08天空環状遺跡
翌日。
再び、俺たちは山道をゆく。
三人娘は、すっかり元気を取り戻し、はつらつと先を行く。
さすがは勇者と、そのパーティメンバーだ。
精神面はまだまだ豆腐メンタルだが、
体力だけは折り紙付きである。
「はやく行こー」
「あと少しだよね?」
「絶対、上からの景色すごいよ!」
楽しげな声が、前方から飛んでくる。
――それに比べて、この老骨。
「……山歩きは、年寄りには、さすがに応える……」
独りごちつつ、一歩一歩を踏みしめる。
昼前。
さすがに息が上がり、
そろそろ体力の限界を感じ始めた、そのとき――
ぱっと、視界が開けた。
到着したのだ。
天空環状遺跡
目の前に広がるのは、
宙に描かれた巨大な円環。
連なる柱とアーチが、空中で静かに支え合い、
まるで世界そのものを縁取っているかのようだった。
「……わぁ……」
前をゆく三人が、思わず足を止める。
言葉を失うのも無理はない。
それほどまでに、この遺跡は――圧倒的だった。
風が、遺跡の間を抜けて吹き抜ける。
石と空と光だけで構成されたその姿は、
人の手で作られたものとは思えない。
――なるほど。
一生に一度は見るべき風景、か。
俺は、静かに息を整えながら、
眼前の円環を見上げた。
◇
俺たちは、ひとしきり遺跡の見学を満喫したあと、
天空環状遺跡の麓にある集落――環見の里へと向かった。
山腹の開けた段々地に築かれた、小さな観光集落。
石造りの家々に木の梁を組み合わせた建物が立ち並び、
どこからでも空を見上げれば、巨大な円環遺跡の一部が視界に入る。
集落に足を踏み入れてすぐ、露店通りが姿を現した。
「環蜜リングだって! おいしそう!」
「うむ。買ってやろう」
「星蜜ラスク!」
「買ってやろう」
「空色わたあめ!」
「買ってやろう」
気づけば、孫娘たちの両手は、
甘い菓子と包み紙と串で、すっかりふさがっていた。
――観光地とは、恐ろしい場所である。
その後、今宵の宿を探す。
この里の宿は小規模だが数が多く、
俺たちは「遺跡が正面に見える」という触れ込みの宿に決めた。
夜になれば、窓から遺跡の輪が見えるのが売りらしい。
夜。
宿の食堂で、名物の星環シチューをいただく。
淡く光る香草が浮かぶシチューは、
山歩きで冷えた体に、じんわりと染み渡った。
「おいしい……」
「これ、ずっと食べてたい」
「明日も歩ける味だね」
三人とも、素直に舌鼓を打っている。
窓の外では、
闇の中に浮かぶ遺跡の輪が、静かに光を放っていた。
幻想的な光景だ。
夕食後。
食堂でくつろいでいると、
宿の親父が、年配の男を連れてこちらへやってきた。
「おくつろぎのところ、申し訳ありません」
男は一歩前に出て、丁寧に頭を下げる。
「私は、この環見の里で村長を務めております」
「グラディオと申します」
落ち着いた声。
観光客慣れしているが、軽薄さはない。
その視線が、クラリスたち三人へと向けられる。
「勇者様ご一行とお見受けしました」
「今宵、どうしてもお願いがあり、参上いたしました」
「ふむ。話を聞こう」
俺がそう促すと、
グラディオ村長は、深く息を吸い――言葉を続けた。
「実は――
天空環状遺跡の外周に、
魔物が住み着いてしまいましてな」
グラディオ村長は、困ったように眉を下げた。
「石像のような姿をした魔物です。
昼間は遺跡の柱に紛れ、まるで彫像の一部のように動きません」
「しかし、夜になると――動き出す」
声を潜めて、続ける。
「我々は、《リング・ガーゴイル》と呼んでおります」
「観光客に威嚇し、近づく者を追い払う程度でしたが……
最近は、遺跡の石を削るような動きも見せ始めましてな」
村長は拳を握り、深く頭を下げた。
「このままでは、遺跡が傷ついてしまう」
「かといって、我々では太刀打ちできません」
そして、まっすぐにクラリスたちを見据える。
「勇者様。
どうか――
《リング・ガーゴイル》を討伐してはいただけないでしょうか」
「遺跡を壊さず、
この里と、観光に訪れる人々を守っていただきたいのです」
――擬態系か。
厄介だな。
そう思いを巡らせていると。
「わかりました。引き受けましょう」
クラリスの声が、はっきりと響いた。
思わず、クラリスを見る。
胸を張り、
逃げも誤魔化しもない、真剣なまなざし。
――ああ。
すこしだけ、勇者らしくなってきたじゃないか。
「あ、ありがとうございます……!」
グラディオ村長は、何度も何度も頭を下げ、
宿の親父とともに、食堂を後にした。
◇
俺たちは装備を整え、案内人に導かれて、
天空環状遺跡の外周へと到着した。
見上げれば、星空の下、
遺跡の柱が円を描くようにそそり立っている。
――圧巻だ。
夜の静けさの中で見る遺跡は、昼間とはまるで別物だった。
周囲に目を凝らすと、
ガーゴイルの姿をした石像が、等間隔に点在している。
どれも、遺跡の装飾に溶け込むように立ち並び、
ぱっと見では違いが分からない。
――この列のどこかに潜んでいる。
しかも、一体だけではない。
これらのうちのいくつかが、
《リング・ガーゴイル》だ。
早速、任務開始。
まず俺が、魔力と殺気を徹底的に消し、
よぼよぼと、石像の列へ近づいていく。
背を丸め、足取りも覚束なく。
どこからどう見ても――
夜中に遺跡を徘徊している、ただのおじいちゃん。
これ以上ない、完璧なおとりだ。
いくつかの石像を通り過ぎた、そのとき。
――がりっ。
石の擦れる、不快な音。
突如、一体の石像が動き出し、
俺の方へと向き直った。
翼を広げ、牙を剥き、低く唸る。
《リング・ガーゴイル》。
「……出たな」
次の瞬間。
《からーぼーる》
ナディアの声と同時に、魔法が放たれる。
光が弾け、
《リング・ガーゴイル》の全身が白く輝いた。
――マーキング完了。
これで、もう石像には戻れない。
「あとは任せて!」
合図とともに、
クラリスとアカネが左右から距離を詰める。
動きは落ち着いていた。
焦りも、無駄もない。
数合の後、
ガーゴイルは砕け、動かなくなる。
――これを、繰り返す。
単純な作業だ。
だが、問題は数だった。
一体倒せば、また一体。
間隔を空けて、さらにもう一体。
石像の列は、思った以上に長い。
遺跡のリングを一周し、
討伐がすべて終わるころには、
夜はすっかり更けていた。
◇
宿へ戻り、
全員、そのまま爆睡。
次に目を覚ましたのは――昼過ぎだった。
昼。
討伐を祝う感謝の宴が、里で開かれた。
またしても、
クラリスたちは村人に囲まれる。
「勇者様!」
「すごかったよ!」
「ありがとう!」
照れながらも、
どこか誇らしげな三人の姿を、俺は少し離れた場所から眺めていた。
――うん。
昨日より、確実に顔つきが変わっている。
《リング・ガーゴイル》は、
ただの魔物だった。
だが、この夜の経験は、
彼女たちを、また一歩――勇者へ近づけたようだ。




