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断罪イベントに転生した王子は、シナリオを壊したい

掲載日:2026/02/23

茶だよ( ´・ω・`)っ且))`ω゜)!・;


 ――この時をもって、私はお前との婚約を……。


 その言葉が、喉の奥から飛び出しそうになった瞬間、俺は“目覚めた”。


(は? まてまてまて、なんだこれは?! というか、俺は今なにを言いかけた?)


 視界に入ったのは足元の真っ赤な絨毯。

 耳に入ってくるのは左右に並んだ貴族たちのざわめき。

 肌に感じるのは誰もが“その決定的瞬間”を待っているのだろう、期待に満ちた空気。

 

 次に見えたのは俺の左隣。

 白百合みたいな顔をして、毒きのこみたいな空気をまとった可愛い少女が、きゅるん、と瞳を潤ませていた。


「殿下ぁ……その方は、殿下を騙していたのですぅ……」


(こいつは……まさかあの超絶クソゲーのぶりっ子ヒロイン?! しかも語尾が”ぅ”。やめろ。普通の人間は語尾をぅで伸ばさない)


 突然頭の中にあふれ出した、いわゆる前世と呼ばれる記憶の一部と現状が一致する。

 顔面は鉄のように固まっているが脳内はパニック状態だ。

 まさかの転生、しかもクソゲーの王子役とか何の冗談というか罰ゲームだよ!

 毒づきたいのを何とか堪えて必死に記憶を辿る。


 とりあえず隣のぶりっ子がヒロイン役だな。

 髪の色がお約束のごとくピンクなのは何の強制力なんだよ。


 最後に俺の右前。

 銀糸の刺繡が美しい黒いドレスに、金色の巻き髪。

 プライドが高いが高慢ではなく、まっすぐ伸ばした背筋のせいで余計に背が高く見える、キツめの美人な彼女は、俺の婚約者である公爵令嬢だ。

 まさにテンプレのような悪役令嬢役である。


 ――本来ならここで“断罪されて死ぬ役”の彼女は、涼しい顔でこちらを見ている。


「……続きを。殿下」


(うわ、目が冷たい。こっちは冷や汗だよ。ていうかこのゲーム、姉にやらされたけどマジでクソだったんだよな……)


 俺は前世で、姉の趣味に付き合わされていた。

 乙女ゲーという名の苦行に。

 語れる相手が欲しいという理由で、弟にやらせていた姉は終わっていると思うが、まあそれは置いておこう。


 隣のヒロインと、目の前の悪役令嬢が登場する稀代のクソゲー、

『可愛ければ何でもいい♡ 王子も国も好感度で堕とします』

 にも当然に付き合わされた。


 攻略のコツ?

 タイトルの通りだ、可愛ければそれでいい。

 この世界では“ぶりっ子”をしていると好感度が稼げる。

 まともなこと言うと好感度は減る。

 可愛さのない正論は醜悪不快、という意味不明設計なのである。


 ──そして何より、どのルートも本気で胸糞なんだ……。

 待ってくれ、さっき自分で置いた話だが、こんなゲームを語るためだけに弟にやらせた姉もクソだね。間違いない!


 ていうか本当に待ってくれ、これ断罪イベントのど真ん中じゃん。

 ここで断罪された悪役令嬢は裁判にかけられ、どれだけ尽力しても絶対に、処刑される。

 因みに彼女に罪はない。

 すべてヒロインの自作自演だ。

 まともな思考回路を持ち、正しいことを言う悪役令嬢はこの世界では不利すぎるのだ。


 しかしここで悪役令嬢を庇うと王子──つまり俺が暗殺される超展開には驚愕しかないよね。

 傷ついたヒロインの姿に憤った暗殺者が襲ってくるんだよ。

 この暗殺者も例にもれず攻略対象者な。


 つまり、庇えば俺が死ぬ。

 けど庇わずに生き残った先にもロクな未来はない。

 可愛さで何でも判断していくせいで、当然だが国が傾いていくのだ。

 ……マジで詰んでね? このゲームむしろ世界。

 いや、だからこそ稀代のクソゲー扱いされてたんだけど。


「ゴホンッ!!」


 突然黙り込んだかと思えば盛大に咳払いした王子の様子に、会場が静まり返った。

 悪役令嬢は薄く眉を上げる。

 ヒロインは、大きく目を見開いてきょとん顔。

 この反応の差だけで周囲の好感度が分かれるのが目に見えるようだ。


「だ、大丈夫ですぅ? 殿下ぁ……わたしが背中を――」


(触るな、触るな! 触ったら好感度が上がる! 俺の好感度ゲージがなぜか可視化されて見える! “+3”とか出るな!)


