07試される勇者たち
翌朝。
俺たちは村人たちに見送られながら、
『アウラ温郷』を後にした。
手を振る人々の顔には、安堵と名残惜しさが混じっている。
そして――次の目的地。
またしても、
アカネの「行きたい場所百選」のリストから選ばれた。
「温泉でしっぽりした後はさ、
やっぱり“遺跡”でしょ! ロマンでしょ!」
次の行き先は、
天空環状遺跡。
ここからさらに山を登った先、
山頂近くの空に浮かぶ、巨大な円環状遺跡だ。
宙に連なる柱とアーチは、朝夕で光の色を変え、
その姿は
「一生に一度は見るべき風景」と称されている――らしい。
「ね、すごいでしょ?」
アカネは目を輝かせながら、誇らしげに語る。
クラリスとナディアも、その話にすっかり乗せられていた。
三人娘は、意気揚々と山道を進んでいく。
その背中を追い、俺も遅れまいと歩を進めたが――
正直なところ、
山道の連続は、年齢的にこたえる。
足取りが重くなってきたところで、
それを見かねたナディアが、こちらを振り返った。
《もっと、かるくな~れ》
独特な言い回しと同時に、魔法が発動する。
荷物の重みがすっと消え、
身体まで軽くなったような感覚がした。
「……助かる」
年寄りには、実にありがたい呪文である。
そんな俺をよそに、
三人は楽しそうに先を行く。
◇
ふと、先を行く三人が歩みを止めた。
――山賊か?
反射的にそう思い、視線を前へやる。
そこにいたのは――人影。
赤いのマントを羽織った、小さな女の子。
道端にしゃがみ込み、肩を震わせている。
……泣いている、ように見えた。
こんな山道の途中で?
人気のない、こんな場所で?
「あれあれ~。迷子かな?」
アカネが首をかしげる。
三人は疑いもなく、駆け寄ろうとした。
「どうしたの~」
「名前は?」
「お母さんは?」
その瞬間。
胸の奥を、冷たいものが走った。
――違う。
これは、覚えがある。
かつて、魔王城で感じたものと同じ――
人ではないと、本能に告げる異質な気配。
「あぶない。近づくな」
思わず、声を張り上げる。
三人はびくりと肩を震わせ、その場で足を止めた。
次の瞬間。
女の子の身体が、みるみる引き伸ばされる。
骨格が変わり、背が伸び、
泣きじゃくっていたはずの姿は、
成人女性のものへと変貌した。
深紅のマントを翻し、
全身から、魔力があふれ出す。
――魔術師だ。
「さすがだな、大魔導士殿」
フードの奥から覗く顔は、はっきりと見えた。
整った――息をのむほどに美しい顔立ちだ。
だが、
その若い声には、戦場を知る者特有の余裕が滲んでいた。
「相手が貴殿では、気配までは隠しきれぬか」
言葉と同時に。
女の手元から、光が弾ける。
刃の形を成した魔力が、一直線に飛んできた。
アカネが即座に跳び退く。
クラリスはナディアを抱き寄せるようにして、
地面に伏せた。
――速い。
俺は反射的に詠唱を省き、魔力を叩きつける。
火球。
放たれた炎が、光の刃と正面からぶつかり合う。
眩い閃光。
衝撃が空気を震わせる。
その一瞬の隙に、
クラリス、ナディア、アカネは素早く距離を取り、
陣形を整えた。
――上出来だ。
俺は、静かに詠唱を開始する。
目の前の深紅のマントの魔術師は、
くつり――と、小さく笑った気がした。
「今日は挨拶がてら、勇者の顔を見に来ただけだ」
落ち着いた声。
余裕に満ちた口調。
「私は、魔王様の幹部の一人。
レティシア・ヴァルグレイヴ」
名乗りと同時に、空気が変わる。
「……ほう。勇者とは聞いていたが」
「まだ子供ではないか。拍子抜けだ」
言葉だけで、周囲を押し潰すような威圧感。
クラリスは、完全に飲まれていた。
剣を握る手が、わずかに震えている。
「だが――」
レティシアの視線が、俺に向く。
「大魔導士殿がお付きでは、分が悪いな」
「今日は、ここまでにしておこう」
深紅のマントが、ふわりと揺れた。
「……また会おう」
その瞬間。
俺の詠唱が、完成する。
《裁きの火雨》
空が赤く染まり、
無数の炎の矢が生まれる。
炎は雨となり、
魔女レティシアへと、一斉に降り注いだ。
――が。
閃光。
そこに、彼女の姿はなかった。
熱だけが残り、山道に静寂が戻る。
張り詰めていた緊張が、一気にほどける。
少女たちは、
その場にへたり込んだ
「なんで、もう魔王の幹部が出てくるのー……」
「あんなのと、戦うの……?」
「……もう、帰りたい……」
完全に、心が折れている。
――あの魔女。
勇者パーティに“心理的ダメージ”を与えることには、
見事なまでに成功したようだ。
俺は、決して、
「情けない」
「これしきでどうする」
などとは言わない。
腰を下ろし、目線を合わせて、穏やかに言う。
「大丈夫だ」
「俺のほうが、ずっと強い」
三人の顔を見る。
「守ってやるから、安心しなさい」
「ほら……ジュース、買ってやろう」
とにかく、今は――なだめる。
魔王の幹部と遭遇した後の勇者には、
説教よりも、まず糖分が必要なのだ。
◇
夜。
野営地にて、皆で焚火を囲む。
今日もアカネが特製のキャンプ飯を作ってくれた。
椀から立ちのぼる湯気とともに、
アツアツのスープをいただく。
――ほっとする。
「ありがとう」
「いただきまーす!」
クラリスとナディアも元気よく礼を言い、
スープを口に運ぶ。
「ううん……おいしい」
「しみるー……」
言葉通り、おいしそうに食べている。
だが、その表情はどこか晴れない。
――昼間の出来事。
魔王幹部との対面が、まだ心に影を落としているのだろう。
しばらくして、クラリスがぽつりとつぶやいた。
「あの人……わたしたちのこと、ばかにしてたよね」
「なんか……くやしかった」
顔をしかめる。
「うん」
ナディアが、短く同意した。
少し間を置いて、クラリスがこちらを見る。
「ねえ、ルドさん」
「わたし……あの人より、強くなれるかな」
「ああ、もちろんだ」
迷いなく答える。
「勇者の一番の武器は、攻撃力でも魔力でもない」
「成長力だ。脅威的な伸びしろと言ってもいい」
「その気になれば、
あの魔女を超えるのに、そう時間はかからないだろう」
――少しだけ、盛って答える。
この子は、褒められて伸びるタイプだ。
案の定、クラリスの表情がぱっと明るくなった。
俺は、続ける。
「だが、勇者は一人では強くなれない」
「仲間と共に成長するものだ」
「だから――ナディア、アカネ。
お前たちの頑張りが、勇者をさらなる高みに導く」
二人の表情が、きゅっと引き締まる。
焚火が、ぱちりと音を立てた。
――上位者からの激励は、何よりの糧になる。
三人の顔から、先ほどまでの不安はすっかり消えていた。
しかし。
強敵――ライバルの出現。
それが刺激となり、勇者が飛躍的に力を伸ばす。
そんな場面を、俺はこれまで何度も見てきた。
そう考えると――
あの魔女、魔王側にとってとんでもない悪手を打ったことになる。
焚火を見つめながら、
俺は、思わず口元を緩めてしまった。




