Vtuberの結婚
いつもの挨拶から始まった。
身体中に緊張という稲妻が走るのを感じる。鼓動が速くなる。画面の奥のモデルの表情も、明らかに真剣な顔つきをしている。コメント欄は閉じたまま見る気にはなれない。
挨拶の後、緊張を解すように、リスナーに調子を聞いたり、配信が安定しているかを聞いたりしていた。
きっと挨拶や絵文字の中を、不安や恐怖に包まれたコメントが飛び散っているのだろう。
震える喉の奥から絞り出したような声が聞こえてきた。
『私、ラブツリーは、一般男性と結婚することにしました』
前髪を拳で掴みながら頭を上げ、安楽椅子にもたれかかった。
ラブツリーは一呼吸おいてから、気持ちを吐き出す隙をあたえないように続けて話し続けた。
『みんなごめんね』
『とくにガチ恋勢のみんなにはこんな思いをさせてしまってごめんなさい』
涙声で声が裏返るところで耳からイヤホンを引き抜いた。聞いていられなかった。
いつかこんな日が来ることは分かっていた。配信者である前に1人の人間なのだから、誰かと深い繋がりを持ちたいのは当然のことだ。
割り切れない思いが頭の中を駆け巡る。
ラブツリーを最初に知ったのは十年前の初配信だった。配信サイトでオススメにでてきた動画をたまたま開いたのがきっかけだった。いわゆる最古参だ。
SNSを開き一言だけ投稿した。
『ごめん、見れない 終わったら教えて』
すぐに見知った仲間が反応したのか通知が届く
ベッドに飛び込むと、ギィギィと軋む音が部屋全体を飲み込んだ。
この十年の思い出が全て無になった気分だった。いや、以前から虚無感に襲われることは度々あった。しかし、それでも画面を開くといつものモデルが元気な声で配信をしていた。
インターネットだけの繋がり、何十年続こうと太くなることはないのだろうか。
実体のないリスナーとの何百万もの繋がりは、実体をもつ1本の繋がりに勝つことができなかったのか?
蛇口から出る水をコップに注いだ。飲み干した。
本棚から本を取り出した。
『孤独礼賛』
本を頭にたたきつけた。ニ度。三度。
四度目で痛みが強くなり、床に投げ捨てた。
目頭が熱くなり、涙が溢れ出てきた。細胞という細胞の水分が全て流れ出ているようだった。垂れて鼻の下で揺れる液体の動きを感じ取りながら、潰したティッシュの塊を顔に押し当てた。
自分には繋がりと呼べるものはなかった。過去には作ろうとしたこともあったが、気づけば繋がりは消えていた。
できては消え、できては消える
その繰り返しが、いつしか呪いになっていた。繋がりの糸を断ち切るように追いかけてくるようだった。
来世に期待
そんな言葉が頭をこだまする
靴下のまま家を飛び出る。
今日を最後の日にしよう。そう思って、近くの公園のブランコで揺れていたアイツに声をかけたのだった。
みんなの推しはどうかな?
震えて眠れ(。•̀ᴗ-)✧




