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引退した大魔導士、孫娘勇者に魔王討伐へ引っ張り出される ~今日も老魔導士は、孫娘勇者を全力で甘やかす。~  作者: しばたろう
第2章

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26少女たちの救済

 ヤマタノオロチの八つの首が、

 同時に咆哮を上げた。


 大気が震え、

 鼓膜がびり、と鳴る。


 次の瞬間――

 ヤマタノオロチは、

 八つの首を振りかざし、

 こちらへ突進してきた。


「……っ」


 ナディアが、瞬時に防壁魔法を展開する。


 見えない壁に、

 ヤマタノオロチの巨体が激突した。


 鈍い衝撃音。

 勢いを殺され、

 巨体が、わずかに弾き返される。


 ――今だ。


 そこへ、

 クラリスとアカネが抜刀する。


 たったった。


 砂を蹴り、

 一気に距離を詰めていく。


 ……セリシアの走り方に似ている。

 そんなところまで、真似していたのか。


 そして――


「みんな、がんばって!」


 ナディアが、声援とともに、

 無詠唱で魔法を重ねた。


《攻撃力向上》

《防御力向上》

《素早さ向上》


 いくつもの魔法が、

 同時に効果を発揮する。


 力が、底上げされる。

 体が、羽のように軽くなる。


 ……さすがだ。


 感心しながら、

 俺もまた、詠唱を開始した。


 だが――


 ヤマタノオロチの八つの首が、

 同時に、クラリスとアカネへ襲いかかる。


 噛みつき。

 薙ぎ払い。

 叩きつけ。


 次々に迫る攻撃を、

 二人は、紙一重でかわし、いなし続ける。


 よく見えている。

 反応も、申し分ない。


 だが――


 防戦一方だ。


 首は多く、

 一瞬の隙も、与えてはくれない。


 ――ようやく、俺の詠唱が完成する。


《特大爆発》


 次の瞬間、

 ヤマタノオロチの頭上で、凄まじい爆発が起こった。


 轟音。

 衝撃波が、大気を引き裂く。


 ヤマタノオロチの八つの首が、

 一斉に咆哮を上げた。


 ……効いている。


 動きが鈍る。

 わずかな、だが確かな隙が生まれた。


 アカネが、その隙を逃さない。


 一本の首めがけて、

 迷いなく斬撃を振り下ろす。


 ――セリシア仕込みの太刀筋。


 ずばっ。


 乾いた音とともに、

 巨大な首が切り落とされた。


 ヤマタノオロチの、

 残る七つの首が、怒りと痛みに満ちた叫び声を上げる。


 すかさず、

 クラリスが、別の首へと斬りかかった。


 だが――


 硬い。


 剣が、弾かれる。


 次の瞬間、

 ヤマタノオロチは激しく身をよじり、

 二人をまとめて吹き飛ばした。


 地面を、

 ごろごろと転がりながらも、

 受け身を取り、体勢を立て直す。


「ごほっ……」


 相当の衝撃だったはずだ。


 それでも、

 二人は、間を置かずに駆け出した。


「がんばって!」


 後方から、

 ナディアの回復魔法が、二人を包み込む。


「ありがたい」


 短く言い捨て、

 再び、七つの首との死闘が始まる。


 俺も、

 再度、詠唱に入った。


 首を一本落としても、

 ヤマタノオロチの勢いは、なお衰えない。


 二人は、再び防戦一方となる。


「……なかなか、手ごわいな」


 その刹那。


 クラリスの剣が、

 青い炎に包まれた。


 魔術――

 戦いながら、詠唱をしていたのだ。


 剣に、魔力が宿る。


「器用なことを……」


 思わず、感嘆の声が漏れる。


 クラリスは、

 くるりと身を翻し、

 一つの首へと斬撃を叩き込んだ。


 魔力で威力を増した剣が、

 すぱりと、その首を切り落とす。


 再び、

 ヤマタノオロチが、悲鳴を上げた。


「やるではないか」


 そして――

 俺の詠唱が、再び完成する。


《特大爆発》


 再度、

 ヤマタノオロチの頭上で、

 大爆発が炸裂した。


 巨体が、明確に怯む。


 この隙を、

 彼女たちが見逃すはずもない。


 アカネが、

 もう一本、首を落とす。


 クラリスも、

 続けて、一本、首を落とす。


 首を半分失ったヤマタノオロチは、

 目に見えて、動きが鈍った。


 ――今だ。


 二人は、畳みかける。


 同時に、

 次々と首を断ち切っていく。


 そして――

 最後の首を失った胴体は、

 巨木が倒れるように、

 その場へ崩れ落ちた。


 ……勝った。


 その場に、

 クラリスとアカネが、へたり込む。


「やった~」

「つかれた……」


 泥臭い戦いだった。


 だが――

 娘たちの確かな成長を、

 この目で見届けることができた。


 それだけで、

 俺は、一人、

 十分すぎるほど満足していた。



 俺たちは、

 倒れ伏したヤマタノオロチの巨体を飛び越え、

 その奥――

 ヤマタノオロチの棲みかへと向かった。


 逃げ帰ってきた娘の証言を頼りに、

 獣道のような道を進んでいくと、

 やがて、視界が開けた。


 一軒家が、そこにあった。


 ……家、だ。


 洞窟でも、巣穴でもない。

 木造の、きちんとした造りの家。


 想像していたよりも、

 ずっと、まともな造りで、

 思わず意表を突かれる。


 この中に――

 生贄の娘たちが、囚われているというのか。


 クラリスが、

 答えを待たず、

 勢いよく扉を開けた。


 そのまま、

 一歩、踏み込む。


 扉の先は、

 広めのリビングだった。


 ソファがいくつも並び、

 柔らかな光が差し込んでいる。


 そして――

 そこにいた。


 実に、ふくよかな五人の少女。


 ソファに身を沈め、

 くつろぎきった様子で、

 談笑している。


 間違いない。

 生贄となった娘たちだろう。


 ……生きている。

 それも、驚くほど元気そうだ。


 だが。


 おびえ、泣きじゃくり、

 救いを待っている――

 そんな姿を想像していた俺は、

 完全に、肩透かしを食らった。


 くつろいでいる?

