくなされていない。「異世界を舞台にしたデスゲーム」。ただそれだけが与えられている情報である。


 さらにクリア目標とされているのは「世界の再生」だが、どうやって再生するのか、そもそも「再生された」とどう判断するのか、その基準がまるで不明だ。ようするにゲームとやらについてまったく未知数な状態で、それでもこれに参加するかを問われている。


 普通に考えれば、詐欺かペテンの類である。四回目のリピート再生を聞き流しながら、彼もまたそう感じた。果てしなく、胡散臭い。けれども彼はまだ、ゲームへの不参加を表明できずにいた。


(異世界とか、超胡散臭い。普通に信じちゃダメなヤツだろ、コレ。だけど……)


 五回目のリピート再生を聞き流しながら、彼は悩んだ。そして彼を悩ませている部分がまた再生される。


《……ゲームをクリアすると、プレイヤーは各自が保有しているポイントに応じて願いを叶えることができます。……》


 願いを叶えることができる。それが彼を悩ませていた。


 普通に考えれば、これが一番胡散臭い。「願いを叶えることができる」と甘く囁くのは、詐欺やペテンの常套手段だ。願い事の大半が叶わないことを、彼はもう嫌というほどに知っている。ここ一年ほどで、まざまざと思い知らされたのだ。


 だからこそ、というのは変かも知れない。しかしそれこそが彼の本音でもある。彼には命を差し出してでも叶えたい願い事があった。


(もしも、本当に……)


 六回目のリピート再生を聞き流しながら、彼は頭をフル回転させる。もしも本当に願いを叶えられるのなら、これはまたとないチャンスである。「異世界に転移する」と言っているから、これは超自然的で胡散臭いナニカなのかもしれないが、そんなことは知ったことではない。いや、むしろその方が彼にとっては都合が良かった。彼の願いを科学で、少なくとも彼の知る科学で、叶えることはできていないからだ。


 デスゲームというくらいだから、死の危険があるのだろう。しかしそれがなんだというのだ。最悪、ただ死ぬだけ。今の彼にとって、死とはむしろ救いである。彼は「いっそ死にたい」と願い、しかし死ぬことさえできずにいたのだから。


(やって、見るか……?)


 ゲームの最大のデメリットがただ死ぬことだけであるのを確認すると、彼の気持ちはゲーム参加に傾いた。仮にコレが詐欺やペテンの類であったとしても、それが一体なんだと言うのか。状況は今より悪くなりようがない。


 ならば、「願いを叶えることができる」という甘い囁きに賭けてみるのも悪くはない。九割九分ウソであろうとは彼も思っている。しかし例えウソであろうとも、ここでこの誘いに乗らなければ、彼はこの先ずっと死ぬまでそれを後悔し続けるだろう。それなら希望を選んで失望するほうがまだマシだ。そう考えて、彼は決断を下した。


(ゲームに参加する)


 何度目かのリピート再生の途中に、彼は頭の中でそう念じた。するとリピート再生が途切れ、三拍ほどの沈黙があってから、次に声がこう言った。


《…………ゲーム参加の意思表示を確認しました。プレイヤーの意思を再確認します。ここから先、後戻りはできません。それでもあなたは本当に、ゲームに参加しますか?》


(ああ、やる)


 彼はそう即答した。するとその次の瞬間、真っ黒だった世界が一変する。真っ黒だった世界が、真っ白になったのだ。まるで神様が「光あれ」と言ったかのように。


「……っ」


 突然光の中に放り出された彼は、その眩しさに思わず顔をしかめ、反射的に手のひらで視界を遮る。やがて徐々に目が慣れ、ぼやけていた手の甲の輪郭がはっきりとしてくる。その自分の手の甲を見つめ、そして彼はハッとした。


 目が見えている。そして、手が動く。そのことに彼は驚愕した。そして彼は自分の身体を見下ろす。着ているのは病院の病人服。彼はその服の上から自分の身体をペタペタと何度も触った。