 視界の端に透けて見える、かつてゲーム画面で見たのと同じゲージに慄きながら、俺は一歩横に避けた。

 貴族たちが「おお……!」と感嘆した。

 なんで避けただけで感嘆できるんだよ、この国の奴ら。


 そして俺は極めて冷静に、至極まっとうであると周りに思わせるような態度で、堂々と宣言した。


「私と彼女の婚約は──破棄しない」


 空気が止まった。

 まるで時間が一秒遅れたみたいな重い沈黙が広間を支配し、次の瞬間、

「…………は?」

 ヒロインから初めて聞く低い声が漏れた。


(素が出たぞ。初めて可愛い子ぶりっ子の仮面がひび割れた。よし!)


 悪役令嬢は目を細めて王子を見据えた。

 ぱっと見は動揺しているように思えないが内心はどうなんだろうか。

 完全に隠せているところがまた、可愛げがないと言われる所以であるところが涙を誘うぜ。


「……殿下。今、何と?」

「婚約は破棄しないと言った。私と貴女の婚約は今まで通り継続される」

「殿下、では殿下の隣に寄り添っておられるその令嬢とは、いったいどういった関係なのでしょうか?」


(そうですよね。ええ、そう来ると思います。だって俺もそう思うもん。何なのこのピンク髪。なんで俺の隣にいるの? けどね、このピンク髪を選べば君が死んで、君を庇えば俺が死ぬの。分かる? 頼む分かってくれ!!)


 内心絶叫しつつふうっと大きく息を吐いて、俺はあえて無敵の王子スマイルを作った。

 困った時にゴリ押しできる場合もあるので美形は得だな。


「貴女に何と説明すれば納得してもらえるか難しいな。だが彼女は私の大切な友人だ。貴女にも大切に扱ってもらいたい」


 ――沈黙。

 息をすることすら忘れたような静寂が再び広間を支配する。

 そんな中でぶりっ子ヒロインは空気を読んでいるのかいないのか、ここぞとばかりに殿下の腕へするりと腕を絡ませた。

 ピロリン♪ ヒロインの好感度が+5!


(組むなぁー! そこで腕を組むなぁー!)


「殿下ぁ……わたし、うれしいですぅ……」

「…………友人?」


 悪役令嬢の言葉の温度が一段と下がった。

 冷えるを超えて凍る。凍え死ぬ。


(だよな、そうなるよな。俺でもなる。だって腕組んでるんだぞ“友人”が。婚約者の前で友人って腕組むんだっけ? いや組む奴もいるかもしれないけどそれ同性の話だろ。異性とは組まないよなあ!)


 ぶりっ子ヒロインは、きゅるんと音が出そうな顔で瞳を潤ませたまま――口元だけ、わずかに歪ませたのを俺だけは見た。

 悪役令嬢が一歩前へ出る。

 ドレスの裾が優雅にふわりと揺れ、貴族たちが息を呑んだ。


「殿下。確認いたしますわ」


 それはいつもの感情の見えない声でも“断罪される悪役”の声でもなかった。

 憲兵が尋問の際に出すやつだ。


「そちらの女性は異性に寄り添い、腕を組み、涙を武器に周囲を動かしておられます。――その方を“殿下の友人”と呼ぶのですか?」


(強い、正論が強い。だが正論はこの国では負け組なんだ……!)


 度々沈黙していた貴族たちがついに隠さずざわめき出した。


「た、たしかに……」

「腕を組む、友人とは……?」

「殿下、何を……?」


 マズい、このまま言葉で殴り合えば、悪役令嬢が勝つ。

 勝つが――この国は“可愛い”を正義としている。

 そのせいで正論で勝ったはずの令嬢は「可愛くない」という理由で嫌われ、なぜか最終的に処刑される。


(勝つな! 頼むから勝つな! 勝ったら死ぬんだ! クソゲーすぎるだろ!)


 俺は王子として覚悟を決める。


(やるしかない。可愛い外交だ。前世の俺は姉に鍛えられた。役に立たたくてよかったよ、こんな経験……!)


