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引退した大魔導士、孫娘勇者に魔王討伐へ引っ張り出される ~今日も老魔導士は、孫娘勇者を全力で甘やかす。~  作者: しばたろう
第2章

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23魔女の葛藤

 暗く深い、眠りの森を抜けた丘の上。

 雷雲を背にして、魔王城はそびえ立つ。


 雷鳴が、とどろいた。


 玉座の間。


 黒い玉座に腰掛けた魔王ゼル=マグナスは、

 苛立ちを隠そうともせず、声を荒らげた。


「いつまで、勇者どもを野放しにするつもりだ!」


 御前に控えるのは、魔王幹部の一人。

 『深紅の魔女』レティシア・ヴァルグレイヴ。


「申し訳ございません」

「少々、手こずっております」


 深く頭を垂れながら、続ける。


「勇者は、まだ若い小娘に過ぎませんが……」

「大魔導士が同行しており、非常に厄介です」

「奇襲を仕掛けるのが、やっとの状況で」


 一瞬、言葉を選ぶ。


「さらに――」

「ここまでの想定経路には、周到に罠を仕掛けておりましたが……」

「なぜか、連中は前例の無いルートを進んでおり」

「罠が、ことごとく不発に終わっております」


 その報告に、低い笑い声が割り込んだ。


「言い訳とは――」


 魔王幹部の一人、

 『黒曜の大将軍』バル=グロウ。


 白く長い髭をなでつけながら、嘲るように言う。


「『深紅の魔女』の名が泣くな」


「……っ」


 レティシアは歯を噛みしめた。


「申し訳、ございません」


 格上である大将軍を前に、言い返すことはできない。


(この老いぼれが……)

(自分は城から一歩も出ぬ分際で)


「まあ、よい」


 玉座から、魔王が立ち上がる。


「よっこらしょ……」


 杖を突く手が、わずかに震えた。


 魔王ゼル=マグナスは、

 ゆっくりと曲がった腰を伸ばす。


「あいたたたっ……」


 それでも、その目に宿る威圧は、衰えていない。


「いずれ――」

「ここ、魔王城にて、この儂が迎え撃とうぞ」


「はっ……!」


 かしずきながら、レティシアは思う。


 魔王ゼル=マグナス。

 絶対的な力を持つ、魔界の支配者。


 ――しかし。


 ご高齢だ。


 おそらく、先は長くない。


 この大将軍も相当だが、

 魔王様は、それ以上に年を召しておられる。


 そんな方を魔王に据えねばならぬほど、

 魔界にも、少子高齢化の波が押し寄せているのだ。


 とはいえ、力は健在。

 勇者を返り討ちにするなど、赤子の手をひねるも同然。


 だが――

 時間がない。


 勇者が魔王城に到達する前に、

 魔王が寿命で倒れる。


 前代未聞の事態だけは、

 何としても避けねばならない。


 焦るのは、レティシアだけだった。


 この口だけ達者な老将軍も、役に立たない。

 あの勇者パーティの大魔導士とは、大違いだ。


(動ける若手は……私だけ)


(急がねばならない)


「ところで、レティシアよ」


 威厳に満ちた魔王の声が、玉座の間に響く。


「はっ」


 一拍、置いて。


「ごはんは、まだか?」


「……」


 一瞬の沈黙。


「魔王様」

「つい先ほど、お召し上がりになったばかりでございます」


(本当に……)

(急がねばならない)


 

