31最凶勇者
海賊船を見回る。
それが、いつの間にか――
クラリスの日課になっていた。
先頭を歩くのは、クラリス。
その後ろに、ナディア。
アカネ。
そして、最後尾に俺。
船内を進んでいくと、
作業中の部下たちが、次々と手を止める。
「姉御」
「姐さん」
そんな声が、自然と飛ぶ。
「やあ」
「ごくろう」
クラリスは、
軽く手を上げて、それに応じる。
……完全に、馴染んでいる。
その後ろで、
ナディアとアカネは、
どこかバツが悪そうな顔をしていた。
「変なそぶりをしていないか、見張っておかないとね」
クラリスは、そう言っているが――
どう見ても、嫌々ではない。
むしろ、
明らかに、好きでやっている。
一日に、最低でも三回は巡回していた。
……なんだろうな。
この、前線指揮官めいた勇者の伍長ぶりは。
勇者には、
人を惹きつける力があるが――
まさか、
こっちの方向だったとは。
◇
夜。
船長室では、
ささやかながら、夕食が用意されていた。
テーブルを囲むのは、
クラリス、ナディア、アカネ、俺、レティシア。
そして――
船長ヴァルド。
勇者と、魔王幹部と、海賊船長が、
何事もなかったかのように、仲良く同じ卓で飯を食っている。
……どう見ても、
相当に質の悪い勇者だ。
「しかし」
ヴァルドが、グラスを傾けながら口を開く。
「なぜ、勇者と魔王幹部が、一緒に行動している?」
もっともな疑問だ。
「レティシアは、私たちを魔王領へ案内してくれているのよ」
クラリスが答える。
「先を、急いでいるの」
「雌雄が決するのは、間もなくということだ」
レティシアが、淡々と続けた。
「なるほどな」
ヴァルドは、肩をすくめる。
「それで、船で移動というわけか」
ちらりと、こちらを見る。
「まあ、俺としては」
「こんな美女たちに囲まれて、飯が食えるんだ」
「悪い気は、しねえな」
「ふふ」
レティシアが、くすりと笑う。
「口が回るな。どれ――」
そう言って、
ヴァルドのグラスに、ワインを注いでやる。
場の空気が、わずかに緩んだ。
そのとき。
「ねえ」
クラリスが、ふと思いついたように言った。
「私たちが、魔王を倒したあと」
「レティシアは、どうするの?」
唐突な問いだった。
「……お前が、魔王様を倒す前提で話すのは、気に食わんが」
レティシアは、そう前置きしてから、続ける。
「仮に、だ」
「万が一、そのような事態になった場合――」
「私は、お役御免だろうな」
「そのときに」
「お前たちに、殺されていなければ……」
少し考え込んでから、
「そうだな」
「旅に出るかもしれん」
「お前たちのように」
「それ、いいじゃない」
アカネが、すぐに言った。
「旅に出なさいよ」
「ええ」
ナディアもうなずく。
そして、
少し考えるような表情で、口を開いた。
「……そもそも」
「どうして、人間と魔族は争っているのかしら」
根本的な問いだ。
「邪神の眷族たる魔族」
レティシアは、静かに答える。
「神の眷族たる人間」
「結局は――」
「邪神と神の、代理戦争に過ぎんのではないか」
核心を突いた言葉だった。
「じゃあ」
クラリスが、眉をひそめる。
「私たち、神様のために戦っているってこと?」
「……なんだか、馬鹿らしいわね」
「争いってのはな」
ヴァルドが、低く言った。
「人間と魔族の間だけの話じゃない」
「人間同士でも、戦争は起きる」
「俺たちみたいな賊商売だって、堅気から見りゃ敵だ」
「立場が違えば」
「それだけで、争いは生まれる」
クラリスは、しばらく黙り込み――
やがて、小さく息を吐いた。
「……難しいわね」
誰も、
すぐには言葉を返せなかった。
船は、
静かな波音を立てながら、
夜の海を進んでいく。
◇
航海は、概ね順調だった。
海は、ときおり牙を剥いたが、
荒波も、強風も、
海賊船の水夫たちは難なく乗り切っていく。
いい腕だ。
正直――
海賊にしておくには、惜しい連中だと思う。
船は、
グランヴェル境界山脈を横目に見ながら、
ゆっくりと進んでいった。
切り立つ岩肌。
雲を突き抜ける稜線。
あの向こうが、
魔族の領地だ。
――もうすぐだな。
荒れていた海が嘘のように静まり、
凪の時間が訪れたころ。
船の舳先に、
クラリスとレティシア、
そして、その少し後ろに俺が立っていた。
西の空では、
夕日が、海へ沈もうとしている。
赤く染まる水面。
山影が、長く伸びる。
その静かな時間の中で、
レティシアが、ふいに口を開いた。
「クラリス」
「この海賊船の略奪劇といい……」
「お前には、素質がある」
冗談とも、
本気とも取れる口調だった。
「勇者にしておくには、もったいないな」
「魔族側につかないか?」
「歓迎するぞ?」
クラリスは、
ちらりとこちらを見てから、
楽しそうに笑った。
「ふふ」
「考えておくわ」
……完全に、悪い顔だ。
レティシアは、
肩をすくめ、
満足そうに鼻で笑った。
◇
そして――
船は、無事に、
山脈を回り込み、
その向こう側の岸辺へと、たどり着いた。
錨が下ろされ、
俺たちは、順に船を降りる。
甲板の上では、
海賊たちが、手を振っていた。
奇妙な光景だ。
勇者一行を見送る、海賊たち。
クラリスは、
最後にヴァルドの前へ進み、
ためらいなく手を差し出した。
「世話になったね」
ヴァルドは、その手をしっかりと握り返す。
「ああ」
「目的のためなら、何でも利用する」
「その割り切り方……さすが、噂通りの勇者だ」
一拍置いて、
彼は、にやりと笑った。
「なあ、クラリス」
「見込みがある」
「魔王を倒したあと、俺たちの仲間にならないか?」
クラリスは、
楽しげに目を細める。
「ふふ」
「考えておくわ」
――まただ。
先日、レティシアにも、
同じようなことを言われていたな。
ヴァルドは、
満足そうにうなずいた。
「それでいい」
「考えておいてくれ」
そう言い残し、
彼は船へと戻っていった。
やがて、
帆が上がり、
海賊船は、静かに沖へ離れていく。
赤い海の向こうへ。
俺たちは、
その姿が見えなくなるまで、
黙って見送っていた。
そして――
「……さて」
レティシアが、振り返る。
「私も、ここでお別れだ」
風にマントを揺らしながら、
淡々と告げた。
「魔王城で待っている」
「ここから先、我が魔物たちは強い」
「精々、健闘することだな」
クラリスは、
まっすぐにレティシアを見て、
手を差し出す。
「レティシア」
「ここまで、ありがとう」
「魔王城には、すぐに行くわ」
レティシアもその手を握り返す。
一瞬だけ、
レティシアの口元が、わずかに緩んだ。
「……楽しみにしている」
それだけを残し、
彼女もまた、去って行った。
それを見守るクラリスの表情から、
かつてのあどけなさは、完全に消えていた。
魔族の領地への入り口。
その境界に立つその姿は、
紛れもなく、一人の勇者であった。
◇
――のちに。
『最凶の勇者クラリス・ブレイブハート』と呼ばれることになる少女は、
こう語ったという。
私が海賊やってたとか、実は魔王軍の幹部だったとか。
全部、うそですからね。
だから、ぜんぶ、うそだってば!




