05勇者一行、湯に沈む
『アウラ温郷』の温泉街を、
俺たちはのんびりと巡っていた。
石畳の道沿いには露店が立ち並び、
湯気と甘い香りが入り混じっている。
「温泉まんじゅうだって。おいしそう」
「うむ。買ってやろう」
「焼き団子がある! あれ好き!」
「うむ。買ってやろう」
「わたしは、はちみつ焼きりんご食べたい」
「うむ。買ってやろう」
「あ、わたしも!」
「わたしも!」
「買ってやろう!」
クラリス、ナディア、アカネ――
休む間もなく飛んでくるおねだりを、俺は次々と捌いていた。
気づけば、彼女らの手は、露店で買った品でふさがっていた。
はたから見れば、きっとこう見えるだろう。
――孫娘たちに囲まれた、おじいちゃん。
……否定は、できなかった。
◇
俺たちは、今宵の宿を決めた。
帳場のカウンターで、
宿の女将がにこやかに微笑み、丁寧な口調で説明を始める。
「ここ『アウラ温郷』では、
温泉のあとに“浴衣”という衣装を着ていただくのが通例でして。
大変着心地が良く、湯上がりに最適なのです」
「“ゆかた”?」
クラリスたちは、聞き慣れない言葉に小首をかしげた。
「温泉の街特有の、湯上がり用の衣装だ」
俺は簡単に補足する。
「へえ……」
「あとで着るの?」
「楽しみ!」
三人の反応は、上々だった。
ほどなくして、俺たちは露天風呂へと向かう。
露天風呂は、丘の端に設えられており、
柵越しに下界を一望できる造りになっていた。
そしてこの日は、運よく雲海が広がっている。
白い雲の海が夕日を映し、金色にきらめいていた。
「……これは、たしかに絶景だな」
湯に身を沈めながら、この景色を眺める。
温もりと静けさ、そして広がる光景――
どれを取っても格別だった。
そのとき、
仕切りの向こう、隣の女湯から声が聞こえてくる。
「すごーーーい!」
「きれいーーー!」
「ねー、来てよかったねーー!」
はしゃぐ声が、湯気越しに響いてくる。
俺は思わず、湯の中で小さく息を吐いた。
――山を越えた甲斐は、十分すぎるほどあったな。
そう思いながら、
俺は再び、雲海に沈みゆく夕日へと視線を戻した。
◇
湯上がりの休憩所で、俺が涼んでいると――
パタパタと足音を立てて、三人がやってきた。
クラリス、ナディア、アカネ。
それぞれ、色とりどりの浴衣に身を包んでいる。
普段とは違う装いに、思わず目を引かれた。
「えへへ。どうですか、似合います?」
三人はそう言って、
それぞれ軽くポーズを取ってみせる。
くるりと回ったり、袖をつまんで見せたりと、
実に楽しそうだ。
「うむ。よく似合ってる」
素直にそう言うと、三人とも分かりやすく顔をほころばせた。
「えへへ」
「やった」
「選んだかいがあったね」
そして、間を置かずに。
「わたし、フルーツ牛乳が飲みたいです」
「わたしも」
「わたしも」
――はいはい。
四人で並び、腰に手を当てて、瓶のフルーツ牛乳を一気にあおる。
冷たさと甘さが、湯上がりの身体に一気に広がった。
「……うまい」
思わず、そんな声が漏れる。
湯の余韻と、ささやかな幸福。
この温郷は、どうやら――人をだめにする力があるらしい。
◇
宿の夕食を堪能したのち、食堂でくつろいでいると、
女将が年配の男を伴って、こちらへやってきた。
「おくつろぎのところ、申し訳ありません」
男は一歩前に出て、丁寧に頭を下げる。
「私は、この『アウラ温郷』で村長を務めております。
オルフェンと申します」
その視線が、クラリスたちへと向けられる。
「勇者様ご一行とお見受けし、
今宵、どうしてもお願いがあり、参上いたしました」
「ふむ。話を聞こう」
俺がそう促すと、
オルフェン村長は深く息を吸い、言葉を続けた。
「実は――
ここから北へ抜ける山道に、
最近グリフォンが住み着きまして。
空から人を襲うため、
誰も通れなくなっているのです」
拳を握りしめ、必死に訴える。
「どうか、勇者様。
あの魔物を退治してはいただけないでしょうか!」
グリフォン。
鷲の上半身に、ライオンの下半身を持つ魔物だ。
飛行能力を活かし、上空から獲物を襲う――
実に厄介な相手である。
勇者パーティの第一目的は、もちろん魔王討伐。
だが、
旅の途中で人々の困りごとに応えるのも、
暗黙の了解とされている任務だ。
俺も、これまで二度の勇者パーティの旅を経験し、
囚われの姫の救出から、雪かきまで――
実に様々な依頼をこなしてきた。
平たく言えば、勇者パーティとは――
ていのいい便利屋である。
勇者であるクラリスは、
「いやです」とは言わない。
だが――
明らかに、嫌そうな顔をしていた。
ナディアも、アカネも同様だ。
三人とも、顔に本音がはっきりと書いてある。
――魔王退治だけでも大変なのに、
これ以上、面倒ごとに巻き込まれたくない。
そんな無言の訴えを、ひしひしと感じる。
だが。
「承知しました。引き受けましょう」
俺は、即答した。
「――えっ」
クラリスが、信じられないという顔でこちらを見る。
泣きそうな顔をするな、クラリス。
勇者が、困っている人を見捨てる――
そんな選択肢は、最初から存在しないんだ。
「あ、ありがとうございます……!」
オルフェン村長は何度も何度も頭を下げ、
女将とともに食堂を後にした。
彼の姿が見えなくなった、その瞬間。
三人が、一斉に詰め寄ってくる。
「グリフォンなんて、ムリムリムリ!」
「あいつ、飛ぶんですよ!?」
「にげましょう。今夜、にげましょう!」
口々に叫ぶ三人を前に、俺は静かにため息をついた。
――このあと、彼女たちをなだめるのに、
相当な労力を要したのは、言うまでもない。




