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引退した大魔導士、孫娘勇者に魔王討伐へ引っ張り出される ~今日も老魔導士は、孫娘勇者を全力で甘やかす。~  作者: しばたろう
第1章

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19師たちと弟子たち

 竜血苔は、すぐに見つかった。


 古い岩場の隙間という隙間に、

 血のように濃い赤を帯びた苔が、

 所狭しと生えている。


 これほどとは――

 思わず息をのむ量だった。


 俺たちは、

 手早く、それを採取し、

 革袋へと詰め込んでいく。


 ――長居は無用。


 そう心に刻み、

 合図を交わすと、

 すぐさま下山に取りかかった。


 不思議なことに、

 下山途中、ドラゴンの襲撃はなかった。


 彼らも、

 学んだのだろう。


 狩る側か、

 狩られる側か。



 日が沈む直前、

 俺たちは無事、麓まで戻り、

 再び馬車へと乗り込んだ。


 その瞬間。


 張り詰めていた緊張の糸が、

 ぷつりと切れた。


 誰からともなく、

 深く息を吐き――

 次の瞬間には、

 皆、眠りに落ちていた。


 宿に着いたのは、夜も深い頃だった。


 体の節々が、

 じんわりと痛む。


「こんなにはりきったの、久しぶりよ。

 私、明日、動けないかもしれないわ」


 腕を回しながら、

 セリシアが、苦笑交じりに言う。


「……ほんとうですね」


 アカネが、

 どこか誇らしげに相槌を打った。



 翌朝。


「あいたたたた……」


「ちょっと、あなた。

 しっかりして」


「だ、大丈夫ですか?

 ルドさん……」


 ――動けなくなっていたのは、

 俺だけだった。


 セリシアも、

 クラリスも、

 アカネも。


 多少の疲労こそあれ、

 普通に立ち、歩いている。


 ……なぜだ。


「ご旅行、楽しまれました?」


 何も知らぬ亭主の親父が、

 のんきにそう声をかけてくる。


 俺たちは礼を告げ、

 再び馬車に乗り込み、

 我が家へと向かった。



 帰りの馬車の中。


 揺れに身を任せながら、

 ふと、アカネが口を開いた。


「先生。

 あの技……

 なぜ、最初から使われなかったんですか?」


 素朴な、

 だが核心を突く疑問だった。


 セリシアは、

 少しも考え込む様子を見せず、

 さらりと答える。


「だって、あの技は、

 あなたたちの参考にならないでしょう?」


 それだけだった。


 ――どこまでも。


 自分の強さよりも、

 弟子の成長を優先する。


 師匠バカというべきか、

 何と言うべきか。


 この夫にして、

 この妻あり。


 俺は、

 揺れる馬車の中で、

 小さく息を吐き、

 苦笑した。

 

 アカネが遠慮がちに問う。

 

「……あの技。

 私も、習得することは……可能でしょうか?」


 一瞬の間もなく、

 セリシアは答えた。


「もちろん」


 迷いはない。


「あなたには、才能がある。

 必ず、身につけられるわ」


 その言葉を聞いた瞬間――

 アカネの顔が、ぱっと、明るくなった。


 そのときのアカネの笑顔は、何度思い返しても色褪せない。

 


 我が家に戻り、

 ひと息ついたその足で、

 俺たちは、そのまま王宮へと向かった。


 王宮では、すでにソフィアが待っていた。


 俺は、

 革袋に詰めた竜血苔を取り出し、

 そのまま、彼女の手に渡す。


 ソフィアは中身を一目確かめ、

 満足そうにうなずいた。


「ええ。これがあれば、

 変化の呪いを解く薬が作れるわ」


 少し考えるように間を置いてから、続ける。


「ただし――時間は必要ね。

 だいたい、一週間ほどかしら」


 それを聞いて、

 俺たちは顔を見合わせた。


 急ぎではあるが、

 どうしようもない。


 結局、

 俺とクラリスとアカネは、

 その一週間を、

 俺の家で待つことにした。



 さて――

 問題は、犬ナディアである。


 ソフィアは、

 膝に手を置き、にこやかに言った。


「ナディアは、この数日、

 私と、とても有意義な時間を過ごしたわ」


 ちらりと、

 意味ありげな視線を向ける。


「神官としての見識も、

 かなり深まったのではないかしら?」


 ソフィアは、

 しゃがみ込み、犬ナディアと目線を合わせる。


「さて、ナディア。

 この一週間、どうする?」


「王宮に残る?」

「それとも――ルドのおうちで待つ?」


「ナディア、一緒に行こう?」


 クラリスが、すかさず声をかける。


 犬ナディアは、

 きょろきょろと目線を動かし、

 クラリスとソフィアを、交互に見比べた。


 その様子を見て、

 ソフィアが、そっと水を向ける。


「ナディア。

 ……まだ、

 学び足りないことが、あるんじゃないかしら?」


 一拍。


 そして、

 何気ない口調で、こう続けた。


「そうそう。

 今晩のご飯、何が食べたい?」


 ――瞬間。


 犬ナディアの目が、きらりと光った。


「ワン!」


 迷いは、一切ない。


 小さな体が、

 一目散に、ソフィアのもとへ駆け寄った。


「決まりね」


 ソフィアは、満足そうに微笑んだ。


「ちょっと!

 食べ物で釣られたわね、この裏切り者!」


 クラリスの抗議もむなしく、

 犬ナディアは、

 すでに王妃の足元でお座りしている。



 こうして――


 俺とクラリスとアカネは、

 王宮を後にし、

 我が家へと戻った。


 次に王宮を訪れるのは、

 一週間後。


 ナディアが、

 再び人の姿を取り戻す、その日だ。


 

 我が家では、

 俺たちの無事の帰還を祝して、

 ささやかな宴が設けられた。


 マリアとフローラが腕を振るった料理が卓に並び、

 皆で、それに舌鼓を打つ。


 竜の山での出来事を語れば、

 自然と笑い声が上がり、

 食卓には、久しぶりの賑わいが戻っていた。


 そんな中――

 不意に、アカネが口を開いた。


「先生」


 セリシアをまっすぐに見つめ、

 一瞬の迷いもない声で言う。


「ここにいさせてもらう一週間、

 稽古をつけていただけないでしょうか?」


 その眼差しは、

 真剣そのものだった。


 一瞬の沈黙。


 だが、

 それは、ほんの一瞬だった。


「もちろん」


 セリシアは、即座にうなずく。


「いいわよ。

 明日の朝から、道場にいらっしゃい」


 その言葉に、

 アカネの表情が、ぱっと明るくなる。


「ありがとうございます!」


「アカネ、すごい……。

 がんばってね」


 クラリスが、素直に声をかけた。


「うん。

 わたし、がんばる」


 そして――

 少しだけ間を置いて、アカネは続ける。


「……クラリスも、一緒だよ?」


「え?」


 間の抜けた声が、クラリスの口から漏れた。


 それを聞いて、

 セリシアが、楽しそうに微笑む。


「勇者パーティに、

 手ほどきができるなんて――

 光栄なことだわ」


「え?」


 もう一度、

 同じ声が響いた。

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