「ハハ、ハ……」


 笑い声がこぼれる。笑ったのが自分だと気付くと、彼は自分の喉を恐るおそる触り、そして口元を手で覆った。


「これは……、夢か……?」


 夢にしては、あまりにも感覚がリアルだ。しかしもう夢でも構わないと彼は思った。こうして目で見て、手で触れて、声に出して話すことができた。ただそれだけで、あの胡散臭い誘いに乗った甲斐があった。


《これより、ゲームの初期設定を行います》


 彼が感動に震えているところへ、先ほどまでと同じ機械的な声が響いた。今度は頭の中に直接響くような聞こえ方ではない。耳に届く、普通の聞こえ方だ。ただ、その聞こえてくる方向ははっきりとは分からない。


 声の主を探して、彼は頭を左右に動かす。このとき初めて、彼は今自分がいるのがどういう場所なのかを知った。


 そこは本当に白い空間だった。しかし最初に感じたようにただ真っ白いだけの、味気ない空間というわけではない。そこかしこにまるで星の輝きのような小さな輝きが、それこそ無数に、数限りなくちりばめられている。まるで子供の頃に見た天の川の中にいるみたいだ、と彼は思った。


 その、まるで天の川の中のような空間に、彼は浮いている。そう、浮いているのだ。少なくともどこかに立っている感覚はないし、加えて言うなら上下の感覚もない。これがきっと無重力というやつだ。


《復唱してください。「システムメニュー、オープン」》


「…………システムメニュー、オープン」


 目の端に浮かぶ涙を指で拭い、彼は言われたとおりに復唱した。すると彼の目の前に、まるでタブレットの画面のような、メニュー画面が現れた。


《案内に従ってゲームの初期設定を行ってください。なお、ヘルプは一番上の右端にあります》


 そう言われ、彼は目の前のメニューに目を通していく。指でスクロールしながら画面を下へ。どうやら設定するべき項目は幾つかあるようだ。それらの項目を一通り確認すると、彼は一番上へと戻り、最初の項目を入力することなく、ヘルプのアイコンをタップした。すると、画面に大きなスピーカーのアイコンが現れる。


《ヘルプです。質問をどうぞ》


 その音声は、先ほどまでと同じ機械的な声だ。その声だったからというわけではないが、彼は少し驚いた顔をした。


「へえ、音声案内なのか。ハイテクだな……」


 思わず彼はそう呟いた。そして少し考えてから、彼は最初の質問をした。


「……まず聞きたいんだけど、これはこの初期設定のヘルプなのか? それともゲームそれ自体のヘルプなのか?」


《ゲームのヘルプです》


 ヘルプは機械的な声ですぐさまそう答えた。それを聞いて、彼は口の端を少しだけ吊り上げる。思ったとおりだった。そもそも、あの勧誘では情報量が少なすぎる。恐らく、わざと情報量を制限していたのだ。


「要するに、それでも参加するバカを探してた、ってことか……」


 質問ではないと判断したのだろう。彼のその呟きにヘルプはなにも答えない。


「このゲームを主催しているのは誰なんだ?」


 彼が最初に質問したのは、ゲームの主催者、つまり運営者のことだった。あの勧誘方法といい、また今のこの状況といい、明らかに普通ではない。あまつさえ舞台となるのは「異世界」で、「クリアしたら願い事を叶える」だ。そんなゲーム、一企業どころか一国家でさえ開発して運営するのは不可能であろう。というか、それだけの技術力があってわざわざ「ゲーム」という形にするとは思えない。


《このゲームを主催しているのは、いわゆる“神”です。ただしここで言う神とは、宗教上の創造神のことではなく、人間以上の存在、すなわちオーバーロードのことを指します》


 だからその答えは予想通りではなかったものの、決して予想外でもなく、彼は比較的冷静にそれを受け入れることができた。ちなみに、可能性として一番高いと思っていたのは、この期に及んで「夢オチ」である。


「……それで、その神様は何だってこんなゲームをしようと思ったんだ?」


《その問いに対する回答は設定されていません》


 それを聞くと、彼は「なるほどね」と言って口の端を皮肉気に歪める。「答えられない」のではなく、「設定されていない」ときた。どうやらこのゲームの主催者、オーバーロードとやらはプレイヤーがゲームの意図を知る必要はないと思っているらしい。そのことに彼はそこはかとなく腹が立った。


