02剣士少女の憂鬱
「……どういうことですかな?」
俺は、慎重に問い返した。
「実は……」
ホルムズは、ゆっくりと続ける。
「アカネは、勇者パーティ入りを、
いささか渋っておりましてな。
そうこうしているうち、どうやら、
勇者一行の到着を察知したのでしょう。
今朝方、この村から姿を消しました」
クラリスが、はっとしたようにこちらを見る。
「ルドルフさん……どうしましょう?」
「剣士を入れられないと、
私……王様に怒られちゃいます……!」
その不安は、痛いほど伝わってくる。
「……詳しく、教えてもらえますかな?」
俺は、あくまで落ち着いた声で言った。
ホルムズは、うなずく。
「アカネは、
元々、自由な冒険の旅に出たがっておりました。
それが、
ある日突然、勇者パーティ加入要請の通達です。
表立って反抗はしませんでしたが……
やはり、納得はしていなかったのでしょう」
そして、少し言いづらそうに、付け加える。
「今朝、
『探さないでください』
と書かれた置き手紙を残して――
姿を消しました。」
「なんか、わかるー」
ナディアがつぶやく。
俺は、静かに問いを重ねた。
「行き先の心当たりは?」
「あります。
ここから少し離れた森の中にある、古い山小屋です。
彼女は……
機嫌を損ねると、だいたい、いつも、そこに立てこもる」
「……いつまで?」
「おそらく、勇者一行が諦めて立ち去るまで。
それこそ、一月でも、二月でも」
その言葉を聞いた瞬間、
ふと、俺の脳裏に、四十年前の記憶がよみがえった。
――あれは、俺が三十の時。
二度目の勇者パーティに参加したときのことだ。
勇者を含め、他のメンバーは皆二十歳そこそこ。
俺より、十近く年下だった。
当時も、あった。
ジェネレーションギャップというやつが。
若かった俺は、
自分の主義主張を、正しいと信じ、彼らに押し付けた。
彼らもまた、
自分たちの考えを曲げようとせず、何度も衝突した。
特に――七つ年下の剣士、セリシアとは酷かった。
出会った当初は、犬猿の仲とまで言われたほどだ。
だが。
魔王を倒す頃には、皆と意気投合し――
剣士セリシアに至っては、その後、俺の妻となった。
何度もぶつかり、何度も言い合い、
そうして、時間をかけて、絆を深めていく。
――そんな時代だった。
だが、今の若い子は、どうやら違う。
まず、ぶつかってこようとしない。
声を荒らげることもない。
そして――
黙って、いなくなる。
無理に押しても、だめだ。
俺は、静かに決断した。
「……とりあえず、その山小屋に案内してもらえますかな」
「まずは、話をしてみましょう」
ホルムズは、ほっとしたようにうなずいた。
「承知した。案内させていただこう」
「――おっと、その前に」
俺は、ふと思い出したように踵を返す。
ここへ来る途中、
露天がいくつか並ぶ一角を見かけていた。
話をするには――
少し、準備が要りそうだった。
◇
ブレイドホルムから少し離れた森の中に、
ぽっかりとした広場があった。
その中央に、
小さな山小屋が一軒、ひっそりと建っている。
煙突からは、細い煙が立ちのぼっていた。
――中にいるな。
剣士アカネ・グレン。
さて。
問題は、どう説得するかだ。
正直に言って、俺たちのような大人が話したところで、
聞く耳を持つとは思えない。
むしろ、余計に意固地になるだろう。
だとすれば――
答えは、ひとつしかない。
「クラリス、ナディア」
「お前たち二人で、説得してきてくれないか?」
「わかりました」
クラリスは、少し困ったように笑う。
「でも……うまくいくかは、わかりませんよ?」
「ああ」
「だが、同世代のお前たちなら、話はできるはずだ。頼む」
そして、俺は付け加えた。
「――それと、これだ。交渉材料」
そう言って、先ほど露店で買った、
かご一杯のドーナツを手渡す。
二人は顔を見合わせ、にやりと笑った。
◇
小屋の前。
クラリスが、軽くノックする。
こんこん。
「こんにちわー。アカネさん?」
「勇者のクラリスですー。ちょっとだけ、お話できないかな?」
……返事はない。
続いて、ナディアが、やや腰を低くして声をかける。
「あのー、わたし、ナディアっていいます」
「無理やり引っぱり出したりしないから……
ドア、あけてくれないかなー」
……沈黙。
一瞬、嫌な予感がよぎった、その時。
「あ、そうそう」
クラリスが、思い出したように言う。
「おみやげに、ドーナツ買ってきたんだ」
「山盛りだよ?」
――刹那。
バーン!
勢いよくドアが開き、中から少女が姿を現した。
年のころは、クラリスたちと同じくらい。
かわいらしい顔をしかめながらも、どこか照れたように言う。
「……どうぞ。入って」
そうして、二人は小屋の中へ消えていった。
◇
俺たちは、耳をそばだてながら、外で待つ。
最初のうちは、静かなものだった。
だが――
三十分ほど経った頃から。
「きゃはははははーーー!」
「それ、わかるーーー!」
「うけるーーーーーー!」
内容はよく聞き取れない。
だが、小屋の中が、完全に盛り上がっていることだけは分かる。
その状態が、さらに一時間ほど続いた。
やがて。
バン。
小屋のドアが開き、三人が揃って出てきた。
ドーナツの入っていたかごは――きれいさっぱり、空だった。
アカネが、俺たちの前に立ち、ぺこりと頭を下げる。
「みなさん……ご迷惑をおかけして、ごめんなさい」
「アカネちゃんの説得に、成功しました!」
クラリスが、誇らしげに胸を張る。
「よくやった」
「さすが、勇者だ」
――やはり。
俺の勘は、正しかった。
同年代をぶつける。
それが、いちばんの近道だ。
「それで?」
「どうやって、口説いたんだ?」
「まずね」
クラリスは指を立てる。
「アカネちゃんの言い分、ぜーんぶ聞いたの」
「うんうん。いいな」
「魔王退治の旅っていっても、無理は絶対しないよ、
って安心させて」
「うんうん。よい説得だ」
「それでね」
「アカネちゃんが行きたいところがあったら、
ぜんぜん付き合うし、って言って」
「うんうん。完璧じゃないか」
――そして。
「で、ほとぼりが冷めたころに」
「三人で一緒に、魔王退治、ギブアップすればよくない?って」
「……」
「……みたいな」
「……」
(全然、だめじゃないかっ!)
こうして。
将来にとてつもなく大きな爆弾を抱えたまま、
めでたく、
剣士アカネ・グレンは、勇者パーティに加わることとなった。




