06対決!グリフォン
翌朝、宿の食堂。
湯気の立つ味噌汁の香りと、焼き魚の匂いが立ちこめ、
あちこちで食器の触れ合う音と笑い声が弾んでいる。
宿泊客や村人たちで賑わうその一角で、
俺たちは、向かい合って座っていた。
空気は、いつになく重い。
クラリス、ナディア、アカネ。
彼女たちの目の前には、
それぞれ――イチゴのショートケーキが置かれている。
もちろん、俺がごちそうしたものだ。
機嫌取り、というやつである。
だが。
――甘いもので場を収めようなんて、甘すぎますからね。
彼女たちの顔には、はっきりそう書いてあった。
クラリスが、腕を組んで口を開く。
「ルドさん。勇者の職務は理解しました。
しかし、いきなりグリフォン退治なんて……。
まずは一言、相談してくれてもよかったのでは?」
ぱく。
「あ、これ、おいしい」
続いて、ナディア。
「そうですよ。私たちにも、心の準備というものが――」
ぱく。
「……ほんと。おいしい」
最後に、アカネ。
「今からでも遅くありません。
逃げましょう」
ぱく。
「あまっ。舌がとろけるー」
文句を言いながらも、
ケーキを口に入れた瞬間、三人の表情は見事に崩れた。
先ほどまでの険しさは、どこへやら。
――ケーキの威力は、偉大である。
俺は、その様子を見届けてから、なだめるように口を開いた。
「大丈夫だ。
俺に、作戦がある。安心してくれ」
◇
朝のさわやかな日差しを受けながら、
俺たちは『アウラ温郷』を北へ抜ける山道を進んでいた。
それぞれ装備を整え、顔には否応なく緊張が浮かんでいる。
しばらく進むと、視界がわずかに開けた。
――そこに。
いた。
グリフォンだ。
道を塞ぐように佇むその姿は、想像していた以上に大きい。
鋭い鉤爪が岩を削り、
羽ばたくたびに地面が震えるほどの威圧感を放っていた。
こちらに気づいた瞬間、
猛獣の瞳が、俺たちを正確に捉えた。
低く唸るような咆哮。
俺たちを“獲物”と認識したらしい。
「作戦通りに、いくぞ」
「は、はい」
俺は詠唱を開始する。
朗々と紡がれる呪文の言葉が、山中に響き渡った。
同時に、
クラリスとアカネが剣を抜き、正面から一気に距離を詰める。
《素早さ向上》
《集中力向上》
ナディアの補助魔法が、二人を包み込む。
クラリスとアカネは、
入れ替わり立ち替わり、次々と斬撃を浴びせていく。
息の合った、見事な連携だ。
グリフォンも回避し、鋭い爪と嘴で反撃するが、
二人はひらりとかわし、その隙に剣を打ち込む。
――だが。
何度か手応えはあったものの、
グリフォンの皮膚は硬く、致命傷には至らない。
業を煮やしたグリフォンが、大きく羽ばたいた。
空へ。
上空からの攻撃に切り替えるつもりだ。
空中戦は、こちらが不利になる。
――その瞬間。
俺の詠唱が、完成する。
「よし、引け!」
クラリスとアカネが即座に身を翻し、距離を取る。
グリフォンは逃がすまいと、急降下の姿勢に入った。
刹那。
《断罪の圧壊》
魔法が発動する。
目に見えぬ圧が、上空から叩きつけられ、
グリフォンの巨体が、地面へと押し潰された。
身体が重すぎるのだろう。
翼を羽ばたかせることすらできない。
「いまだ!」
クラリスが一気に間合いを詰める。
「いっけえええ!」
アカネとナディアが、同時に叫んだ。
クラリスは、急所である首へ向けて、剣を振り上げる。
気迫。
その表情は、
かつて共に戦った二人の勇者のそれと、
ふと重なった。
渾身の一撃。
――ズバッ。
乾いた音とともに、グリフォンの首が宙を舞った。
巨体はなおも数歩、惰性で前へと踏み出し――
やがて力尽きたように、膝から崩れ落ちる。
土煙が舞い、翼が重く地面を打った。
「やったあああーーー!」
荒く息を整えるクラリスのもとへ、
アカネとナディアが駆け寄る。
三人は、そのまま抱き合い、勝利を分かち合った。
山道に、静けさが戻る。
――作戦は、完璧だった。
◇
勇者クラリスからグリフォン討伐の報告を受けた村は、
たちまち歓喜に包まれた。
その夜、
村中が喜びに包まれ、討伐を祝う感謝の宴が開かれた。
温泉で体を清め、浴衣姿となった三人の英雄と俺は、
上座へと案内された。
卓の上には、所狭しとごちそうが並べられている。
香ばしく焼かれた山鳥の肉、艶やかな川魚の塩焼き、
季節の山菜をふんだんに使った鍋が、
宴の場を華やかに彩っていた。
「本当に助かりました。
これでようやく、村の者も胸をなで下ろせます。
勇者様方には、感謝してもしきれません」
オルフェン村長の感謝の言葉を皮切りに、
村人たちが一斉に三人へと詰め寄った。
「勇者様、すごく……かっこいいです!」
「それに、皆さん……その、かわいくて、
しかも強いなんて……本当に憧れます!」
「あの……彼氏とか、いますか?」
あまりの勢いに三人はやや戸惑いながらも、
その表情には、はっきりと誇らしさが滲んでいた。
俺はオルフェン村長と杯を重ねながら、
その光景を静かに眺めていた。
おそらく、彼女たちにとって、
これほど真っ直ぐに、これほど大勢から感謝されるのは、
生まれて初めての経験なのだろう。
ふと、クラリスと目が合った。
彼女は――にかっと笑った。
それは今朝、
ケーキを前に渋い顔をしていた勇者とは別人のような、
自信に満ちた、まっすぐな笑顔だった。
……ああ。
この顔を見られただけでも、
あの面倒な依頼を引き受けた甲斐は、十分にあったな。