「……ま、いいや。それとクリア報酬のことなんだけど、本当にどんな願い事でも叶えられるのか?」


《肯定します。基本的に不可能なことはありません》


「……不治の病を治したり、死んだ人間を生き返らせたりすることも、か?」


 問い掛ける彼の声が少しだけ慎重で重々しいものになる。そんな彼に、ヘルプは変わらず機械的な声でこう答えた。


《可能です。ただし、相応のポイントが必要になります。ポイントが足りなければ、その願いを叶えることはできません》


「例えば死んだ人間を復活させるとして、具体的にはどれくらいのポイントが必要になる?」


《それはゲームクリア後にご自分でご確認ください》


 どうやらそれをここで明かす気はないらしい。彼はため息を吐くと、気を取り直してまた別のことをたずねた。


「それで、ゲームに参加するプレイヤーは全部で何人なんだ?」


《プレイヤー総数は、現時点で542万6328人です》


「542万……」


 その数に、彼は思わず呆然とした。切り捨てた端数だけでも6000人以上。とんでもない数といえた。


「……そのプレイヤーは、みんなこの世界の出身なのか?」


 半ば以上答えを確信しながら、彼はそう問い掛ける。はたして、ヘルプの答えは思ったとおりのものだった。


《いいえ、違います。このゲームには複数の世界からプレイヤーが参加しています》


 やっぱりな、と彼は頷く。「異世界」という単語が出てきた時点で、「世界」というものが複数あることは想像に難くない。さらに540万人を越えるというプレイヤー総数のことをあわせて考えれば、彼がいるこの世界以外からも参加者がいるというのは、むしろ当然のことだろう。


「……言葉は通じるのか?」


 少々心配そうな顔をしながら、彼はそう尋ねた。彼が話せるのは母語たる日本語だけで、学校で習った英語さえも満足に話せない。当然、聞いたこともない異世界語など言わずもがなである。コミュニケーションに不安を感じるのは当たり前といえた。


《全てのプレイヤーには自動翻訳能力が与えられています。それで話している言葉が分からない、ということはありません》


「へえ、そりゃすごい」


 自動翻訳“機”ではなく、“能力”ときた。随分とファンタジーである。「さすがは神様」とでも言うべきか。なんにしてもコミュニケーションに問題がないと言うのであれば、結構なことである。


《ただし、特定の表現や慣用句については責任を負いかねます》


 ヘルプが付け加えたその言葉に、彼は「あいよ」と言って軽く頷いた。日本語の「骨折って働く」という表現を「骨折しながら働く」と解釈してしまうような、つまりはそういう間違いのことを言っているのだろう。


 コミュニケーションの問題についてひとまず納得すると、彼の興味は別のことに移った。異世界と言えば、“アレ”が付きものである。


「その複数の世界の中には、例えば魔法が存在するような世界もあるのか?」


《肯定します》


「ってことは、魔法が使えるプレイヤーもいる?」


《肯定します》


 やっぱりファンタジーだな、と彼は思った。彼のいる世界に魔法は存在しない。むしろそういうオカルトは眉唾扱いされている。だからもちろん、彼は魔法を使えない。それはゲームの中で不利な点になるだろう。ただ、一度初期設定項目に目を通しておいたおかげで、彼が大きく動揺することはなかった。


「ふうん……。ま、いいや。で、次の質問なんだけど、舞台になる異世界ってどんなところなんだ?」


《このゲームは滅びた世界を舞台にしています》


 それを聞いて彼は眉をひそめた。「滅びた世界」。なんとも物騒な世界だ。尤も、デスゲームなのだから物騒なのは当たり前とも言える。


「滅びたって……。それじゃあ今はどういう状況になってるんだ?」


 それは当然の疑問だった。しかしヘルプの返答はつれない。


《それはゲーム開始後にご自分でご確認ください》


 眉をひそめてできていた眉間のシワが、さらに深くなる。彼は少しイラついたが、気を落ち着けながら考えをめぐらせる。これは聞き方が悪かったのか、それとも先程のように明かせない情報なのか。少し考えてから、彼は言い方を変えて今度はこう尋ねた。


