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引退した大魔導士、孫娘勇者に魔王討伐へ引っ張り出される ~今日も老魔導士は、孫娘勇者を全力で甘やかす。~  作者: しばたろう
第2章

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32眠りの森

 この辺り一帯は、眠りの森と呼ばれている。

 凶悪な魔物が数多く生息する、危険な森だ。


 そして――

 その森を抜けた先、小高い丘の上に魔王城がそびえている。


 だが、この森に足を踏み入れる前には、準備が必要だ。


 そのため、俺たちはまず、

 ドワーフたちの住む里――

 「バル=グリム岩砦」へ向かう。


 俺は、娘たちにこれからの行動を説明した。


「……ドワーフ?」


 クラリスが、不思議そうに首をかしげる。

 その視線を受けて、俺は簡単に説明を始めた。


「ドワーフはな、山と岩の民だ。

 地下や山腹に里を築いて、

 鍛冶と採掘を生業にしている」


「ドワーフは中立の民だ。

 人間にも、魔族にも与しない。


 だからこそ、

 魔族もまた、ドワーフには手を出さない。」


 ――いや、出せない、という方が正しい。


 ドワーフは強い。

 もし敵に回せば、喉にナイフを突きつけられている格好になる。

 

 クラリスは小さくうなずく。


「ドワーフは、頑固で、気難しくて、排他的。

 だが――」


 一拍、置く。


「約束と技には、命を懸ける」


「一度“仲間”と認められた相手を、

 裏切ることは、まずない」


 それを聞いて、

 アカネが少し身を乗り出した。


「じゃあ……仲良くなるのは、大変そうだね」


「大丈夫だ」


 俺は、即答した。


「昔の知り合いがいる」



 グランヴェル境界山脈の北側は、

 すでに冬の気配に包まれていた。


 灰色の雲が低く垂れこめ、

 その下には、光を拒むような黒い森が広がっている。


 いかにも――

 魔族の領地らしい景色だ。


 あたりは、しんと静まり返り、

 空気は張りつめている。


 音を立てれば、

 森そのものに目をつけられそうな、

 そんな感覚があった。


 

 バル=グリム岩砦には、半日ほどで到着した。


 切り立った岩壁が、行く手を塞ぐように立ちはだかる。

 自然の断崖――ではない。


 岩壁の中央。

 山の腹を抉るように穿たれた、巨大な裂け目。

 それが、バル=グリム岩砦の正門だった。

 

 娘たちは、正門を見上げ口をあんぐり。

「すごい」

 その壮大な景観に圧倒されている。

 

 俺たちは、正門をくぐる。

 

 正門をくぐった途端、空気が変わった。

 外の寒さとは違う、石そのものの冷えが肌を撫でる。


 通路は広く、天井は高い。

 削り尽くされた岩と、磨かれた石畳が続いていた。


 赤銅色の灯りが、影を作らず壁を照らす。

 静寂の奥から、金属を打つ音が微かに響く。


 ここは砦ではない。

 山の内側に築かれた――生きた街だ。

 


「これから冬の森に入る」

 俺は娘たちに言った。

「必要なものを、ここで揃える。冬用の装備と食料――命に直結するものだ」


 懐かしさが胸をよぎる。

 以前の魔王討伐の際にも、俺はここに立ち寄っている。

 今回で三度目だが、岩砦の空気も、石の匂いも、ほとんど変わっていない。


 昔の記憶を頼りに、防具屋へ向かう。


 分厚い扉を押し開けると、炉の熱と鉄の匂いが流れ出てきた。


「……見たことのある顔だな」


 低い声が飛ぶ。

 振り向いたのは、ずんぐりとした体躯のドワーフ――

 鍛冶職人のドゥランだった。


「久しぶりだな、ドゥラン」


「歳を取ったな、ルドルフ」

 ドゥランは鼻を鳴らし、俺の背後に視線を向ける。

「後ろのお嬢さんたちは?」


「ああ。勇者たちだ」

「今回も、魔王との対決のためにな」


「それは殊勝なことだ」


 娘たちが、揃って頭を下げる。


「はじめまして」


「冬用の装備を整えたい」

 俺が言うと、ドゥランは短くうなずいた。


「いいだろう。見繕う」


 棚の奥へ消えていく背中を見送りながら、娘たちに小声で伝える。


「ドゥランとは、前々回の魔王討伐のときからの馴染みだ」

「腕は確かだ。任せておけば間違いない」


 それを聞いて、クラリスがほっと息をついた。


「ほんとに、ルドさんが一緒でよかったよ」

「私たちだけだったら、何をどう揃えればいいか分からなかった」


「だよね」

 アカネも頷く。

「ルドさん様様だよ」


 ナディアも、静かに微笑んだ。


「ありがとう。ルドさん」


 その間に、ドゥランが戻ってくる。


 厚手の防寒外套。

 防水加工のブーツと手袋、帽子。

 さらに、断熱性の高い寝袋と、冬仕様のテント。


「これで凍え死ぬことはない」

 ドゥランは淡々と言った。


 ――さすがだ。

 無駄がなく、だが足りないものもない。


 冬の森へ向かう準備が、静かに整っていった。

 

