21勇者の条件
夏の日差しが、容赦なく照り付ける。
「そういえば――」
ふと、ナディアが言った。
「私たち、海に行く途中だったよね」
その一言で、次の目的地は決まった。
「海が呼んでいるわ!」
「行くなら、今しかないよ!」
向かうは、
白浜の町――
ルミエール浜。
◇
道中、魔物には何度も遭遇した。
ゴブリンの群れ。
コボルトの群れ。
オークの集団。
だが――
アカネの剣は、
以前とは比べものにならないほど、研ぎ澄まされていた。
一段、二段――
否。
それ以上だ。
迷いがなく、
無駄がなく、
踏み込みには、確かな覚悟が宿っている。
そして、
力を取り戻したナディアから放たれる、無詠唱の魔法。
詠唱も、溜めもない。
ただ、意思と同時に現象が起こる。
結果は――
瞬殺。
戦いと呼ぶには、あまりにも短い。
◇
森の中。
朝。
俺は、少し遅れて目を覚ました。
昨夜は夜明け近くまで見張りに立っていた。
そのせいだろう。
どうやら、寝坊したらしい。
身を起こすと、
焚火のそばで、クラリスが一人、鍋をかき混ぜていた。
「ルドさん、おはよう」
「朝ごはん、食べる?」
「ああ。おはよう」
伸びをしながら、周囲を見渡す。
「ナディアとアカネは?」
「ナディアはね」
「朝のお祈りをしに行ったよ。
ソフィア様のまねなんだって」
そう言って、森の奥を指さす。
「アカネは、向こうで素振りしてる」
「先生の技、できるようになりたいんだって」
「そうか」
それだけ答えて、焚火を見つめる。
ぱちぱちと薪が弾ける音。
鍋から立ちのぼる、湯気。
しばらくして――
クラリスが、ぽつりと呟いた。
「……ふたりとも、すごいよね」
「……」
「アカネは、剣がどんどん強くなってるし」
「ナディアは、あんな魔法を当たり前みたいに使うし」
鍋をかき混ぜる手が、少しだけ止まる。
「それに比べて……」
クラリスは、小さく息を吸った。
「私って、中途半端だよね」
「剣じゃ、アカネにかなわないし」
「ナディアみたいに、魔法も使えないし」
そして、
焚火の向こうにいる俺を見て、問いかける。
「ねえ、ルドさん」
「勇者って……なんなんだろう?」
ようやく、その疑問にたどり着いたか。
その問いが口をついたということは、
クラリスが「勇者」という存在に、真剣に向き合い始めた証だ。
それは、確かな成長のあかしだった。
「俺はな。勇者の、勇者たるゆえんは――三つあると思っている」
過去、共に戦った勇者たちの顔を思い浮かべながら、そう答えた。
クラリスが、まっすぐに俺を見つめてくる。
その瞳に、ほんのわずかだが、確かな光が宿っていた。
「ひとつめ」
俺は、静かに言葉を継ぐ。
「魔王は、それぞれが特殊で強力な力を持っている。
その性質は、魔王ごとにまったく違う」
一拍置いて。
「そして勇者は――その力に、対抗できる力を持つ唯一の存在だ」
「対抗……できる力?」
「そうだ」
記憶をたどるように、ゆっくりと語り出す。
「俺が最初に戦った魔王は、強力な精神魔法を操っていた。
幻影、眠り、混乱……。
俺もソフィアも、それに散々苦しめられた」
言葉を切り、過去の戦場を思い返す。
「だがな。勇者エドガルには――その精神魔法が、一切効かなかった」
クラリスが、小さく息を呑む。
「そんなエドガルにとって、魔王を倒すことは……
それほど難しい戦いじゃなかった」
それが、ひとつめだ。
「ふたつめ。勇者の武器は、その汎用性だ」
今度は、少しだけ口調を和らげる。
「時には戦士と並び、前線で剣を振るう。
時には神官と共に、仲間を支える側に回る」
天性のオールラウンダー。
「剣も振れる。
状況も読める。
無茶もできるし、引く判断もできる」
そして――
「パーティが最大限の力を発揮できるように、立ち回れる」
誰が前に出るべきか。
誰が守られるべきか。
誰が、今、力を必要としているか。
「その中心に、自然と立てるんだ」
勇者とは、尖った刃ではない。
刃を“活かす柄”のような存在だ。
「みっつめ」
そこで、わずかに声を落とす。
「カリスマ性だ」
クラリスの目が、わずかに見開かれた。
「命令しなくてもいい。
説得しなくてもいい」
――そこに、いるだけで。
「皆が、一歩、前に出られる」
剣を握る手に、力が戻る。
詠唱の声が、ぶれなくなる。
祈りが、届くと信じられる。
「勇者の存在そのものが、パーティに力を与える」
そして、静かに結ぶ。
「神はな。
これらの資質を持つ者を――勇者として選ぶんだ」
俺の話を聞いて、
クラリスは、少し元気を取り戻したように見えた。
「そうなんだね……。でも、まだ、ちょっとピンとこないなあ」
「そうだろうな。まだ、勇者に選ばれたばかりだ」
俺は、肩をすくめる。
「だが、焦る必要はない。
これまでの勇者も、皆同じ道を通ってきた。
歩みを止めずにいれば――
やがて、自分が進むべき道は、おのずと見えてくる。」
「……わかった」
「とはいえ」
少し笑って、付け加える。
「すぐに効果が出そうな、具体的な手立ても欲しいところだろう」
「それ」
「なら、簡単な呪文の詠唱を練習してみるか?
勇者に選ばれたんだ。そっちの才覚も、きっとある」
「うん……。わたし、やってみようかな」
「よし。じゃあ、少し手ほどきしてやろう」
「はい。お願いします」
そのとき――
アカネとナディアが、ちょうど戻ってきた。
「おなかすいたー。あ、ルドさん起きた」
「ねえ、みんなで朝ごはんにしようよ」
「よし。今、よそってあげるね」
クラリスの声は、もう迷いを感じさせない。
すっかり、元気を取り戻していた。