「ここで言う『滅びた世界』の定義を教えてくれ」


《ここで言う『滅びた世界』とは、『文明を形成できる、あるいはその可能性を持つ知的生命体が死滅した世界』を意味します》


 今度は、ヘルプもきちんと答えてくれた。どうやら聞き方次第では答えてくれるようだ。これは一つ収穫と言えるだろう。


(しっかし、『知的生命体が死滅した世界』か……)


 ということは、その異世界には既存の町や村、要するに「人間の生活圏」と呼べるものはないと覚悟しておいた方がいい。随分とハードな世界である。


「そんな世界を、どうやって再生すればいいんだ? というか、何をどうすれば世界を再生したことになるんだ?」


《それはゲーム開始後にご自分でお考えください》


 どうやらまた聞き方が悪かったようだ。また少し考えてから、彼は言葉を変えてこう尋ねた。


「……その世界の知的生命体は、どうして死滅したんだ?」


《戦争、食糧不足、疫病等々。彼らが死滅するに至った直接の原因は、数限りなくあります》


「……じゃあ、根本の原因は?」


《『瘴気』と呼ばれた存在です》


「『瘴気』? 瘴気って、何なんだ?」


《『瘴気』とはこの場合、『生命体の生存を脅かす、ある種のエネルギー』を意味します》


 これまた、説明になっているようでなっていない。本当に、このヘルプは聞かれたことにしか答えない。まるで途轍もなく察しの悪い人間を相手に話をしているようである。そのことにそこはかとない疲労を感じながら、彼はまた少し考えて問いを変えた。


「……その瘴気は戦争や食糧不足、そして知的生命体の死滅とどう関係しているんだ?」


《瘴気が世界中に拡散することにより、知的生命体はその生存圏を徐々に失っていきました。生存圏の縮小は戦争や食糧不足を引き起こします。これにより、知的生命体はその数を大幅に減らしました。そして最終的には瘴気によって生存圏を完全に失い、彼らは死滅したのです》


「それじゃあ、瘴気を何とかできれば、その世界を再生したことになるのか?」


《その方向性を一つの可能性として肯定します》


 なんとも回りくどい、もったいぶった言い方である。彼は思わずため息が出そうになるのを何とか堪えた。


「他の方向性もあるってことか?」


《その可能性を否定しません》


 今度こそ、彼は深々とため息を吐いた。ヘルプさんは声も機械的だが、対応も機械的である。


「そもそも、どうやって『世界が再生された』と判断するんだ?」


《申請があったその都度、総合的に評価し世界が再生されているかをシステムが判断します。なお、申請はプレイヤーのシステムメニュー画面から行うことからできます》


「達成するべき項目は設定されているのか?」


《されていません。あくまでも申請時の諸要素を総合的に評価して判断されます》


 これ以上は聞いても無駄だろう。答えてはくれるだろうが、彼の側の理解が及ばない。そう思い、彼はもう一度ため息を吐いた。そして彼は質問する分野を変えた。


「……まあ、いいや。それで、今度はポイントについて聞きたいんだけど、どうやったらポイントを獲得できるんだ?」


《基本的には、プレイヤーの行動とその結果が世界の再生に資するとシステムが判断した場合、自動的にポイントが与えられます。またプレイヤー間でポイントのやり取りをすることも可能です》


「世界の再生に繋がる行動って例えば?」


《それはゲーム開始後にご自分でお考えください》


 ヘルプのその回答は彼の予想通りのものだった。とはいえ、当ってもちっとも嬉しくない。彼は思わず口の端を歪ませた。さすがに嫌気が差してくる。だが彼はすぐに頭を小さく左右に振った。聞きたいことはまだまだたくさんあるのだ。


