03最初の目的地
その夜――
戦士の村ブレイドホルム。
宿屋の食堂では、明日の出発を前に、
クラリス、ナディア、アカネの三人が、
テーブルに地図を広げ、真剣なまなざしで話し込んでいた。
そう。
パーティメンバーが揃った今、まず検討すべきは――
魔王城までの到達ルート。
そして、
そこへ至るまでに、
魔王に立ち向かえるだけの実力を、
いかにして醸成するか。
……本来は。
「ねえ、アカネちん。最初に、どこ行きたいの?」
「そうねえ。
国内随一のおしゃれ都市、モードリスも捨てがたいけど……」
「なにそれ、気になるー!」
「でも、やっぱり、まずは絶景温泉『アウラ温郷』かな。
露天風呂から見える雲海が、すごいらしいの」
「え、いいかも! そこにしよう!」
「よし、じゃあ温泉入って、しっぽりしますかー」
「しっぽりしますかー」
「……」
俺は、彼女たちのノリノリなやり取りを聞きながら、
静かに悟った。
――これ、絶対、国王にお小言を言われるやつだ。
玉座の上から、
偉そうに語りかけてくる姿が、ありありと目に浮かぶ。
『おお、エルディーン卿。
基本、判断を勇者に委ねるという卿の方針には、私も賛同する。
しかしだな……
いささか、その方針には偏りがあるように思えるのだ。
勇者といえど、未熟な点もあろう。
そなたには、ぜひ、
彼女たちの行動を適宜補正していってもらいたい!
(なあ、ルドよ。
ちょっと、彼女たち、ほったらかしすぎじゃない?
俺の立場もあるんだからさ。
もうちょっと面倒見てやってよ。ほんと、頼むからさ)
』
「……」
「ねえ」
不意に、クラリスがこちらを振り返る。
「温泉、行きたいです。もう、決まっちゃった」
「ルドさん、いいでしょ?」
満面の笑みだった。
いつの間にか、アカネともすっかり打ち解けている。
呼び方も――
アカネさん → アカネちゃん → アカネちん
と、見事に砕けていった。
それに呼応するように、
俺の呼び方も、
ルドルフ様 → ルドルフさん → ルドさん
と、なし崩しに崩壊している。
まあ。
親しんでくれているなら、別に構わないのだが。
ふと、息子――ルーカスのことを思い出した。
俺は、彼を厳しく育てた。
一人息子ということもあり、
一人前に育てねばならぬ、
という責任感と、気負いがあったのだと思う。
幸い、ルーカスは立派に成人してくれた。
だが、彼にとって俺は、きっと“怖い父親”だった。
……少し、申し訳ないことをした。
その反動だろうか。
孫娘のフローラは、徹底的に甘やかした。
「お義父さん、
勝手にフローラにお菓子あげないでください!」
「お義父さん、
勝手にフローラにおもちゃ買い与えないでください!」
「フローラ、何時だと思ってるの。もう寝なさい」
「お義父さんも、もうお馬さんごっこはおしまいです!」
いつも、フローラと並んで、
息子の嫁――マリアに叱られたものだ。
そんな記憶に、ふと口元が緩む。
そして――
目の前で、きらきらした瞳をこちらに向ける三人を見る。
俺は、決めた。
「俺は――
この孫娘たちを、
とことん、
甘やかす!」
どうせ叱られるなら、
後悔のない方を選ぶとしよう。
勇者の旅は、
――まず、温泉から始まるらしい。
◇
しかし――
温泉への道のりに、重大な問題が潜んでいることに、
クラリスが気づいた。
「ねえ、アカネちん」
「ここから『アウラ温郷』まで、どれくらいかかるの?」
「うーん……二日かな?」
「……その道中で、立ち寄れる町や村は?」
「ないね。基本、ずっと山道」
「じゃあ……夜は?」
一瞬の沈黙。
「野宿だね!」
「「野宿!!」」