 前魔王が勇者に討たれてから、二十年が過ぎたころ。

 レティシアは、魔界の端にある小さな街で生を受けた。


 父は、魔王城に仕える魔術師だった。

 寡黙で勤勉な男であり、

 母は、穏やかで、美しい人だった。


 レティシアは幼いころから聡く、

 そして何より、人目を引く容姿をしていた。


 そのせいだろう。

 言い寄ってくる男の子からは逃げ回り、

 女の子たちからは、自然と距離を置かれた。


 ――要するに、孤独だった。


 魔法学校に入学してからは、

 勉学に打ち込み、成績は常に首位。

 だがそれは、状況を好転させるどころか、

 かえって孤立を深める結果となった。


 思春期のある日。

 学校で一番人気の男子から告白され、

 付き合うことになった。


 だが、初日の放課後。

 誰もいない教室で、突然押し倒された。


 反射的に放った魔法で、

 その男は尻に火をつけられ、

 校内を半狂乱で駆け回る羽目になった。


 あのときの――

 理性を失った獣のような目。


 自分が、

 そういう目でしか見られていなかったことが、

 何よりも、悲しかった。


 その事件を境に、

 レティシアの孤立は、決定的なものとなった。


 以後、彼女は感情を切り離した。


 魔王立グランディア魔法大学に進学し、

 魔術の習得と鍛錬に没頭する。


 首席で卒業後は、

 魔王城直属の組織――魔法省に配属された。


 当時の魔王領は、

 魔王不在の混乱のただ中にあった。

 諸侯の反旗により領土は分断され、

 かつての栄光は見る影もない。


 レティシアは、

 復権を掲げ、策略を巡らせ、

 地方をまとめ、秩序を取り戻そうと奔走した。


 その成果は、すぐに形となって現れた。

 彼女は破格の速さで昇進し、

 ついには、魔王幹部の座にまで上り詰める。


 ――だが。


 上層部は、相変わらずだった。

 古い体質のまま、

 権力を手放そうとしない老人たちの巣窟。


 孤独であるがゆえに身につけた、

 割り切った処世術によって、

 レティシアは今日まで、その地位を守ってきた。


 だが――

 ここにきて、思わぬ苦境に立たされることになるとは。


(いよいよ……焼きが回ってきたか)


 そんなことを思う自分がいる。


 それでも。

 立ち止まるつもりはなかった。


 

 はじめて勇者パーティと対峙したときのことは、

 今でもよく覚えている。


 白昼の道を、

 楽しそうに歩く三人の娘たち。


 ――不快だった。


 理由は、すぐには分からなかった。

 いま思えば、あれは嫉妬だったのだろう。


 だから、少しだけ驚かせてやろうと思った。

 子どもの姿に化け、待ち伏せした。


 あのときの――

 怯え、戸惑い、警戒が入り混じった表情。


 正直、見ものだった。


 だが、

 大魔導士が、ついていることは知っていた。


 三度も勇者パーティに選ばれた男。

 やつは厄介だ。

 深入りする理由はない。


 その場は、早々に引き上げた。



 次は、もう少し手荒にいくつもりだった。


 勇者どもを、いたぶってやろうと思った。

 

 だが、結果は散々だった。


 のらりくらりとかわされ、

 こちらの思惑は、ことごとく外された。


 それどころか、

 行動が、理解できない。


 聞いていた勇者像とは、あまりに違う。

 強引さも、悲壮感も、使命感の押し付けもない。


 ……妙だ。


 だから、少しだけ興味が湧いた。


 直接、話してみることにした。


 モードリスの喫茶店。


 剣呑な空気になるだろうと、覚悟していた。

 だが――


 娘たちと、

 取るに足らない話題で盛り上がった。

 

 ――初めての経験だった。


 正直に言おう。

 

 とても、楽しかった。



 それでも、私は魔女だ。


 再び奇襲を仕掛けた。

 だが、またしても――解決された。


 面白くない。


 だから今度は、

 文句を言ってやることにした。


 その会話の流れで――

 私は、勇者パーティに誘われた。


 売り言葉に買い言葉だったことは、分かっている。

 深い意味など、なかったのだろう。


 それでも。


 誰かから、

 「一緒に来ないか」と言われたのは――

 生まれて初めてだった。


 胸の奥が、熱くなった。


 このままでは、

 泣いてしまいそうだった。


 その日は、早々に切り上げた。

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