 前世の俺は気の強い姉を持つ、すこーしだけ他よりも小柄で、実年齢よりも若く見られがちなだけの平凡な顔立ちの男であった。

 チビの童顔っつった奴出てこい、男なら殴る。

 女の人なら……厳重に抗議させて頂こうかな、うん。


 気弱なのではない、姉ほどではないが俺もそれなりに気が強かった。

 ただ女性に逆らった時の怖さも知っているだけだ。

 そのせいで余計な知識も経験も持っていることを今だけは喜ぶべきか否か、真剣に悩むところだ。

 

 前世を思い出しながら俺はゆっくりと胸に手を当て、ゆるく目を伏せた。

 頬に、ほんの少しだけ熱を集める。

 周囲の貴族が「おお……」と息を呑む気配がした。


(もう“おお”が出た。可愛いを見たら”おお”なのかこの国は)


 そして、できるだけ恥ずかしそうな声で――


「……彼女を友人と呼ぶのは、おかしいかにゃん」


 会場が、揺れた。


「おおおお……!」

「殿下が……にゃん……!」

「世界が……救われる……!」


(救われないよ。国も傾くよ。俺の尊厳も傾いてるよ)


 悪役令嬢が、ぴたりと固まった。

 目は真っ直ぐ俺を射抜き、表情どころか髪一筋すら動いていない。

 その横に”ラブリィゲージ+30”と表示される。


 好感度ゲージとは別の特殊なゲージは、つまり”可愛い”をポイントとして貯めているのだ。

 満タンになると個々の必殺技が発動する意味不明設計その2。

 俺の場合は王族らしく支配系の能力で、発動すると議論はだいたい”可愛い”で轢き潰されるクソ仕様。

 勘弁してくれ。


「…………殿下?」


 早々に立て直したものの、控えめに声をかけてくる悪役令嬢の頬が少し赤い。

 彼女は“可愛い”に対する処理能力が低いのだ。


(よし、バフが入っている。今だ)


 俺はすぐに真面目な顔と声音へ戻した。

 ”可愛い”の後に意見を挟むとその意見は通る、それもこの世界のもクソ仕様のうちだ。


「では言い直そう。彼女は、私が守るべき存在だ」


 まずは恋やら愛やらの有無は明言せず、とにかく重要人物であることに意識を注目させる。

 少しずつ論点をずらして曖昧にしよう作戦だ。

 とここでタイミングを見計らうプロであるぶりっ子ヒロインが、キラキラした目で俺を見つめて嬉しそうに笑った。


「殿下ぁ……わたし、守られちゃいますぅ……」


(うぜえええ! 守りたいのは俺の命だ!)


 そうは思ってもガン無視するのは印象に悪い。

 あと冷たくし過ぎて、傷ついた彼女に泣かれでもしたら暗殺者コース。

 忍耐力を駆使して、俺はふっと気障ったらしく王子スマイルをぶりっ子ヒロインに返した。

 三秒我慢してから視線を逸らし、悪役令嬢だけを見る。

 常識人のなんて安心感。


「君は、私が婚約者として守るべき人間だ。……そして彼女は、“国の未来”として守る必要がある」


 そう国の未来だ。

 こいつをのさばらせておくと国が傾くから、抱え込むしかない。

 いっそ排除してしまいたいが、排除に動けば俺が死ぬ。


 なお別の攻略対象者ルートには下剋上やら建国やら隣国からの侵略やら、国というか王家の未来真っ暗な結末盛りだくさんで……あれ、俺だけ難易度高すぎない?

 いや悪役令嬢よりマシか?

 王子ルートで断罪されてもされなくても未来がない、他ルートでも王家と運命を共にするとか殺意高すぎん?

 制作陣出てこい。


 とにかくヒロインは全力でこちらの陣営に入れる以外の選択肢はない。

 これはただ自分の命を懸けただけの綱渡りじゃない。

 足元の綱は、王国の未来そのもの。

 左右に揺れているのは”可愛い”に惑わされた世論。


 そして足を滑らせた途端にトドメを刺そうと、どこかから暗殺者が見張っている。

 四面楚歌すぎてちょっと泣きたい気分だが、まずは今日を乗り切らねばマジで俺の明日が来ない。


「国の未来?」


 何とかごまかそうとしてみたが、悪役令嬢には効果が薄かったらしく眉を上げて聞き返された。

 ”可愛い”に耐性がない代わりなのかバフが切れるのが早い。

 知性と理性が高すぎる。

 

