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引退した大魔導士、孫娘勇者に魔王討伐へ引っ張り出される ~今日も老魔導士は、孫娘勇者を全力で甘やかす。~  作者: しばたろう
第1章

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05勇者一行、湯に沈む

 『アウラ温郷』の温泉街を、

 俺たちはのんびりと巡っていた。

 石畳の道沿いには露店が立ち並び、

 湯気と甘い香りが入り混じっている。


「温泉まんじゅうだって。おいしそう」


「うむ。買ってやろう」


「焼き団子がある! あれ好き!」


「うむ。買ってやろう」


「わたしは、はちみつ焼きりんご食べたい」


「うむ。買ってやろう」


「あ、わたしも!」

「わたしも!」


「買ってやろう!」


 クラリス、ナディア、アカネ――

 休む間もなく飛んでくるおねだりを、俺は次々と捌いていた。


 気づけば、彼女らの手は、露店で買った品でふさがっていた。


 はたから見れば、きっとこう見えるだろう。


 ――孫娘たちに囲まれた、おじいちゃん。


 ……否定は、できなかった。

 


 俺たちは、今宵の宿を決めた。


 帳場のカウンターで、

 宿の女将がにこやかに微笑み、丁寧な口調で説明を始める。


「ここ『アウラ温郷』では、

 温泉のあとに“浴衣ゆかた”という衣装を着ていただくのが通例でして。

 大変着心地が良く、湯上がりに最適なのです」


「“ゆかた”?」


 クラリスたちは、聞き慣れない言葉に小首をかしげた。


「温泉の街特有の、湯上がり用の衣装だ」


 俺は簡単に補足する。


「へえ……」

「あとで着るの?」

「楽しみ!」


 三人の反応は、上々だった。


 ほどなくして、俺たちは露天風呂へと向かう。


 露天風呂は、丘の端に設えられており、

 柵越しに下界を一望できる造りになっていた。


 そしてこの日は、運よく雲海が広がっている。


 白い雲の海が夕日を映し、金色にきらめいていた。


「……これは、たしかに絶景だな」


 湯に身を沈めながら、この景色を眺める。

 温もりと静けさ、そして広がる光景――

 どれを取っても格別だった。


 そのとき、

 仕切りの向こう、隣の女湯から声が聞こえてくる。


「すごーーーい!」

「きれいーーー!」

「ねー、来てよかったねーー!」


 はしゃぐ声が、湯気越しに響いてくる。


 俺は思わず、湯の中で小さく息を吐いた。


 ――山を越えた甲斐は、十分すぎるほどあったな。


 そう思いながら、

 俺は再び、雲海に沈みゆく夕日へと視線を戻した。

 


 湯上がりの休憩所で、俺が涼んでいると――

 パタパタと足音を立てて、三人がやってきた。


 クラリス、ナディア、アカネ。

 それぞれ、色とりどりの浴衣に身を包んでいる。


 普段とは違う装いに、思わず目を引かれた。


「えへへ。どうですか、似合います?」


 三人はそう言って、

 それぞれ軽くポーズを取ってみせる。

 くるりと回ったり、袖をつまんで見せたりと、

 実に楽しそうだ。


「うむ。よく似合ってる」


 素直にそう言うと、三人とも分かりやすく顔をほころばせた。


「えへへ」

「やった」

「選んだかいがあったね」


 そして、間を置かずに。


「わたし、フルーツ牛乳が飲みたいです」

「わたしも」

「わたしも」


 ――はいはい。


 四人で並び、腰に手を当てて、瓶のフルーツ牛乳を一気にあおる。


 冷たさと甘さが、湯上がりの身体に一気に広がった。


「……うまい」


 思わず、そんな声が漏れる。


 湯の余韻と、ささやかな幸福。

 この温郷は、どうやら――人をだめにする力があるらしい。

 


 宿の夕食を堪能したのち、食堂でくつろいでいると、

 女将が年配の男を伴って、こちらへやってきた。


「おくつろぎのところ、申し訳ありません」


 男は一歩前に出て、丁寧に頭を下げる。


「私は、この『アウラ温郷』で村長を務めております。

 オルフェンと申します」


 その視線が、クラリスたちへと向けられる。


「勇者様ご一行とお見受けし、

 今宵、どうしてもお願いがあり、参上いたしました」


「ふむ。話を聞こう」


 俺がそう促すと、

 オルフェン村長は深く息を吸い、言葉を続けた。


「実は――

 ここから北へ抜ける山道に、

 最近グリフォンが住み着きまして。

 空から人を襲うため、

 誰も通れなくなっているのです」


 拳を握りしめ、必死に訴える。


「どうか、勇者様。

 あの魔物を退治してはいただけないでしょうか!」


 グリフォン。

 鷲の上半身に、ライオンの下半身を持つ魔物だ。

 飛行能力を活かし、上空から獲物を襲う――

 実に厄介な相手である。


 勇者パーティの第一目的は、もちろん魔王討伐。

 だが、

 旅の途中で人々の困りごとに応えるのも、

 暗黙の了解とされている任務だ。


 俺も、これまで二度の勇者パーティの旅を経験し、

 囚われの姫の救出から、雪かきまで――

 実に様々な依頼をこなしてきた。


 平たく言えば、勇者パーティとは――

 ていのいい便利屋である。


 勇者であるクラリスは、

 「いやです」とは言わない。

 だが――


 明らかに、嫌そうな顔をしていた。


 ナディアも、アカネも同様だ。

 三人とも、顔に本音がはっきりと書いてある。


 ――魔王退治だけでも大変なのに、

 これ以上、面倒ごとに巻き込まれたくない。


 そんな無言の訴えを、ひしひしと感じる。


 だが。


「承知しました。引き受けましょう」


 俺は、即答した。


「――えっ」


 クラリスが、信じられないという顔でこちらを見る。


 泣きそうな顔をするな、クラリス。

 勇者が、困っている人を見捨てる――

 そんな選択肢は、最初から存在しないんだ。


「あ、ありがとうございます……!」


 オルフェン村長は何度も何度も頭を下げ、

 女将とともに食堂を後にした。


 彼の姿が見えなくなった、その瞬間。


 三人が、一斉に詰め寄ってくる。


「グリフォンなんて、ムリムリムリ!」

「あいつ、飛ぶんですよ!?」

「にげましょう。今夜、にげましょう!」


 口々に叫ぶ三人を前に、俺は静かにため息をついた。


 ――このあと、彼女たちをなだめるのに、

 相当な労力を要したのは、言うまでもない。

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