 それも、ずいぶんと。


 ……想像していたのと、

 まるで違う。


 クラリスも、

 同じ戸惑いを覚えたのだろう。


 一瞬、言葉に詰まりながらも、

 前に出て、告げた。


「あなたたちを、助けに来ました」


 少女たちは、

 一斉に、きょとんとした表情を浮かべる。


 状況が、

 まったく呑み込めていないようだった。


「あの……オロチさまは?」

「そろそろ、お昼ご飯の時間だと思うのですが」

「今日のお昼ご飯は、なにかしら?」

「あなたたち、オロチ様、見かけなかった?」

「ああ……オロチ様」

「今日も、『あーん』してくださるかしら?」


 ひらひらとした、

 こぎれいな服を揺らしながら、

 少女たちは、口々に訴える。


 ……なるほど。


 どうやら、この少女たちは、

 毎日、

 相当、

 ヤマタノオロチに甘やかされて

 過ごしていたらしい。


 そう理解するのに、

 時間はかからなかった。


 クラリスも、

 同じ結論に至ったのだろう。


 その表情から、

 戸惑いが消え、

 代わりに――

 険しさが、みるみる浮かび上がっていく。

 

「あのイケメンに、毎日、『あーん』だと?」


 ぽつりと、

 低くつぶやいたかと思うと――


 言うが早いか。


 クラリスは、

 剣の柄の先を、

 床に叩きつけた。


「ドンッ!」


 重い音が、

 部屋中に響き渡る。


 きゃきゃっとはしゃいでいた少女たちは、

 一斉に、ぎくりと動きを止め、

 クラリスを見た。


 ――鬼のような形相だった。


 怒っている。

 クラリスが、怒っている。


 これほど露骨に怒りを表に出すクラリスを、

 俺は、初めて見た。


 アカネとナディアも、

 あまりの迫力に、

 声を失っている。


「わたしは、勇者クラリス!」


 鋭く、

 腹の底から響く声。


「オロチは、私たちが退治した!」


「あなたたちには――

 ただちに、村に帰ってもらう!」


 そして、

 少女たち全員を、

 一人残らず睨み回す。


「走って、だ!」


 一喝。


 びくっ。


 少女たちは、

 背筋をぴんと伸ばした。


 ようやく、

 事態を理解したのだろう。


 先ほどまでの緩みきった表情は消え、

 明らかな怯えが、その顔に浮かんでいる。


「返事は!」


「はっ、はい!」


 揃って、

 跳ね上がるように答えた。

 

 

 その後、クラリスは、

 本当に、五人の少女を走らせて、村まで戻った。


 途中、誰一人として立ち止まることは許されず、

 泣こうが、転ぼうが、

 ただひたすら、走らされた。


『今度の勇者は、おっかない』


 そんな噂が、

 まことしやかに王国に流れ始めたのは、

 ちょうど、この頃からだった。


 村へ戻った少女たちを、

 その親や兄弟は、涙ながらに迎えた。


 本来であれば、

 感動の再会となるはずだったのだが――


「ぜぇ……ぜぇ……」


 少女たちは、

 息も絶え絶えで、

 それどころではなかった。


 その後、

 俺たちは、三日間ほど村に滞在した。


 だが、その三日間――

 少女たちにとっては、

 地獄のような日々だったに違いない。


 クラリスは、

 毎朝、夜明けと同時に少女たちを叩き起こし、

 容赦なく連れ出した。


 走り込み。

 腕立て伏せ。

 スクワット。

 その他、よく分からないが、

 とにかく、きつそうなもの一式。


 少女たちは、

 “こわい勇者”に逆らうこともできず、

 泣きそうな顔で、

 それらをすべてこなした。


 ――まさに、地獄の三日間である。


 そして、

 俺たちが村を出発する、その朝。


「いいか、お前たち!」

「私が去っても、毎日のメニューは欠かすな!」


「はい。教官!」


「また、様子を見に戻ってくるからな」

「さぼるなよ!」


「はい。教官!」


「では、さらばだ!」


「はい! 教官! ありがとうございました!」


 ……どうやら、

 少女たちは、

 すっかり“仕上がって”しまったらしい。


 思えば、

 この少女たちは、

 貴重な若い時間を、

 歪んだ形で浪費してしまった。


 それは、

 大変、残酷なことだ。

 気の毒だとも思う。


 だが、

 過ぎてしまった時間は、

 もう、取り戻せない。


 そして――

 もしかすると、

 あの堕落した生活から、

 元の日常へ戻ることすら、

 ままならなかったかもしれない。


 そこまで考えてのことなのか、

 あるいは、

 単に感情に任せただけなのか。


 真相は、分からない。


 だが、クラリスは、

 少女たちを、

 無理やりにでも、

 元の生活へと引き戻した。


 ……いや。

 もしかすると、

 それ以上の場所へ、

 押し上げたのかもしれない。


 クラリスに、

 こんな才覚があったとはな。


 ――さすが、勇者だ。

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