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引退した大魔導士、孫娘勇者に魔王討伐へ引っ張り出される ~今日も老魔導士は、孫娘勇者を全力で甘やかす。~  作者: しばたろう
第2章

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28治癒神殿の神官っ子

 夜になると、草むらの奥から虫の声が立ち上り、

 山間の空気に秋の気配が混じり始めた。

 昼の名残をわずかに残した空は、

 深い藍色へとゆっくり沈んでいく。


 俺たちは、治癒神殿――

 白環はくかんの治癒神殿を訪れていた。


 近くの街で依頼を受けた。

 いつもの流れだ。


 白環の治癒神殿は、

 ルージュフォレストへ向かう街道の途中、

 山間の静かな高台に建てられている。

 白い石壁と円環状の回廊を持ち、

 派手さはないが、旅人や巡礼者が立ち寄る

 “確かな癒し”の場として知られていた。

 その静謐な佇まいは、

 ここが命の循環を司る場所であることを、自然と感じさせる。


 依頼内容はこうだ。

 最近、この神殿の周辺でオークが出没し、

 畑や通行人に被害が出ているという。

 今のところ直接の襲撃はないが、

 神殿が狙われるのも時間の問題――

 そう危惧していたところ、

 ちょうど勇者一行が近くに来ていることを

 聞きつけたというわけだ。


 神殿では、司祭のセラドが自ら出迎えてくれた。


「遠路はるばる、ありがとうございます。

 皆さまが来てくださっただけで、心強い」


 穏やかな声と、深い礼。

 その表情には、安堵と同時に、

 長く続く緊張の色がにじんでいた。


 この神殿は、

 司祭を含め、神官が十数名ほどで運営されているという。

 日々、街道を行き交う旅人や、

 山村から訪れる者たちの治療に追われ、

 決して余裕があるわけではない。

 それでも祈りと治癒を絶やさず続けてきた――

 そんな場所だった。


 その夜、

 ささやかながら、俺たちのために歓迎の席が設けられた。


 もっとも、神殿での宴だ。

 酒は出ないし、騒がしさとも無縁。

 並ぶのは、

 山菜の煮込みや素朴なパン、薬草を使った温かいスープ。

 どれも質素だが、身体に染みる味だった。


 静かな食事の席。

 虫の声と、回廊を渡る夜風が、

 かすかな音楽の代わりになっている。


 クラリスたちと同世代だろう。

 若い女神官が三人。

 白い法衣に身を包み、少し緊張した面持ちで、

 互いに視線を交わしている。


 同世代であるクラリスたちに、興味を覚えたのだろう。


 やがて、意を決したように、一人が前へ出た。


「ゆ、勇者様……」

「このたびは、

 私どものお願いをお聞き入れくださり、

 まことにありがとうございます」


 勇者クラリスに向けて、深々と頭を下げる。

 声も動きも、どこかぎこちない。

 まるで、

 近づいてはいけない相手に、恐る恐る話しかけているようだ。


(……ずいぶん硬いな)


 あまりの様子に、

 俺は少し席を外し、

 神官の一人を捕まえて、小声で理由を聞いてみた。


「なあ、どうしてそんなに緊張してるんだ?」


「えっ……そ、それは……」

 女神官は、周囲を気にしながら、声を潜める。

「勇者様は……

 その……おっかない、との噂を聞いておりまして……」


 なるほど。

 それで、この態度か。


(……クラリスには、黙っておこう)


 一方で――

 話題は、自然とナディアの方へ移っていった。


「ナディアさん……

 勇者パーティの一員なんですよね」


「どうして、選ばれたんですか?」

「その……特別な理由、とか……」


 質問は丁寧だが、

 その視線には、どこか張りつめたものがある。


 対抗意識。

 あるいは、ライバル心。


 同世代で、

 しかも物腰の柔らかいナディアが、

 勇者パーティに選ばれている。


 ――それが、どうにも腑に落ちない。

 そんな感情が、ありありと伝わってくる。


(……まあ、気持ちは分からなくもないが)


