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宰相、貴方の気持ちを聞かせてください。

作者: 稲井田そう
掲載日:2026/03/31


 宰相。


 誰にでも分かりやすく説明すると、王を補佐し、政治的なあれこれを上手く取りまとめる役職である。


 そういう相手と政略結婚が決まった。家がそういう家だったので。


 年の差は8歳。宰相は26歳、私は18歳だ。


 国家的に宰相との結婚に適した家の娘は「いるにはいる」のだが、他国の王族には相手がいて、自国の同世代は婚約済み、宰相の家に近い人間は独立主義というか「結婚に囚われない価値観」で色々活動しているし、そうでない場合はさらに年の差に開きが出る。というかそもそもこの国の王子……まだ王が健在なので31歳だが、王子妃は21歳だ。10の年の差があり長年白い結婚を続けていた。要人の同世代の令嬢が本当にいないのだ。


 結果的に侯爵家の宰相と男爵家の私といった地獄のかけ合わせが発生した。侯爵家令息と男爵令嬢の組み合わせで男爵令嬢がまともな結末が迎えられるはずがない。死ぬ組み合わせだ。「こんにちは‼ 略奪婚です」の自己紹介が自動化されている。後々男爵令嬢が妻としての責務を何一つ果たせないと責められ誰も幸せにならないと5歳児が見ても分かる組み合わせだ。


 その組み合わせで男爵令嬢側が何をしても「身の程をわきまえず侯爵令息に近づいた結果婚約まで取り付けたのね」になるし、近年の男爵令嬢の素行により男爵令嬢というだけで、「男に色目を使って身の程もわきまえず躾もなってないし怒られると泣く」と疑いの目を向けられるので終わり。


 男に色目使う。


 自分の顔に自信が無いとできない。


 私にはそんな自信がない。鏡を見てもそのかわいいが無いから。顔見ればわかるだろ、顔見れば分かるだろと心の中で思えど、宰相まわりの血縁者は婚約以前から「みんな違った可愛さがある」「可愛いに正解なんてない」「自分のことを可愛くないと思っていてもそれはあなたが自分の顔を可愛くないと思っているだけ」「他の人は違う」と口々に言っていた。


 じゃあ自分の顔に悩まなくてもいいのかなと思えど、今度は「男爵令嬢色目使う問題」が台頭してくる。完。


 ということで、自然な流れで絶妙にキツい政略結婚が発生した。


 相手は宰相だ。殿下夫妻の例もあれど自分より8歳下の婚約者なんて複雑だろう。ただでさえ私の国の宰相は、冷静沈着で聡明といろんなところでよく見る文言が他者評価において並ぶ男だ。終わり。


 社交的とか柔和みたいな話は一切聞かないし、仕事人間みたいな話は倍聞く。


 そういう男も巷で噂されるような男爵令嬢なら心をほぐして上手くやれるのだろうが、私はそういうのは無理だ。男爵令嬢特権みたいなものが何一つ得られない。


 実際、宰相との初対面での会話だって、うまくいかなかった。


「私と、周辺国民の知能指数には差があることに、成長過程と共に気付いたんです」


 殿下の裁量で貸し切り措置となった王城の中庭で、宰相の開口一番がこれ。


 想像もしていなかった言葉に愕然とした。もっとこう「年の差について」とか「白い結婚に関して」とか、そういう話をしてくると思っていたけどここまで、自分語りを始めてくると思わなかった。


 相手、男爵令嬢ですけど、と思いながらも宰相は続けたのだ。


「知能指数は遺伝的な問題で改善はできないから、どうすればいいかって考えると、こちらが合わせなきゃいけないんだよね。結果を出す、利益を出す観点で考えると、個の最大を発揮させて数字を上げるのが経営なので、適切に再配置して、編成を見直す。そもそも能力に問題がある人間が入っているのが問題なので、そこも見直さなきゃいけない。そういう話になります。でも社会って違うと思うんです。調整も必要で、あの人能力低いね、いらないねって優劣をつけて、なんになるんだろうって思うんです」

「はい」

「なので、能力が劣る人間だから廃するみたいな考えには肯定できないし、そういうこと考えてる暇があるなら、もう少し建設的なことしていきたいよねっていう。切り捨てることに意味なんて無いと思うんですよ。削減って言いますけど、もっとこう、みんなで手を繋げる世界を、って」


 何度か顔合わせをしたがずっとそんな感じだったので、基本的に宰相に合わせ相槌をうつ方針で接していた。最初こそ知能指数なんて言っていたので、こちらを見下しているのではと疑っていた時期もある。ただ、どうやら元々全方位に対してそういう人らしく、似たような話し方で部下と接していたのを見てホッとした。そいうことで安心することが、ちょっと嫌だけど。