(突っ込まれると詰む。頼む、飲み込め。飲み込んでくれ、頼む)


 俺は仕方なくもう一度、可愛い仕草を挟んだ。

 普段はきりっとした眉を下げて、ほんの少しだけ照れたように笑う。


「君とも国の未来について、後でたくさん話がしたいにゃん」


 会場が「おお……」となる。

 そして再びラブリィゲージに+30……。

 世界は”にゃん”で回る──そんなこの世界の真理はいらんのだが。


 悪役令嬢は額に手を当て、堪えるように深く息を吐いた。


「殿下……分かりました。殿下は私では図りえない深い考えで行動しているのでしょう」

「──その通りだ」


 いやまったく深くはない。

 可愛いは正義、ただそれだけで、それ以外はない。

 正論を言いたいなら可愛さも磨かなければいけないのがこの世界。

 可愛さを磨けば胸糞プレイですらできてしまうとか、大問題過ぎて手が付けられないレベルだ。

 

 とりあえずまったく深くはないのだが、さも深い考えがあるように俺は頷く。

 この場を“可愛い”で制圧し、生き残る。

 それが今日の俺の勝利条件。

 今この場を切り抜けても何一つ解決していないことは、この際棚上げするしかない。

 頑張れ、明日の俺!


 しかし今日を生き残ることに全力をかけている俺の気持ちなど知らぬとばかりに、ぶりっ子ヒロインが首を傾げる。

 頼むから話を戻すな。


「でもぉ……殿下ぁ……この方はぁ……」


(その“でもぉ”をやめろ。語尾の小文字で世界が歪む)


 俺はぶりっ子ヒロインに向けて、王子スマイルを向けた。

 王子スマイルの効果でラブリィゲージに+5。

 もともと貯まっていた分があったので、残り15で満タンだ。


「君の笑顔はいつも場を明るくするね。その優しさにいつも救われているよ」


 きらりん☆

 ここでダメ押しの連続王子スマイルだ。

 因みにさっきの言動の意味を問うのはやめてくれ。

 意味などない。

 むりやりヒロインを褒めるためにそれっぽく並べただけだ。

 ぶりっ子の言動など深く考えたら、腐る、脳が。


「だから、まずは私が少し整理してみようと思うんだが──」


 この後の自分の行動が起こす結果を予想するだけで逃げ出したくなるが、強引に抑え込んで覚悟を決める。

 羞恥心をかき捨てろ、ここでミスると暗殺者が湧く。


「いいかにゃん?」


 ────どんっ。


 にゃん語と共に踏み出した俺の足元に、光が走った。

 真ん中にハートが描かれた、無駄に意匠を凝らした魔法陣が出現する。

 そして色とりどりのバラが舞い散り出した。

 俺のすぐ正面に、周囲には不可視の文字が浮かび上がる。


【ラブリィゲージ:MAX】

【領域支配:ロイヤル・キューティ・ドミニオン】


【発動確認:YES/NO】


 当然、YESだ。


「ロイヤル・キューティ・ドミニオン発動! お集りの皆様に我が王家の力をお見せしよう!」


(お見せしたくもねぇよ。だが死にたくもねぇ)


 会場の空気が“甘い荘厳さ”に塗り替えられた。

 窓のない高い天井から光が差し込み、床の魔法陣に虹色のハイライトが走る。


 どこからともなく、二足歩行のふわふわの白ウサギたちが現れた。

 二列に並んだウサギたちは全員ちいさな王冠をかぶり、おしゃれなベストに胸元はリボン、背中には羽根。


『きゅるるる……♪』

『きゅるるる……♪』


(なんだその聖歌もどき。耳が”可愛い”で汚染される)


 ウサギ聖歌隊が荘厳に歌い上げると、今度は足元からおもちゃの兵隊が、カチッ、カチッと行進して出てきた。

 スプリング式の脚で、まるで儀仗隊のように精悍な姿。

 兵隊たちが進むと、すでに赤い絨毯が敷かれている俺の前に、さらに赤い絨毯が追加で敷かれていく。

 無駄に重厚。これぞ権力と言わんばかりである。

 そして優雅に踏み出す俺の一歩に合わせて魔法陣も動き、足跡にはバラが咲き誇る。


(死ねぇ!! 何だこの演出!! 勝手に体が動きやがる!!)