 ナディアも、それを感じ取ったのだろう。

 曖昧に微笑みながら、

 少し居心地が悪そうに視線を泳がせている。


 クラリスには畏れ。

 ナディアには疑念と対抗心。


 理由は違えど、

 神官の娘たちは、どこかよそよそしい。


 ――だが。


「アカネ様は、剣士なのですね」


「すごい……」

「かっこいい……」


 空気が、がらりと変わった。


 剣士然とした佇まいのアカネに対しては、

 あきらかな好意と憧れが向けられている。


 神殿には、

 これほど分かりやすく“戦う者”の気配を纏った女性は、

 ほとんどいないのだろう。


「一緒に戦ってるんですか?」

「魔物、斬ったり……?」


 目を輝かせ、前のめりになる神官たち。


「え、あ、うん……まあ……」


(……ああ、これは)


 俺は、少し離れた位置から、苦笑するしかなかった。


 クラリスは畏れられ、

 ナディアは測られ、

 アカネは――もてはやされる。


 同じ勇者一行でも、

 見られ方は、ずいぶん違うものらしい。


 アカネはというと、

 好意の視線にさらされながら、どう対応していいか分からず、

 なんとも言えない表情を浮かべていた。



 翌朝の早朝。

 神殿の山肌に、淡い朝霧が漂っていた。


 いつもの日課どおり、

 俺とクラリスは神殿の一角を借りて、魔術の鍛錬。

 ナディアは本堂で静かに祈りを捧げている。

 アカネは神殿の前庭で、剣を手に素振りをしていた。


 乾いた風を切る音が、一定のリズムで響く。


 その少し離れた場所で――

 昨日の神官っ子トリオが、遠巻きにその様子を眺めている。


「……かっこいい」


 小さく、感嘆の声。

 どうやら、すっかりアカネに夢中らしい。


 ほどなくして、

 神殿は朝の忙しさを迎えた。


 街道を行く旅人、

 近隣の村から来た老人や子ども。

 治癒を求める者たちが、次々と神殿を訪れる。


 神官たちは慣れた手つきで対応にあたり、

 本堂には祈りの声と、朗々とした詠唱が響き始めた。


 そんな中――

 神官っ子トリオが、意を決したようにナディアへ近づく。


「ナディアさん」

「勇者パーティの神官の……その、腕前を」

「少し、拝見させてもらえないでしょうか?」


 言葉遣いは丁寧だ。

 だが、その目は、はっきりと“試す側”のものだった。


(……まだ、納得してないな)


 対抗心。

 あるいは、確認。


 ナディアは一瞬だけ戸惑った表情を見せたが、

 すぐに柔らかく微笑んだ。


「いいですよ」


 そう言って、

 訪問者たちの列の前へと歩み出る。


 周囲では、他の神官たちが、

 長い詠唱を口にしながら、慎重に治癒の魔法を施している。


 ナディアは、

 まず一人目の訪問者の前にしゃがみ込み、

 そっと手を取った。


「どこがつらいですか?」


 少し症状を聞いたあと、

 ナディアは、やさしく語りかける。


「……よくなーれ」


 次の瞬間――

 詠唱は、ない。


 淡い癒しの魔力が、静かに、しかし確かに広がり、

 訪問者の表情が、はっと変わった。


「あ……痛みが……」


 一瞬の出来事だった。


 ナディアはそのまま次へ進む。


「いたいのいたいの――」

「とんでいけー」


 ぽん、と軽く肩に触れるだけ。

 それだけで、癒しは完了する。


 他の神官たちが、

 まだ詠唱を続けている間に、

 ナディアは次々と治癒を終えていった。


 ――速い。

 ――そして、正確だ。


 神官っ子トリオは、

 最初こそ腕を組んで見ていたが、

 やがて、言葉を失った。


「……」

「……」

「……な、なかなか……」


 しばし沈黙ののち、

 一人が、絞り出すように言った。


「……なかなか、やるじゃない」


 それ以上、何も言わない。

 言えない。


 神官っ子トリオは、

 視線を逸らし、

 そそくさとその場を離れていった。



 その日、

 俺たちは日が傾くまで、神殿の周囲を見回ったが――

 結局、オークの気配は一切なかった。


 森も街道も静かで、

 拍子抜けするほどだ。


(……嵐の前の静けさ、じゃなければいいが)