「ゲーム中、獲得したポイントをプレイヤーではなくシステムを相手に使うことは可能なのか?」


《可能です。プレイヤーはポイントを使用して用意されたアイテムを購入することができます》


「どんなアイテムがあるんだ?」


《それはゲーム開始後にご自分でご確認ください》


「アイテムの購入はシステムメニューから行えるのか?」


《アイテムの購入はシステムメニューの画面からのみ行うことができます。ただし、プレイヤーが作成したアイテムについては、この限りではありません》


 なるほどね、と彼は呟いた。どうやら「ゲーム」と銘打っているだけあって、きちんとゲーム的なシステムも用意されているようだ。「システムメニューの画面」というのがどういうモノなのか、ゲームが始まるまでははっきりと分からないが、ただ何にせよポイントの確認や管理はそこでやれると見ていいだろう。


「ありがとさん。それで、これから初期設定をするんだけど、ヘルプを起動したままでも大丈夫か?」


《可能です》


 その回答に一つ頷くと、彼は初期設定の画面をスクロールして一番気になっていた、そして最も重要に思える項目を持ってくる。そこには「ユニークスキルの設定」と銘打たれ、その下には「スキル名を入力してください」、そして「スキルの能力を決定してください」と続いている。


「……このユニークスキルってのは、自分で自由に考えていいのか?」


《ご自分で、自由にお考えください》


 ヘルプのその返答を聞くと、彼は小さく笑みを浮かべた。ユニークスキル、つまり自分だけの能力。それを自由に考えて決めていいと言うのだから、やっぱりワクワクした。


「どんな能力でもいいのか?」


《可能です。ただし、それぞれのプレイヤーに与えられている容量(キャパシティ)は一定であるとご理解ください》


 これまた回りくどい言い方だが、要するに他のプレイヤーと比べ、飛びぬけて強力なスキルにはできない、ということだろう。プレイヤーは542万人もいるのだから、多種多様な能力が生まれることは間違いない。しかしその効力、少なくとも潜在能力はみんな同じ。彼はそういうふうに理解した。


(無双はできない、ってことか……)


 そう思い、彼は苦笑を浮かべた。ちょっとがっかりだが、確かに無双ができるようなスキルをシステム的に認めてしまっては、ゲームバランスが崩壊する。それにゲーム開始時の前提条件を平等にしなければ、他のプレイヤーから苦情が出るだろう。


(ん? ちょっと待てよ……)


 そこまで考えると、彼は引っ掛かるものを感じた。先程ヘルプは「魔法を使えるプレイヤーもいる」と言っていた。しかし彼は使えない。これで同じキャパのユニークスキルしかもらえないのでは、ゲーム開始時の前提条件は平等にならないのではないか。彼はすぐにそのことをヘルプに尋ねた。


「……プレイヤースキルは別としても、ゲームなんだから、スタートラインはなるべく平等にするべきじゃないのか?」


《プレイヤーの主張を検証中……。主張の正当性を認めます。あなたのユニークスキルの容量(キャパシティ)を20%アップします》


「おお、言ってみるもんだな」


 そう言って彼は笑顔を浮かべた。これで、彼のユニークスキルは他のプレイヤーと比べて1.2倍の潜在能力を持つことになる。一つアドバンテージ、と言っていいだろう。


 しかしその一方で彼の頭の冷静な部分は、このアドバンテージが決して大きなものではないことを理解していた。そもそもコレは格差を解消するために履かせてもらった“ゲタ”。頭一つ飛びぬけたというよりは、これでようやく並んだというべきだ。


 さらに20%という数字。仮にコレが「魔法等を使えるプレイヤーの、ゲーム開始前の平均値」だとする。ということは各プレイヤーに与えられるユニークスキルは、その平均値の5倍程度の力ということになる。


 5倍と言えば、結構大きな数字だ。強力なスキルと言っていいだろう。だが、「5人集まれば同じことができる」と考えることもできる。


(ユニークスキルと言っても、やっぱり飛びぬけて強力ってわけじゃないんだな)


