第1話/一二三
季節は冬。
1日の授業が一通り終わり、陽が紅く染まり始める頃。
今日もお馴染みの顔ぶれが、お馴染みの第3カウンセリングルームに集まっていた。
「人間は抗う生き物なのよ!」
そこでなにやら受け売りめいたことを声高に表明するハイ・タイがいた。というかひいだった。
一方俺はその横で、
「ねぇにぃに。今日もまた、ね?」
「お、○イトだな。じゃ一緒に行くか?」
「うん!」
「わわ私も! 私も、付いてっていい……かな? みいちゃん」
「モーマンタイぃ。にぃにもモーマンタイ?」
「は、ハハハ。モチロンサ……」
天国と地獄の間をさまよっていた。
「じぃー…………」
するとどういうことか、ひいがこちらを見つめている。仲間に入りたいのだろうか。
「ひい。仲間に入りたいのか?」
「…………あんた、いい尻してるわね」
「わぁお。まさか同い年の女子にそんなこと言われるとは思いもしなかったぜ」
つかコイツ、出だしのセリフを見事に蹴飛ばしていったな。
それとそこのアニヲタと二重人格。こっちをチラチラ見ながらのヒソヒソ話は止めていただきたい。
「ま、それはそれとして」
「おいコラ。他人の尻をそれ呼ばわりすな」
「れいってさ、あたしとふうとみいとで接する態度が違う気がするのだけど。気のせいかしら?」
ぴくっ。
「あ。それ、私も思った」
ぞわぁ……。
「そぉ? にぃにはいつでも優しいよぉ」
ほっこり。
と、これら3つの擬音語は彼女らのものではない。紛れもない俺の内心を表したものだ。三者三様ならぬ一者三様といったところか。あー、ほっこりほっこり。
「ちょっと聞いてるの? れい」
「ン…………あ、あぁ」
ほっこりの余韻にひたっていたら、現実に引き戻されてしまった。
俺の至福の時間をジャマするとはけしからん。抗議しようそうしよう。
「あと5分だk」
「で。そこんとこどうなのよ?」
「どどどどうなんですか?」
「にぃに?」
抗議するヒマさえもらえなかった。
にしてもひいのヤツ。なんとも答えにくい質問をしてくれるのな。
「えーと、その……。なぜにそんな話になる? そもそもだな、俺は思うわけよ」
「「「じぃー…………」」」
「こんな話、別にいましなくてもいい気がなきにしもあらずというかなんというか……」
「「「じぃー…………」」」
「………………」
「「「じぃー…………」」」
……俺が、なにをしたっていうんだ…………?
「あーもう! わぁった、話すから……」
こうなったら腹をくくって、それっぽい話でごまかすしかない!
――こうして俺の闘いは始まった。
▼△
2分後。
「言い残すことはあるかしら?」
「スンマセンしたぁ!」
白旗を上げる俺が、そこにはいた。
「グラサン出されただけで降伏する俺って一体……」
「なにか言った?」
「ハハッ、なんでもないっスよ!」
くそぅ。なにがいけなかったんだ? 話題か?
――ッ! もしや……!?
「おまえら、ジョ○ョ四部派ではなく三部派なんだな! そうなんだな!?」
――パァン。
「………………は?」
突然のことだった。だから俺の反応が遅れたのも、当然といえば当然だ。
銃声が轟いたわけではない。そういうのはアニメやマンガだけで充分だ。
爆竹や癇癪玉などの手の込んだいたずらが施されていたわけでもない。つかあってたまるか。
――拍手。
最も簡潔に言い表すのであれば、それ以外にあるまい。
ひいが鳴り響かせた1つの音。その行為が意図するところとは――
「で。そこんとこどうなのよ?」
「どどど、どうなんですか?」
「にぃに?」
いままでのやりとりをなかったことにされた。ちくしょうこの数分で失った俺のなにかを返せ。
「はぁ……。わぁった。今度こそちゃんと説明するから――俺から見たおまえらの印象を」
もう○ョジョを除けばこれぐらいしかない。これでダメならあとがない。残すは相手方の反応か。
ひいは……どこか納得いかないような顔をしているが、とりあえず聞くだけ聞くつもりらしい。
ふうは……直視したくないが、「聞かせて聞かせて」という気配を漂わせているようだ。
みいは……うん、可愛い。
――これは、イケる!
「ぅし。まずはひいからな」
「あたし?」
「おうよ。おまえは……」
……待てよ俺。
さっきはあんなこと言ってしまったが、俺こういうの別段得意ってワケじゃないんだよな……。いや、やるしかないんだよな。とりあえず整理していこう。
ハイ・タイことひいは、成績がそこそこいい。
「まあ勉強はデキるほうだよな。それと、」
中でも保体は群を抜いている。年に一度行われる体力テストなるものじゃ、男子の記録にグイグイ食い込んでくるからな。そういうところは普通に尊敬出来る。
「スポーツ少女……ではないか。帰宅部だし」
そう。なにを隠そうコイツこそ、帰宅部のエースちゃん(自称)なのだ。
「あとは……」
…………。
…………………………。
「黙っていれば美少女?」
「なんで疑問形なのよ」
自分が騒がしいヤツってのは認めるのか。でもま、コイツ見た目だけはいいもんな。
「ン。ひいについてはこんなモンか。じゃ次はみいか」
「はぁい!」
「…………」
「ちょ、ひいさん!? 不満だろうけど無言かつ無表情でグラサン構えないで! 謝るから進ませてください!」
……今更になって、今日生きて帰れるか心配になってきた。
それはそうと、みいの印象か。
「みいはだな」
「うんうん」
後輩ではあるが、
「可愛い妹だ」
「わぁい。あとは?」
学年トップの頭脳を持つ、
「超可愛い妹だ」
「わぁ。あとは?」
中学生とは思えないほど小さくて、
「ロリ可愛い妹だ」
「あとは?」
少しばかりアニヲタ成分多めの、
「めがっさ可愛い――」
「れい。ちょっとだけあたしとお話しましょ」
何故かひいに首ねっこつかまれて部屋の隅に連行された。いまイイとこだったのに……。
「前々から思ってたんだけど、」
ひいは声を抑えてそう切り出した。
「あんたってシスでロリなコンプレックス持ちなの?」
「だとしたらどうする?」
「…………」
「俺が悪かった。だからグラサンを仕舞ってくれ。あとそれは誤解だ」
「誤解?」
「そうとも」
俺がシスコンかつロリコンだって? んなアホな。
「俺が愛でているのは妹キャラでも幼女でもない。――ひいだ」
「は?」
「言うなればヒイコンだ」
「いやいやいや。は?」
「つまり俺はヒイコンであり、シスコンやロリコンにあらず、といったところだ。アンダスタン?」
「あんたの思考は理解出来ない、ということを理解したわ」
……あれれー、おかしいなー?