 結婚式も終え、同じ屋敷に住むことになったものの年齢差もあり白い結婚に落ち着き、正直自分の夫というより宰相と暮らす認識が色濃いまま、夫婦として暮らしている。


 しかし──、


「ただいま!」


 騎士団に連れられ帰ってきた宰相に愕然とする。


 普段宰相は「今帰った」「明日の帰りは遅い」とほぼ状況報告で構成されているが、あまりにも無邪気な発声に、本当に目の前の人間が宰相か疑いたくなる。


「実は、黒魔術を実行したみたいで」


 騎士団が言い辛そうに宰相を見た。宰相は私にニコニコしながら「ぼくです!」と自己紹介してくる。存じ上げております。


「黒魔術って……?」

「ま、まじないみたいなものです。魔法がある国の道具を使ったみたいで……」


 この国に魔法は無いが、他の国には魔法という童話の世界みたいな力がある。絵本にあるような存在が本当にいるのだ。とはいえこの国にはない。


 たまに魔法のある国から変な生き物が飛んでくるので、その時は通報して退治してもらう、そういう流れだ。絵本では変な怪物が出てきて「助けてー」と人々の声に応じて英雄(ヒーロー)が出てくるけど概ねそれ。その流れで私たちは生きている。



 同時に魔法に関する危険な道具が国に流れれば、色々困るのでそれも通報する。


 そして魔法のある国は魔法があることで色々出来ないことがあるので、そういうのは魔法がない国が解決する。持ちつ持たれつだ。


「魔法の道具使うのって大問題では……!」

「はい」


 宰相が魔法に関する道具を使ったなんて知れたら大問題だ。国際問題に発展する。


「私が宰相に使用したことにしましょう。そのほうがまだ、国に影響がない」


 宰相が使用したより宰相の妻が使用したほうがまだ政治的に影響が少ない。実刑の覚悟を決めると騎士団員たちは「早まらないでください‼」と声を荒げた。


「奥様判断が早すぎます‼」


 騎士団がとんでもない顔で説得してくるがこういう時のための結婚だろうどう考えても。しかし騎士団員は「なりません」と抵抗してきた。


「魔法国の大使に相談済みで、事故として処理する。奥様が犠牲になる必要はない。それより宰相の状態ですが……」


 騎士団はそっと宰相を見る。宰相は相変わらず「ぼくです!」「ちょきちょき!」と笑みを浮かべ私の指を握って人差し指と中指を離して遊んでいた。絶妙に痛くないので注意しづらい。


「反転したみたいで」

「どういうことですか」

「道具は他者の心を分かるようになるものだったのですが、魔力がない人間が使うと逆に自分の心を知られるというか……本来の効果が反転するというか……」


 我が国の騎士団は魔法が使えない。ゆえに説明もあやふやだ。無理もない。私も分からないもん。


「退行したとかではなく?」


 宰相の状態を見ると5歳児……いや3歳児くらいに見える。「ちょきちょき‼」だし。しかし団員は首を横に振った。


「退行はないです。あの、理性がないだけで精神年齢に影響はないとのことです……なので、本能のみというか」


 嘘でしょ⁉


 ぼくです! なのに⁉


 じゃあ何? 今まで知能指数について話をしていた一方で心の中には「ぼくです」がいたってこと?


 ぼくです! が本体で知能指数云々話をしていたのが理性?


「それでなのですが……魔法国の方々に現在解析をお願いしており、宰相が回復されるまで保護を、お願いしたく……」

「は、はい。それは……勿論です」


 私は騎士団の申し出に当然承諾した。相変わらず、人差し指と中指を引き離されながら。


■■


 政略結婚の理由にもなっているけど、私の家は建国から代々、国内の美術品や歴史ある書物を管理している。簡単に言えば私は博物館の館長の娘だ。


 なんで博物館の娘が宰相と結婚できるかと言えば、元々この国は芸術や伝統工芸品、文化財、書物に対して死ぬほど冷たい時期があり、私の家の先祖が「いやいや後世の歴史の勉強にもなるし、色々な研究で使うでしょう」と、収集しては保管し「ただ閉じ込めておくのは勿体ない」と、人間を招待して見せていた。商売人でもあったので入場料を取り、それらを収集品の保管費用に充てていた。


 祖先の保管庫は収集品が増えるたびに拡張、最終的に王都の中心に移設、博物館と呼ばれるようになった。基本入場料は無料だが、入場時に金を払って入ると博物館に名前を刻むことが出来る。