 過信は禁物。ただでさえ命の危険があるデスゲームなのだ。慎重にやろう、と彼は思った。


 自戒の意味を込め一つ頷いてから、彼はメニュー画面に向き直る。しかしまだ何も入力しない。彼はさらにヘルプに質問した。


「ユニークスキルはレベルアップするのか?」


《ユニークスキルは成長します。ただし、その成長を数字で表すことはされません》


「なるほどね。それと、ユニークスキルを複数設定することは可能か? もちろん、容量(キャパシティ)の範囲内で」


《不可能です。ユニークスキルは各プレイヤーに一つずつで、その一つに全ての容量(キャパシティ)がつぎ込まれます》


「……それじゃあゲームが始まった後、ユニークじゃないスキルを増やすことは可能か?」


《ゲーム開始後、システム的にスキルを増やすことはできません。ただし、全てのプレイヤーにはその分のポテンシャルが与えられています》


 その分かるようで分からない説明に、彼はまた眉間にシワを寄せた。


「ええっと……、要するに『習って覚えろ』ってことか?」


《新たな技能を習って覚えることは可能です》


「じゃあ、オレも魔法が使えるようになる?」


《その可能性を否定しません》


 ヘルプの返答に、彼は苦笑を浮かべた。本当につれない回答である。とはいえ、今は「不可能です」と言われなかっただけ良しとするべきだろう。


「ちなみに魔法を習得するとして、何かコツみたいのはあるのか?」


《イメージを明確に持つことです》


 ヘルプの回答を聞いて、彼は「おや」と思った。きっと《それはゲーム開始後にご自分でお考えください》とでも言われるかと思っていたが、ヘルプさんは意外と親切である。


「ありがと。覚えとくよ」


 礼を言ってから、彼はようやく本格的に自分のユニークスキルを考え始めた。


(やっぱり、ゲーム攻略に役立つ能力がいいよな……)


 先程までに聞いた話によれば、舞台となる異世界は瘴気とかいうものに覆われているらしい。この瘴気によって、この世界の知的生命体は生存圏を奪われた。ということは、この瘴気とやらはゲームを攻略していく上で間違いなく重要な要素、それも障害になってくるだろう。そうであるなら、この瘴気を直接何とかできる能力であれば、使い勝手がいいかもしれない。彼はそう思った。


 加えて、これはデスゲームである。ならば身を守れる能力がいい。そこまで考えると、彼はスキル名の欄をタップし、現れたキーボードを使ってそこに自分のユニークスキル名を入力しようとして、しかし手が止まった。


「あの、ヘルプさん? 『吸収』って英語でどう言うんでしょうか……?」


 思わず敬語になりながら、彼はヘルプさんにそう尋ねた。辞書扱いされたヘルプさんは二瞬ほどの沈黙の後にこう答えた。ヘルプさんのため息が聞こえたように思えたのは、きっと彼の気のせいだろう。


《…………吸収と訳される英単語には、Absorption、Assimilation、Imbibition、Insorption、Resorptionなどがあります》


「あ、スペルも分からないんで一覧にして表示してもらえると助かります」


 彼がそう頼むと、ヘルプさんは無言のまま英単語の一覧を表示してくれた。しかも発音記号とカタカナの読みまで揃っている。ヘルプさんは有能だった。


 彼はその一覧をじっくりと眺め、さらに口に出して発音し、語感の良いものを選ぶ。そしてスペルを間違えないように注意しながら慎重にキーボードをタイプする。スペルミスがないかを確認してから、さらに彼は能力の欄も続けて入力した。


 スキル名【Absorption(アブソープション)

 能力【周囲に存在するエネルギーを集めて吸収し、自分の力とする】


 入力した内容をもう一度確認すると、彼は一つ頷いた。そしてヘルプさんにこう尋ねる。


「この能力で、瘴気を吸収することは可能でしょうか?」


《検証中……。可能です》


「じゃあ、コレにします」


 そう決め、さらに別の項目に取り掛かろうとしたその時、彼はある重大な問題に気がついた。ともすれば命に関わる問題である。


「このスキルって、どうやって発動させればいいんでしょうか?」


 どんなスキルであっても、そもそも発動させられなければ意味がない。自転車を持っていても、乗ることが出来なければ意味がないのと同じだ。そしてこれから始まるデスゲームにおいてスキルが発動できなければ、命の危険に直結するだろう。彼にとっては何としても聞いておかなければならない事と言えた。