 俺の意思とは無関係に進んだ体は悪役令嬢の傍を通りすぎ、貴族たちの前でくるりと軽やかにターンしてから、振り返った。

 いつの間にか右手は胸に当てられている。

 左手はなぜか宙に向かって優雅に掲げられる。


(やめろ! その角度はアイドルの決めポーズだ!)


 内心悶絶する俺を置き去りに、ウサギ聖歌隊の歌が一段階キーを上げた。


『きゅるるるるる……♪』

『きゅるるるるる……♪』


 おもちゃの兵隊が、カチッ、カチッ、と音を揃え、俺の周囲を円形に取り囲む。

 そして、号令。


『偉大なる主に敬礼っ! 変身開始!』


(何だ変身って聞いてないぞ?! 誰が許可した! ぬあああ勝手に礼をするなあああああ!!)


 号令に合わせた深い礼から戻った兵隊たちが、一斉に槍を掲げた。

 槍の先端から虹色の火花が降り注ぐ。


 ぱらぱら、きらきらと光る火花は痛くない。

 痛くないどころか、バニラと花と焼き立てのクッキーの甘い香りが漂ってきた。


 次の瞬間、俺の足元の魔法陣の外縁部が回転し始め、一層輝きを増した。

 中央のハートからは虹色の光が放たれ、俺を包み込む。

 誰もが眩しさで目を閉じた一瞬に、俺の衣装は様変わりしていた。


 優美で華やかな儀礼用の王族衣装。

 胸元は無駄に大きい薔薇のブローチ。

 肩からは地面に広がる長さの金糸の刺繍のマント。

 腰にハート型のサッシュ。

 そして靴はいつの間にか、きらきらの白い膝下ブーツ。

 トドメはぴょこんと頭に一対のウサギ耳が生えた。


 会場中が、揃って息を呑む。

 「おおおお……!」

 観衆は興奮に沸き立ち、俺は服の下で総毛立つ。


(あああ見たくない。今の俺、絶対キラキラしてる)


 そう思っているほどに余計なものが目に入るのは何でだ。

 たとえば窓ガラスとか。

 頬を赤らめ、瞳に星を浮かべてキラキラ輝く、派手な衣装を着るオウジサマが今の自分だと認識した途端に絶望しそうになった。


(うわぁぁぁ、見たくない見たくない!)


【ラブリィスキル発動完了:ロイヤル・キュート・プリンス──領域の支配者 ラビットVer】


 浮かび上がった字幕に絶望が増していく。

 にゃんからぴょんへ。


 もう何も考えたくない。

 この必殺技は発動者の尊厳を犠牲にする、そういう技だ。


 とにもかくにも王子の必殺技は《領域支配》。

 ”可愛い”を思うがままに操れるという意味不明その……いくつだ、もうわからん。

 強引にでも進めていくしかない。


「今は“裁き”ではなく、“整理”の時間だ、ぴょん」


 俺が言葉を発すると、天井から差し込んでいた光が花びらみたいに砕ける。

 砕けた光は悪役令嬢の背後に集まり、鮮やかで柔らかな大輪の華へと変化した。

 そのたおやかな両手はゆっくりと胸の前へ導かれる。


 ほとんどの指は両手の爪を合わせるように弧を描き、親指だけは下を向いて揃えている。

 そう、いわゆるハートマークである。

 悪役令嬢は自分の行動に戸惑い、すがるような目で問いかけた。


「…………殿下、これは一体」


 普段クールな子があわあわしてるの隠しきれてないのかっわいー!

 などと思っても微塵も表には出してはならない。

 必要なのは後押しだ。


「そのまま、一言だけ頼む」


 ラブリィスキル発動中の強制力を使い、悪役令嬢に”可愛い”の行動を促す。

 悪役令嬢は求められている内容に気付いて、ついに頬を染めた。

 それでもスキルに抗えず、目を伏せてか細い声で呟いた。


「…………ぴょん」


 会場が今日一番の「おおおおおおおお……!」で物理的に震えた。


 俺の領域支配というスキルは、”可愛い言動”を促す能力と”可愛い”を底上げする全体バフ能力を持っている。

 この“可愛いが支配する世界”では最強のカードの一枚だ。

 理屈を通す前に空気を塗り替えられるのだから。


「か、かわいいですぅ……!」


 あのぶりっ子ヒロインまで、両手を口元に当ててきゅんきゅんしている。

 いやこれバフだけじゃなくね?

 周りの貴族どもと目の色が違うんだが。

 あれ、もしかしてコイツ生粋の可愛いもの好きか?