 毎月、金額に応じて一番入場料を払った人間の名前が大きく表示されるようにしてから、とんでもない入場料争いが発生しているが、収集品の保管にとんでもなくお金がかかるので、普通にうちは貧しめの男爵家のままだった。


 なので傍目に見れば貧乏男爵令嬢が玉の輿目当てで宰相をたぶらかした図式になっているが、建国当初ないがしろにしてしまった手前、今更感漂う文化私財の保護をこの結婚でなんとか……という、政略結婚的な意味では結構重要だったりする。


 字面が最悪だけど。


 騎士団が帰った後、私は一応、いつも宰相が過ごしている書斎に彼を連れていった。そのほうが落ち着くかと思ったからだ。


「あの、ご実家とかに戻られたいとか、ご希望があればそのようにいたしますが……」


 正直どう声をかけていいか迷う。知能指数据え置き、本能のみとなると記憶はあるだろうし、理屈っぽい部分が消えたということだろうが。あと理性が働いてないということは、我慢が利かない……?


「お母さんもお父さんもちいさいこをぶちます。近くにいかないほうがよいです。おふろでぼちゃんされます」


 宰相は首を横に振った。


 宰相の家の親族行事に関して、私は出ないようにと話があった。男爵令嬢だし政略結婚のことがあれど身内的には駄目なのかなと思っていたけど……。


「あなたは小さいです。ぼくも小さいときぶたれたので危険です。目が合うと一瞬です。なにかして怒るとかじゃないので、よそくできません」


 宰相はもう一度首を横に振る。


 理由が分かったけど安心できなかった。


「なら私が守るので、今度、実家に行くときは一緒に行きましょうね」

「きけんですよ」

「危ないならなおさら一人で行ってほしくないです。それかもう、私を理由に可能な限り行かなくても」

「そうですか?」


 宰相はきょとんとした。三十代近い男性のきょとん顔だが、あまりに無邪気で、途方もない気持ちになってくる。


「一人で危ない目に合わないでください」

「でもいちにんまえにならなきゃ」

「ならなくていいです。そういうことに、一人で立ち向かわなくていい」


 宰相に私の言葉が届くか分からない。頭脳明晰って言うし、私は別に頭良くないし。天才でもない。ただ、全部の意味は理解されなくても、大事なところだけは分かっていてほしいと思った。


■■■


「おっぱいでっかい」


 浴場に響く声に勘弁してくれと、つくづく思う。書斎で話をした後、理性がないなら浴場で走り出す可能性もあるのではと思い、お風呂に同行することにした。


 使用人もいるけど、正気に戻った時に「ぼくです!」を知られるのも中々複雑だろうし、私相手なら一応妻だしいいかと思ったが……。


「でっかい」


 結果がこのざま。


 浴槽でちょこんと座る宰相こと成人男性が、こちらの身体的特徴を指摘してくる。犯罪だが思ったことをそのまま口にする状態になっているわけで、「相手の身体について色々言わない」といった思考判断の抑制諸々が無いのだ。こんな状態じゃ仕事なんてできないだろうし、仕方ないんだろなと思う。


 ただ、性的にどうこうしてこないところがこの人らしいというか。なんというか。


 女性としての魅力が云々以前に、そうした面での揺れ動きみたいなものが無いのかもしれない。「ぼくです!」だし。幼いというか。今の発言もそうだし。


「ぼくないです!」


 こんな感じだし。


 そして宰相の背中には、いくつか傷跡があった。まぁ、お風呂に入る前の発言で想像はつくし、やっぱり実家関係のあれこれは、今後私も同行しようと思う。


「ほしいんですか?」

「いいえ!」

「じゃあいいんじゃないですか」


 簡単に答えると、宰相は「なくていいですか?」と聞いてきた。


 宰相の胸が膨らんでほしいなんて思ったことない。そういう性癖じゃないし。筋量の意味でも、別にどうでもいい。厚い胸板がいいとか話す令嬢はいるけど、普通に、私はそうじゃないから。


「でもいっぱい、いろいろ、もってないとだめって聞きましたよ、おべんきょうとか、ぜんぶちゃんとやらないと」

「誰にです」

「いろんなひと」

「いいですよそんな、十分頑張ってるじゃないですか」


 宰相は、話を聞くぶんには「悪徳宰相」みたいな、悪いことをしている感じは無かった。普通に、毎日働いている人。その熱意はどうあれ、私には何とか毎日やっているように見えた。だからどの立場で物を言っているんだって感じだけど、色々自分に枷をかけているならそれを解いてほしい。