《発動方法は幾つかありますが、最も基本的で確実なのは、スキル名を口に出し、さらに発動を宣言することです》


 ヘルプの回答の内容は、特別な訓練を必要とするものではなく、すぐにできるものだった。そのことに彼は胸を撫で下ろす。もちろん訓練を必要する発動方法もあり、そちらの方が実用性は高いのだろうから、ゲームが始まったらそちらを覚える必要があるかもしれない。ただ、「ゲーム開始時にスキルが使えない」という事態は回避できそうだ。


 スキル発動の問題が解決すると、彼はスッキリとした心持ちで次の項目に取り掛かる。悩むような項目は特になかったので、彼はヘルプに何か尋ねることもなく、テンポよく欄を埋めていく。


 次に彼の手が止まったのは、初期装備設定の箇所だった。そこにはアバターの姿が映し出されていて、そのアバターをマネキン代わりにして幾つかある装備を選べるようになっている。ただ、そのアバターは彼の本来の姿そのままだった。


「このアバターのまま、異世界に行く、のか?」


 言葉使いを無理やり元に戻す。ヘルプさんの対応は相変わらず機械的で、つまり何事もなくスルーしてくれた。


《そうです》


「アバターの外見を変更することはできないのか?」


《できません》


 即答だった。いっそ清々しく、彼も「ならば仕方がない」と諦めた。


 アバターの変更ができないことを確認すると、彼は初期装備の設定に取り掛かった。画面の中のアバターが着ているのは、今彼が着ているのと同じ病院の病人服。つまり同じ格好をしている。


 彼は幾つかの装備を試してみる。デザインは現代風のものから古風なもの、はたまたファンタジー風のものまでと幅広い。彼は少し遊んでから最後に「デフォルト」のアイコンをタップした。するとアバターの装備は最初の病人服に戻る。どうやら今着ている服がデフォルト装備であるらしい。


「今着ている服、というか装備のまま、異世界に行くことはできるのか?」


《可能です》


「それは他のプレイヤーも?」


《そうです》


「じゃあプレイヤーの中には、ここで設定できる初期装備よりも性能のいい装備でゲームに臨めるヤツもいるんじゃないのか?」


《その可能性を肯定します》


 彼の思った通りである。そして、ならばここからが彼の本題である。ユニークスキルのときと同じだ。それは不平等であると指定し、譲歩か救済措置を要求する。交渉の余地が有ることは分かっているのだ。それを活かさない手はない。


《プレイヤーの主張を検証中……。主張の正当性を認めます。あなたには初期ボーナスとして10万Ptが与えられます》


 ゲームが始まったらそのポイントで好きな装備を買え、ということなのだろう。もしかしたらと思い、彼はユニークスキルの容量(キャパシティ)アップを要求してみたが、それは順当に却下された。


「この10万Ptってのは、どれくらいの価値なんだ?」


《それはゲーム開始後にご自分でご確認ください》


 またそれか、と思い彼は苦笑した。結局「格差の解消に効果があるくらいのポイントなんだろう」と考え、納得することにした。


 納得してから、改めて初期装備の設定に取り掛かる。衣服は比較的シンプルなデザインの軽装にした。比較的現代風なデザインの長ズボンと半袖のシャツ、そしてその上にフードの付いたポンチョを羽織る。足元には少しこだわって、悪路にも対応できそうなしっかりとしたブーツを選んだ。もし不備があったら、貰った10万Ptで揃えればいいだろう。


 ちなみに見た中で一番シンプルな設定は「下半身のみの黒タイツ」。どこからどう見ても変態である。何事もホドホドが一番なのだ。


 悩んだのは武器の設定だ。生まれてこのかた、彼は武器など持ったことはない。彼が使ったことのある刃物で武器になりそうなのは、台所の包丁くらいなものだ。


 当然、得意なジャンルなどない。それで彼はヘルプさんと相談しつつ、比較的扱いが簡単というショートソードを選んだ。防具は盾ではなく、皮製の籠手を選ぶ。何となく片手が盾で塞がってしまうのが嫌だったのだ。


