最終話 新しい旅路
夏が、始まろうとしていた。
日差しはまだ柔らかいが、
草いきれを含んだ風が、確かに季節の変わり目を告げている。
私は、ルドさんの家の近くにある原っぱで、
ささやかなピクニックをしながら、
これからのことを話していた。
アカネも、ナディアも、そして私も、
涼しげで動きやすい、少しだけ可愛らしい軽装だ。
晴れ渡った空から、太陽の光がさんさんと降り注ぐ。
木々の影が涼を落とす場所にシートを敷き、
お弁当のサンドイッチを広げた。
サンドイッチを片手に、
ナディアが、静かに切り出す。
「私はね、ソフィア様のお手伝いをしようと思っているの。
世の中には、まだまだ困っている人がたくさんいるわ」
ナディアは、遠くを見るように続けた。
「私の力が、少しでも誰かの助けになればいい。
神官として、そうやって生きていくのが……
いちばん幸せなんじゃないかって思っているの」
今度は、アカネが言う。
「私は、正式にセリシア先生に弟子入りする。
いつか、先生くらい強くなりたい」
少し照れたように笑いながら、
「剣士として、どこまで行けるのか、試してみたいと思ってる」
私は、思わず感嘆の声を漏らした。
「……二人とも、すごいな。
魔王を倒したばかりなのに、もう進む道を決めてる」
そして、ぽつりと。
「それに比べて……私、まだ何も考えてないや」
すると、アカネが肩をすくめる。
「大丈夫よ。クラリスは引っ張りだこなんだから。
誘われた中から、自分に合う道を選んで、試していけばいいの」
ナディアも、やさしくうなずく。
「そうよ。いろいろ試して、いろいろ経験すればいいと思うわ」
――そうだね。
焦る必要なんて、ない。
「ありがとう」
私は、素直に言った。
「なんだか、元気出てきたよ」
そのとき。
「……でもね」
アカネが、少し悪戯っぽく切り出した。
「その前に、私たち、休暇が必要だと思うの」
そして、胸を張る。
「私はまだ、『私の行きたい場所百選』のほとんどを回れてない。
だから、残りを回る旅に出たいと思ってるの」
ナディアの目が、きらりと輝いた。
「だから……よかったら、二人とも、一緒に行かない?」
魔王退治じゃない。
魔物とも戦わない。
ただ、行きたい場所に行って、
見たいものを見て、
おいしいものを食べる。
――この三人で。
なんて、素敵なんだろう。
「もちろん。行くわ」
ナディアは、即答だった。
そして、アカネとナディアが、そろって私を見る。
「もちろん」
「私も、行く」
◇
夏の日。
魔王討伐を終えて以来、久しぶりの旅路だった。
剣も、鎧も置いてきた。
身に着けているのは、動きやすい旅装束だけ。
「まず最初に、
私たちの原点――
『アウラ温郷』に行こう!」
アカネの一言で、最初の行き先は決まった。
私と、ナディアと、アカネ。
三人で、山道を軽やかな足取りで進む。
夏の日差しが、木々の間からきらきらと差し込んでいる。
私が、少し照れながら言った。
「……あの頃の私たちってさ。
今思うと、ほんと史上最悪の勇者パーティだったよね」
「うん」
ナディアが、即答する。
「弱かったし、無計画だったし、すぐ逃げてたし」
「でも」
ナディアは、少しだけ声を和らげた。
「すごく、楽しかったよね」
アカネも、うなずく。
「うん。楽しかった」
「だから、ここまで来られたんだと思う」
たわいもない会話。
笑い声。
剣を振るう理由も、
世界を救う使命も、
もう背負っていない。
そんな穏やかな時間の中――
前方から、
ひときわ強い気配が漂ってきた。
私たちは、同時に足を止める。
視線を向けると――
山道の脇に、
旅装束の上から深紅のマントを纏った女性が、
静かに佇んでいた。
――魔女レティシア。
以前のような威圧感はない。
けれど、気配だけは、相変わらず強い。
彼女は、
こちらをちらちらと見ながら、
なぜか落ち着かない様子で視線を泳がせている。
「……」
私と、ナディア、アカネは、
レティシアに駆け寄った。
「でたな、魔女レティシア!」
「私たち、これから温泉に行くの!」
そして、にこっと笑って、続けた。
「――一緒に、来る?」
どうやら、
旅の仲間がひとり増えそうだ。