クラリスとナディアが、見事に声を揃えて絶句した。
どうやら彼女たちにとって、
野宿という単語は、恐怖・不潔・危険、
あらゆる負のイメージを内包した禁句らしい。
それを察したのだろう。
アカネが、慣れた様子でフォローに入る。
「ああ、野宿に抵抗ある子って多いよね?」
「でもさ、“野宿”って言うから良くないんだよ」
「“キャンプ”って言えば、イメージ変わらない?」
「「キャンプ!!」」
クラリスとナディアの表情から、警戒心が一段階下がる。
「そう、キャンプ」
アカネは楽しそうに語り始めた。
「キャンプはいいよ。特に今の時期」
「新緑の中で迎える朝。鳥のさえずりをBGMに、バーベキュー」
「夜は、焚き火を囲んで、あったかい鍋料理をみんなで食べて」
「それから――テントで一緒に寝るの」
「……そう言われると」
「なんか、いいかも」
「うん。いいかも」
クラリスとナディアは、
すっかりアカネのトークに乗せられていた。
――やはり、頼るべきは同世代の意見だ。
アカネがアウトドア派で、本当によかった。
こうして。
俺たちは、キャンプという名の野宿を楽しみながら、
絶景温泉『アウラ温郷』を目指すこととなった。
◇
俺たちは、山道を進んでいた。
木々の合間から、やわらかな陽射しがこぼれ落ちる。
ときおり吹く冷たい風が、火照った体に心地よかった。
先頭を行くクラリスたちは、
楽しげにおしゃべりをしながら歩いている。
このまま、
穏やかなハイキングが続く――そう思われた、その時だった。
不意に、俺たちの前方に影が差す。
――オーガだ。
でかい。
圧倒的に、でかい。
巨大な棍棒を片手に、山道を塞ぐように立ち、
じろりと、こちらを見据えている。
獲物を見つけた。
そんな顔だった。
クラリスたちは、即座に臨戦態勢へ移る。
この切り替えの速さは、さすが勇者パーティだ。
咆哮。
次の瞬間、オーガが地面を蹴り、突進してきた。
彼女たちは、オーガとの戦いを心得ている。
皮膚は硬く、正面から斬っても刃は通りにくい。
だから――
ヒット&アウェイ。
無理に深追いせず、相手の消耗を待つ。
ナディアが、防御呪文と素早さ向上の呪文を重ねる。
クラリスとアカネは、
間合いを保ち、決して深く踏み込まない。
「ルドさん、呪文、お願いできますか?」
クラリスが、きらきらした目でこちらを見る。
……また、派手なのを期待しているな。
いいだろう。
「よし。少し、耐えよ」
「はい!」
俺は、詠唱に入った。
低く、しかし力のこもった言葉が、森の中に響き渡る。
その間も、クラリスとアカネは巧みにオーガを翻弄する。
だが――
不意に、
クラリスが地面の根に足を取られ、しりもちをついた。
その隙を、オーガは逃さない。
棍棒を大きく振りかぶった、その瞬間――
俺の詠唱が、完成した。
《氷嵐の戒め》
刹那。
猛烈な吹雪が渦を巻き、
氷のトルネードとなってオーガを包み込む。
オーガの悲鳴は、
吹き荒れる風の音にかき消された。
数呼吸ののち。
トルネードが去ったその場には――
見事に氷漬けとなったオーガの姿が、立ち尽くしていた。
「今だ。アカネ」
「頭から、ぶった斬れ!」
「はい!」
返事と同時に、アカネが跳ぶ。
凍りついたオーガの脳天めがけ、剣を振り下ろした。
ぱきん、という乾いた音。
オーガは真っ二つに割れ、
次の瞬間、氷ごと粉々に砕け散った。
「なにこれ……すっごく、気持ちいい!」
アカネが、興奮気味に叫ぶ。
「やったぁ!」
クラリスとナディアが、駆け寄ってくる。
はしゃぐ三人を眺めながら、
俺は、満足げにうなずいた。
――こういうの、癖になるんだよな。
そう、ひとりごちる。