 

 ドゥランの防具屋を出たあとは、保存食を仕入れた。


 乾燥肉、堅焼きのパン、豆と干し野菜。

 湯に戻せば、最低限の食事になるものばかりだ。


 この先、森の中にはドワーフの住み家が点在している。

 立ち寄れれば、都度、食料を調達することもできるだろう。


 だが――

 冬の森は、予定通りに進ませてはくれない。


 吹雪。

 獣。

 あるいは、道そのものが失われることもある。


「食料は、多めに持つ」


 俺はそう判断した。


 余分に思える荷は、

 いざという時、命の重さに変わる。

 

 結果、俺たちの荷物は膨れ上がった。

 仕方がないことだ。

 幸い、

 ナディアの重量軽減魔法により、見た目ほどの負担はかからない。

 

 ひととおりの準備を整えたのち、俺たちは、宿に落ち着いた。

 

 ドワーフの里の宿は、岩をくり抜いて作られている。

 装飾はほとんどなく、厚い石壁が外気を完全に遮断する。

 寝台は硬いが広く、毛皮の寝具が十分に用意されていた。

 炉の火は一晩中落とされず、寒さを感じることはない。

 派手さはないが、旅人を確実に休ませる宿だ。

 

 宿で、簡単な食事を取った。

 温かいスープと堅焼きのパンだけの、質素な夕食だ。


 だが、不思議と体は落ち着く。

 石の宿と、炉の火が、余計な緊張を溶かしてくれていた。


 明日から――

 いよいよ、眠りの森に足を踏み入れる。


「ちょっと、緊張するね」


「王国の森とは、全然雰囲気が違うもんね」


 娘たちは、不安を隠せずにいる。


 ――当然だ。

 かつて、俺たちもそうだった。


 未知の領域に踏み込むのは、

 怖くないという方が、おかしい。


 俺は、黙ってスープを飲み干した。

 


 翌日、俺たちは眠りの森へと足を踏み入れた。

 灰色の空。

 黒々と立ち並ぶ木々。

 地面には雪が白く積もり、足を運ぶたび、ざくりと鈍い音が響く。


 眠りの森に入って、まだ間もない頃だった。


 ――音が、消えた。


 風の擦れる音も、木々の軋みも、

 まるで森そのものが息を潜めたかのように、すっと遠のく。


「……止まれ」


 俺が低く告げた、その瞬間だった。


 白い影が、左右に分かれて滑るように動く。

 正面、そして背後――


 二体。

 いや、三体。


 霜をまとった巨大な狼。

 吐く息が白く揺れ、足元の地面がじわりと凍りついていく。


「囲まれてる……!」


霜影狼フロスト・ウルフだ」

 俺は叫んだ。

「王国の狼とは別格だ。気をつけろ!」


 アカネが即座に剣を抜く。

 俺とクラリスは、同時に詠唱へ入った。


 だが、狼たちは飛びかかってこない。

 ただ、円を描くように歩き、

 じわじわと、逃げ道を削っていく。


「来るぞ――一斉だ!」


 次の瞬間、

 三体の狼が、同時に地を蹴った。


 低く、速い。


 ――だが。


 すでにナディアは、防壁魔法を展開していた。


 狼の巨体が、見えない壁に激突する。

 鈍い衝撃音。


 その隙を逃さず、

 クラリスとアカネが一気に間合いを詰め、剣を振るう。


 だが、狼は速い。

 刃をひらりとかわし、なおも襲いかかる。


「――っ!」


 クラリスが剣を振りかざす。

 次の瞬間、剣先から火球が撃ち出された。


 意表を突かれた狼に、直撃。

 怯んだところへ、

 アカネの斬撃が走り、一体が崩れ落ちた。


 その間に――

 俺の詠唱が、完成する。


《一閃の雷》


 雷光が走り、一体の狼を撃ち抜く。

 動きが鈍った瞬間を逃さず、

 アカネが踏み込み、とどめを刺した。


 残るは、一体。


 クラリスが正面から対峙する。

 狼は、さらに速度を上げ、一直線に襲いかかった。


 剣と牙がぶつかる。


 そこへ――

 ナディアの支援魔法が、クラリスに重ねられた。


 身体が軽くなる。

 剣が、風を切る。


 加速した太刀筋が、

 狼の喉元を正確に貫いた。


 倒れ伏す霜影狼。


「……さすがね」

 肩で息をしながら、クラリスが言う。


 アカネも、深く息を吐いた。


「ここの魔物、やっぱり手ごわいよ」


 ――それでも。


 俺は、内心、少し驚いていた。


(この娘たち……)

(初見の相手に、ここまで戦えるとはな)


 眠りの森は、確かに危険だ。

 だが同時に――

 彼女たちの力を、確かに試してくれる場所でもあった。

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