 俺は思わず真顔になった。

 悪役令嬢のインパクトが強すぎて誰も俺の変化に気付いていないのが幸いか。

 今まわりに冷静になられるのはまずい。

 バフが乗っているうちに決定事項を押し込まなければ……!


「整理をしよう。まず彼女の主張は“証拠が薄い”」


 優雅にスライドした俺の右手が自分に向けられ、我に返ったらしいぶりっ子ヒロインが「えっ」となる。

 いや、自作自演のイジメ行為の告発とヘボい証拠をアホな王子が安直に信じただけだし。

 そのアホが今の自分の一部であることは今は置いておく。

 後で死ぬほど反省会だ。


「次に、君の反論は“正しい”」


 次いで左手で指し示された悪役令嬢も、冷静さを取り戻して息を呑んだ。

 今まで”可愛げがない”と誰からも支持されず否定され続けてきたのに、突然肯定されて戸惑いが大きいようだ。

 この件についても全力で反省会な、俺!


「だからこそ、今ここで結論を出すべきではない」


 今日、会場に現れた時とは全く異なる様子の俺の台詞に会場がざわめく。

 そうだよな、ほぼ真逆な意見だもんな。

 すまんが昨日までの、ちがった今この瞬間の姿含めて過去の俺のことは全てまるっと全力で忘れてくれ。

 求む、世界的な記憶喪失。


「どういうことだ、殿下は逃げるのか?」

「いや、冷静な判断だ……」


 ざわめきは賛否両論運んでくるが、割合としては肯定が多そうだ。

 勘違いしがちだが、”可愛い”の威力が強すぎるだけで一般的な善悪の基準は存在している。

 何より”可愛い”が優先されてしまうため効果が薄いだけだ。

 それが問題なんだが。

 せめて価値観統一しろよ、あと法律はもっと仕事しろ。


(よし。スキルの影響で世界がちょっとだけまともに動いている。羞恥心を犠牲にした甲斐はあったか……なかったら世を儚んでたな)


 ぶりっ子ヒロインも悪役令嬢も貴族たちも困惑する中、俺は宣言する。

 破綻してようが何だろうが、効果があるなら今はゴリ押すのみ!


「この件は責任をもって私が預かる。――今日ここでは誰も裁かない、ぴょん」


 俺は内心を綺麗に隠して優しく笑い、貴族たちは今日だけでも何度目かの「おお……」となる。


(よし。“おお”が出たなら勝ちだ)


 俺は一度目を伏せてから乾燥する勢いで目を見開き、ゆっくり会場を見渡した。

 ぱっちり開いた目は潤んで、スキル効果の周囲の光を反射してなおさらキラキラ輝いているはずだ。

 ここだ、スキル効果が切れる前に締めに入る!


「私が二人と未来を作っていこう。皆どうか信じてほしい」


 悪役令嬢が、安堵したようにほんの少し頬を緩ませた。

 ぶりっ子ヒロインは、いつものようにきゅるんと瞳を潤ませた。


 そうして俺は優雅に踵を返し、為政者らしく堂々と出口へ向かう。

 マントが長すぎて重いとか歩きにくいとか周りに悟られてはならない、バフが切れる。

 というかこの格好いつ元に戻るんだろうか。


(色んな意味で領域支配は乱発したくない。だが必要なら使う。俺は王子だ。国も物語も――俺が守る)


 自分の生死だけではなく国の未来を思い、俺は決意を新たに足を進める。

 会場のざわめきからはギリギリ好感触の様子が見て取れて心底ホッとした。

 それから少し離れて付いてくる二つの足音に、女性二人の反応も悪くなさそうだが……まだまだ今後の話し合い次第でどう転ぶかわからない。


 次にすべきこと、注意すること、必要な情報に抑えるべき案件。

 歩きながらゲームの記憶を必死で辿って現状とすり合わせつつ──俺は心の中で絶叫した。


(なんでよりによってこのクソゲーなんだよ! 難易度ベリーハード過ぎて許されるなら逃げたい! こんな役目はクソゲー好きとクソゲー作った奴にやらせろよおおおおお!)


 相容れない性格と記憶を思い出したのは不運だったのか、ギリギリセーフで幸運だったのか。

 

 ここから王子の、死に物狂いの”可愛い”との戦いが始まる。

最後まで読んでくれてありがとうございます(*'▽')

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