「……そういえば、この初期設定が終わったら異世界に行くんだよな?」


《そうです》


「異世界は瘴気に覆われているんだろう? プレイヤーは大丈夫なのか?」


 残る項目を記入しながら、彼はふと疑問に思ったことをヘルプに尋ねる。瘴気がどういうものなのかはっきりとは分からないが、転位してすぐに命の危険に陥るようなことはさすがに勘弁して欲しい。


《全てのプレイヤーには、平均的な瘴気濃度の中で問題なく生活できる程度の耐性が与えられています》


「ふうん……、なるほどね……。あ、あと、転位する地点とゲーム開始のタイミングはみんな同じなのか?」


《ゲーム開始のタイミングは一斉ですが、プレイヤーのゲーム開始地点はシステムによってランダムに選ばれます》


「……危険な場所に転位するってこともあるのか?」


《火山の火口や深海など、プレイヤーが生命を失うことが確実視される場所は候補から除外されています》


 安心できるようなできないような。とはいえゲームの出だしから殺しに来ることはさすがにないだろう。彼はそう考え、ひとまず納得することにした。


「よしっと……。これで初期設定終わり」


《確認中……。エラー。プレイヤーネームが記入されていません》


「おっと、忘れてた……」


 彼はすぐに画面を指でスクロールして一番上に戻る。すると確かに、項目の一番上にあるプレイヤーネームの箇所が空欄になっていた。後回しにして忘れていたのだ。彼は少し考えてから、その欄に【Kamui(カムイ)】と入力する。もちろん、本名ではない。


《全ての項目の記入を確認しました。これからプレイヤー【Kamui(カムイ)】を異世界に転送します。準備はよろしいでしょうか?》


「ああ、いいぞ」


《それではこれからプレイヤー【Kamui(カムイ)】を異世界に転送します。あなたのご活躍を期待しています》


 ヘルプがそう言うと、カムイは光に包まれ、そしてその場から消えた。ゲームの始まりである。誰も居なくなってその場所で、問い掛ける人もいないと言うのに、不意にヘルプの機械的な声がどこからともなく響いた。


《……ユニークスキルの容量(キャパシティ)アップや10万Ptの譲歩を引き出したのは上々。ただ、あれだけ情報を匂わせておいたと言うのに、転位地点について何も交渉してこなかったというのは、油断と言うか軽率でしたね。情報の収集にも荒さが残ります》


 なかなか辛口の評価だ。さらにヘルプの声は続く。


《おそらく、無意識のうちに『ゲーム』という概念に引きずられていたのでしょうね。そのおかげで理解が早かった部分もありますが、深く考えずに見落としてしまっていた部分もある。それが吉と出るか凶と出るか……》


 ヘルプの機械的な声に、しかしどこか思案するような声音が混じる。数秒の沈黙の後、ヘルプはさらにこう続けた。


《いずれにしても、すでに賽は投げられました。どこに転位するにせよ、死ぬ危険性もあれば生き残る可能性もある。それは全てのプレイヤーが同じ条件です。ゲーム気分のままでいれば早晩命を落すでしょうし、逆にゲーム的なシステムの部分を使いこなせなければやはり生き残ることはできません。それもまた、全てのプレイヤーが同じ条件。あなたは生き残って願いを叶えることができますか、プレイヤー【Kamui(カムイ)】。期待していますよ……》


 それっきりヘルプの声は途切れた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「……プレイヤースキルは別としても、ゲームなんだから、スタートラインはなるべく平等にするべきじゃないのか?」 《プレイヤーの主張を検証中……。主張の正当性を認めます。あなたのユニークスキルの…
[一言] 「望む効果で望む入れ物のポーションが作れる能力」  が最強かもね。
[気になる点] なんのためにユニークスキルを英語にしたの?
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