「ようするにあんたは、『俺のみいがこんなにかあいいのは世の理』って言いたいのね」
「おまえ、実はエスパーだったのか!?」
「ならあんたはパッパラパーね」
「ム。こうみえても家庭科は得意分野でな、」
「あーはいはい、エロスエロス」
「別にいまのセリフはエロくないし、おまえこの前のこと根に持ってるだろ!」
「ところであんた。女の子を待たせておいてなんとも思わないの?」
「こんなときに何を言って……」
ひいの視線の先を追ってみると、そこには女子中学生が2人――ふうとみいがいた。
この場合、ひいが指す『女の子』というのはおそらく……。
「『ふうにもちゃんと言ってやれ』、と?」
「あら。あんたも実はエスパーだったのね」
「そりゃどうも……」
言葉とは裏腹に、いまはパッパラパーからエスパーにランクアップしたことの歓喜よりも、「やはり逃れられない運命なのか」という絶望のほうが大きい。
なにせあのふうが相手じゃ……ねぇ? ……そうだ、深呼吸しよう。
「ひっひっふー、ひっひっふー、ひっひっふー……」
「み、みいちゃん。先輩さんは何をやってるのかな?」
「んとねぇ。きっと自分と闘ってるんだよぉ」
「そうなんだ……」
みいちゃんや。あながち間違ってないけど、そりゃかっこよすぎやしやせんか? にぃに泣けてくるよ?
「ひっひっふー……。よっしゃあ、ふう!」
「ひゃぃ!?」
「気合い入れてくぞコノヤロー!!」
「止まれバカヤロー」
ぺちんっ。
「ハッ!? ひい、俺は一体何を? つかその手に持ってる鞭のようなものは?」
「愛の鞭よ」
「『愛の』って、おま」
ぺちんっ。
「イタッ! ……打ったね。お隣りの丸山さんにも打たれたことないのに……」
ぺちんっ。
「い゛ッ! 」
ぺちんっ。
「ちょ、待っ」
「へいへーい」
ぺちぺちんっ。
「おまえ楽しんでるだろ!?」
「あ」
「『あ』じゃねえよ!」
「つい……」
「そんな万引き犯の言い訳みたいに言われても許さねえよ!?」
「反省はしてないわ」
「してください!!」
ハァ、ハァ……あー、疲れる。マジで何やってんだろ、俺……?
「にぃに、落ち着いたぁ?」
「落ち着く? 俺はいたって冷静――」
――そうか。いまやっとわかった。
ひいはヤケになっていた俺を落ち着かせるために、あんなことを……。
……ホントにどこまでいってもいいヤツだな。
「ひい。1つだけいいか?」
「な、何よ? お礼なら別に……」
ははっ、赤くなってら。
でもこれだけは言っておきたいからな、言わせてもらうぜ。
「――あとで校舎裏に来い」
「ケンカ売られた!?」
「さて、最後はふうだったな」
「そして何事もなかったかのように話を進めた!?」
……ホント、おまえらには感謝してるんだぜ。
っと、いまはふうの番だったな。
「ふうは……」
二重人格っつうとんでもないモン持ってるけど、それでも女子には変わりない。
恥ずかしがり屋で引っ込み思案なただの女の子。なのにコイツは、もう1人の自分が存在することを嘆かないし、否定しようとしない強いヤツなんだ。
だから俺は、そういうのを全部引っくるめて、
「ふうはすげえヤツだと思う」
お? 俺にしては結構キレイに決まったぞ。少なくともこれならふうのスイッチが入る可能性は低く……。
「…………」
「なんか反応が薄い……というかないな」
「ふうちゃん、ダイジョブぅ?」
「………………」
「ひいねぇ、ふうちゃんが……」
「あらま。気ぃ失っちゃってるわね。おーい、ふうやーい」
「……………………」
返事がない。だが生きているようだ。
……俺はこんなヤツらに感謝しちゃってるのか…………。
なんとも締まらない話である。
▼△
あいつらには言えなかったが、あと1つ、あの3人に共通して言えることをここで言わせてもらいたい。
血はつながっていないがホントの姉妹のように仲がいいあいつらは、3人揃うと呆れるほど笑いが絶えない。性格も趣味も歳も違うってのに。
笑って、怒って、泣いて、また笑って。それがずっと繰り返されるだけなのに、見ていて飽きない。ずっと見ていたい。
でもやっぱ、誰であろうと何があろうと、笑った顔が一番だと俺は思う。
そうさ。
俺はあいつらの笑顔がたまらなく大好きなんだ。