 そんなことを考えつつ、

 俺たちは神殿に戻り、そのまま夜を迎えた。


 夕食の時間。

 本堂の一角で、神官たちと用意してもらった食事を囲んでいると、

 少し遅れて、アカネが戻ってきた。


「遅かったな」


「うん……ちょっと」


 歯切れの悪い返事。

 見ると、どこか困惑したような表情をしている。


 どうやら、

 さきほど神殿の回廊で、

 例の神官っ子トリオに呼び止められていたらしい。


 アカネは、少し迷うようにしてから、

 ぽり、と頬をかいた。


「……あの三人に、こんなものをもらったんだ」


 そう言って、

 俺たちの前に差し出したのは――

 三通の、折りたたまれた手紙だった。


「……手紙?」

 クラリスが目を瞬かせる。


「うん」

 アカネは、なんとも言えない表情で頷いた。

「いわゆる……ファンレター、だって」


 一瞬、沈黙。


 次の瞬間――


「は?」

「え?」

「ファンレター?」


 俺たちの声が、見事に重なった。


「彼女たちにとって、私は……その……」

 アカネは、少し照れたように視線を逸らす。

「『推し』なんだって」


 アカネは、

 手紙を持ったまま、どう扱っていいのか分からず、

 苦笑いを浮かべている。


「こういうの……初めてでさ」

「喜んでいいのか、なんて返したらいいのか……」


「いや、普通に喜べばいいんじゃない?」

 クラリスが、どこか面白そうに言う。


「そうよ」

 ナディアも、くすりと笑った。

「アカネは、たしかにかっこいいよ」


そして、

「わたしも、彼女たちと仲良くできたらなぁ」

とちょっと寂しそうにつぶやいた。


 オークの影は見えず、

 神殿は今夜も静かだ。



 翌朝も、

 昨日と同じ風景が繰り返されていた。


 神殿の前庭で、

 アカネが黙々と剣を振っている。

 風を切る音が、一定のリズムで朝の空気を裂いていた。


 その少し離れた場所で――

 神官っ子トリオが、今日も遠巻きにその姿を眺めている。


 視線に気づいているのだろう。

 アカネは一瞬だけそちらを見やり、

 すぐに何事もなかったように素振りを続けた。

 だが、どこかやりにくそうだ。


 やがて、

 訪問者たちが集まり、

 神殿は朝の忙しさを迎えていた。


 その時だった。


 空気が――

 重く、濁った。


 空気が、

 ぞわり、と揺れた。


(……来たな)


 胸の奥をなぞるような、

 不快で重たい気配。

 

 次の瞬間、

 神殿を囲む茂みが、大きく揺れた。


 現れたのは、

 灰緑色の肌と、分厚い筋肉を持つ異形。


 オークだ。


 一体ではない。

 次々と、

 森の影から姿を現す。


 二十――

 いや、三十匹近い。


 神殿を、

 完全に包囲する形だった。


 低く、喉の奥を鳴らすような唸り声。

 牙を剥き、

 鼻息を荒くしながら、

 獲物を前にした獣の目でこちらを見据えている。


 周囲から、

 悲鳴が上がった。


 異変を察知したクラリスが、

 即座に剣を抜き、叫ぶ。


「神殿内へ! 全員、逃げろ!」


 その一声で、

 訪問者と神官たちは一斉に動いた。


 我先にと、

 本堂へ駆け込み、

 扉が閉ざされる。


 外に残ったのは――

 俺たちだけだった。


 俺たちは、神殿を背に陣形を整える。


 前に立つクラリス。

 左右に、アカネとナディア。

 そして、最後列に俺。


 ――娘三人と、老人一人。


 オークたちは、

 鼻を鳴らし、

 唾を垂らし、

 分厚い足で地面を踏み鳴らす。


(お前らが、俺たちの相手ってわけか?)

 嘲るような気配が、はっきりと伝わってきた。


 神殿の窓や扉の隙間から、

 人々が、固唾を呑んで様子を見守っていた。


 神官たち。

 訪問者たち。

 そして――神官っ子トリオも。


 その表情は、

 不安と恐怖で強張っている。


(勇者様といえど……)

(この数を、相手にできるの……?)


