まろまろ 1/4
街中に突然UMAが湧いて出たというので、世間は激しく動揺している。
未確認生物なんて呼び方をすれば少し角がとれるけど、つまりは化け物だ。それらは穴だらけの「まる」に手足が生えた姿で、きょろきょろと穴を動かしながら地べたをはいずりまわっていたらしい。ニュースで報道された写真は、ちょうど人間の頭部から目玉と鼻と耳と口をくりぬいたような大きさで、ネットに転がっているようなホラー画像とよく似ていた。今のところ実害はない。不気味だ、という一点で、僕らは彼らを排除しようと動き始めていた。
噂では既に調査隊が組織され、UMAの発生源へアプローチが試みられているらしい。酔狂な研究者と、勇敢な探検者と、まあそんな人材が派遣されていればいいもので、実情は下請けの下請けのさらに孫請け労働者がとりあえず放り込まれているとか、たぶんそんなものだろう。発生源一帯は国家によって厳重に管理され、一般人の立ち入りは許されていない。小市民の楽しみはといえば、そのUMAに名前をつけることくらいである。「まろまろ」。今年の流行語大賞はもはや出来レースだ。
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「話には聞いていたが、こんなに生臭いとは」
足もとにある「窓」を見下ろして、隊長は顔をしかめた。
生き残ったのは、僕と隊長の二人だけだった。先ほど息を引き取った隊員が、「窓」のふちに横たえられている。そのからだは急速に腐りはじめていて、「窓」からたちのぼる異臭と混ざりあい僕のあたまをくらくらさせていた。
「ここまで来たからには、引き返せません」
「あたりまえだ。何人死んだと思ってる」
不気味な蛍光色の光が、僕らの顔を青白く照らしている。壁じゅうに蔓延るヒカリゴケは貴重な光源でもあったが、同時にその強い毒素で僕らを苦しめていた。
「しかし、この『窓』の周りだけはヒカリゴケが少ないな」
隊長があたりを見回して不審そうに言った。
「もっと強力で邪悪な何かが、『窓』から染み出しているような気がします」
別世界への入り口。居住区の地下に走るトンネルを数時間とくだり続け、幾つかの鉄扉を隔てた先にこの場所は封印されていた。ぬかるんだ地面に大口を開け、腐臭を吐きだす真っ黒な穴は、光で照らすと「向こう」が見えることから、「窓」と呼ばれている。「窓」に辿りつくためには、先人の残したわずかな資料を手掛かりに、汚染された道を進まなければならない。ちょっとしたきっかけで多くのメンバーが死に、この呪わしい土壌に吸収されてしまった。
僕は少し勇気を出して「窓」を覗きこむが、暗くて何も見えなかった。
「隊長、『窓』を照らしてください」