 政略とはいえ、一応、結婚してるし。


■■■


 お風呂から上がって、髪を乾かし寝室に入ることになった。白い結婚とはいえ寝室は同じ。寝台も同じだ。初日に気まずくなり「式で疲れてるでしょうし寝ましょうか」で終わった。それから何もない。以後、こちらと関係を深める気がないのだとばかり思っていたが、もしかしたら宰相は自分の傷を気にしているのかもしれないと、入浴の時少し思った。


 着替える時、こっちを気にする素振りを見せていたし。その後「おっぱいでっかい」が始まったけど。


「もう寝ましょうか」


 私は宰相に声をかける。「はい」と宰相は返事をして、行儀よく寝台に入った。相変わらず無邪気だ。相手は魔法にかかっている。卑怯だなと思えど、問いかけた。


「……普段、色々長く話をしているのは、どういう意味ですか」

「ろんりだいじ」

「ろんり?」

「正しくないと、相手にしてもらえないし、だれにもたすけてもらえない」


 話好きじゃなく処世術かぁと、腑に落ちた。顔合わせの時の単語量と比べて、現在宰相が発しているのは全部便箋の1行で済みそうな量しかない。


 おっぱいでっかいは論外として。「ぼくです!」は多分、こんな風になっちゃったけど自分ですわかりますか? みたいな説明で、実家絡みは、私を危険な目に合わせないため。


「私は宰相が正しくなくても、構いません」

「なんでです?」

「芸術は、正しさではなく、そうでないところから個性が生まれるからです」


 美術は黄金比が決まっている。緻密な計算の果てに生み出されたそれをもとに生み出せば、完全な美を作り上げることはできるのだ。ただ、計算の元なので誰が作っても同じものになるし、人間は不完全。


 絵筆や同じ絵の具を使っていても、視野、視覚、手は異なるので、差が生まれる。その差で──個性が生まれる。


 両親も祖先も、芸術は間違いを愛する学問だと言い、せっせと博物館でそれらを収集し、日々、保管費用と入場料の帳尻合わせで四苦八苦している。


「正しくなくていい、完璧じゃなくていいです」

「轢き殺されちゃう」


 宰相は物騒なことを言った。


「歩道歩かないと、轢き殺されちゃう」

「そういうのは正しく在ってください」


 道路や交通絡みは、正しく在ってほしい。


「騎士さん、ちゃんともとに戻れるって言ってたんですけど、駄目だったらどうしよう」


 宰相が呟く。私はしばらく考えた後、答えた。


「元に戻れなくても、いいですよ」


 無責任この上ないし、元に戻らなかったら相当な悩みになるのだろうが、それでも言いたかった。


「大丈夫です。おかしくても一緒にいます」


 私は宰相を抱きしめる。


「あなたは、ぼくのはなし、聞いてくれますね。ろんりのはなしでも、こういうへんなはなしでも」

「はい。どちらも貴方ですからね」

「ろんりのはなしも、たまにいやがられます。正しくないと、みんなきいてくれないのに」

「正しすぎると、ちょっと、辛いのかもしれませんね」

「でもあなたは、顔合わせの時も、聞いてた」

「聞きますよ。人の話、好きなので」


 そのまま背中をさすり、眠りについた。


■■■


 翌日、魔法国から派遣された魔法使いが屋敷にやってきた。


 慣れたもので「あぁ~これ反転魔法ですねぇ」と水回りの修繕業者みたいな語り口で、一瞬にして魔法を解除してしまったようだ。「変な道具があったら、あんまり触らないで通報していただければ、こちら出ますんで」と、本当にそういう業者さんみたいな去り方だったし、初めて魔法使いに会ったけど、全然感動みたいなものはなかった。


 ただ、去り際、魔法使いは言ったのだ。


『解除の時に、ちょっと記憶が見えちゃったんですけど、奥様の本音が知りたいなら、魔法で覗き見るんじゃなく、普通に言葉で聞いたほうがいいですよ。倫理的にあれだし』


 以後、魔法使いが去った後、宰相は突然走り出したので、私は現在追いかけている。宰相はとんでもない速度を出していた。この速度を風呂場で出されていたら絶対事故に繋がっていたので、一人で行かせないで良かった。


「あの」


 私は走る宰相に声をかける。


「貴方の気持ちを聞かせてください」



短編 「殿下、早く私を切り捨ててください。」の同じ国の話です。


4月1日、悪役令嬢ですが攻略対象の様子が異常すぎるというヤンデレ逆ハーレム漫画の8巻が発売になります。よろしくお願いいたします。

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