 そんな思いが、

 はっきりと顔に出ていた。


 だが――


「アカネ様……!」

「がんばって……!」


 思わず、といった調子で、

 神官っ子トリオが声援を送る。


 アカネは、

 背中で手を上げ、声援に答える。


 次の瞬間――


 オークの群れが、

 一斉に咆哮した。


 獣の怒号が、

 山間に轟き、

 地面が揺れる。


 重い足音。

 土を蹴散らし、

 岩を砕く勢い。


 オークたちが、

 殺意をむき出しに、

 俺たちへ突進してきた。


 数の暴力。

 圧倒的な体格差。


 ――刹那。


 ナディアの無詠唱魔法が、一気に展開された。


 透明な光が空気を裂き、

 幾重にも折り重なる魔法防壁が、瞬時に形を成す。


 同時に――

 俺、クラリス、アカネへ、

 補助魔法が立て続けに付与される。


 《攻撃力向上》

 《防御力向上》

 《素早さ向上》

 《集中力向上》

 《幸運の祈り》


 一瞬の出来事だった。


 魔法が放つ、まばゆいばかりの光が、

 戦場一帯を包み込む。


 ――圧巻。


 神殿の神官たちは、

 この時、はっきりと理解した。


 今、自分たちは――

 『奇跡』を目撃しているのだと。


 次の瞬間、

 クラリスとアカネが、迷いなくオークの群れへ突撃した。


 剣閃が走り、

 鈍い肉の音が響く。


 たちまち、乱戦。


 だが――

 数体のオークが、俺たちの合間を縫い、

 神殿へと突入しようとする。


 神殿の内側から、

 悲鳴が上がった。


 しかし――


「神殿には、近づけない!」


 ナディアの声が、凛と響く。


 瞬時に展開される、

 第二の魔法防壁。


 突進してきたオークは、

 その透明な壁に激突し、

 鈍い音を立てて弾き飛ばされた。


 巨体が宙を舞い、

 地面に叩きつけられる。


 一体たりとも、

 神殿には近づけない。


 ――その間に。


 俺の詠唱が、完成する。


 胸の奥から、

 魔力を解き放つ。


《裁きの火雨》


 空が、赤く染まった。


 雲の裂け目から、

 無数の炎の矢が生まれ、

 雨のように降り注ぐ。


 炎は、正確無比にオークを貫き、

 地を焦がし、

 命を断つ。


 これを合図に――

 クラリスとアカネが、完全に攻勢へ転じた。


 剣が舞い、

 オークが倒れ、

 戦場は一気に傾く。


 やがて――

 最後の一体が、地に伏した。


 静寂。


 クラリスとアカネは、

 肩で大きく息をしている。

 いくつかの傷が、その身に刻まれていた。


 そこへ――

 ナディアが、ゆっくりと歩み寄る。


「ふたりとも……よく、がんばったね」


 その優しげな声と同時に、

 回復の魔法が展開された。


 戦闘時の、鋭くまばゆい光とは違う。

 それは、

 柔らかく、温かな光。


 まるで――

 二人を、そっと抱きしめるかのように。


 傷は、みるみるうちに癒されていく。


 その光景を、

 神殿の人々は、固唾を飲んで見守っていた。


 ある者は、涙を流し。

 ある者は、無意識に手を合わせ、祈っていた。


 そして――

 神官っ子トリオは。


 言葉を失い、

 ただ、放心したような表情で、

 ナディアを見つめていた。

 


 オークの脅威は、完全に去った。


 その日のうちに、

 俺たちは白環の治癒神殿を後にすることになった。


 門の前には、

 司祭のセラドをはじめ、神官たち、

 治癒を受けていた訪問者たちの姿がある。


「勇者様……本当に、ありがとうございました」

「このご恩は、決して忘れません」


 深々と頭を下げる司祭セラド。

 神官たちも、それに倣うように礼をする。


 訪問者の中には、

 涙ぐみながら手を振る者もいた。


 そして――

 その中に、神官っ子トリオの姿もあった。



 山間の道を下りながら、

 ふと、ナディアが足を止めた。


「……こんなの、もらっちゃって」


 そう言って、

 少し照れたように懐を探り、

 ごそごそと取り出したのは――

 三通の、きれいに折りたたまれた手紙だった。


 ナディアは、それを胸に抱え、

 どこかくすぐったそうに微笑む。


「……ファンレター、なんだって」

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