18主を屠る者
その後も、
ドラゴンの襲撃は、断続的に続いた。
避けられる戦いは、可能な限り避けた。
それでも――
対峙した数は、十匹を下らない。
セリシアの先導のもと、
クラリスとアカネは、よく戦った。
剣を振り、
息を整え、
次の動きに備える。
皆の顔に、
はっきりと疲労の色が浮かび始めていた。
だが――
ひとり、
アカネだけが、違った。
彼女の目は、
疲れを宿しながらも、
なお、強い光を帯びていた。
それだけではない。
戦闘を重ねるごとに、
アカネの動きが、
少しずつ、だが確実に変わっていく。
セリシアの踏み込み。
剣の軌道。
体重の乗せ方。
それらを、
無意識のうちに、
模倣し始めていた。
――不意に、気づく。
彼女は、
これまで、剣士であることに、
本当の意味で向き合い切れていなかった。
どこかで迷い、
不本意な流れに身を任せてきた。
剣を握り続けてはいたが、
覚悟が、定まっていなかった。
そんな彼女に、
本当に必要だったもの。
それは――
剣士という存在への、
強い憧れ。
そして、
本物を、その目で知ること。
今日、
彼女はその二つを、
同時に手に入れたのではないか。
そんな考えが、
胸をよぎった。
もう一度、
アカネを見る。
――ああ。
目を覚ました者の、目だ。
それは、
迷いを捨て、
進むべき道を選び取った――
戦士の目だった。
◇
日が高く昇ったころ。
俺たちは、ようやく――
ヴァルグ=ドラケン山の中腹、
古い岩場へと辿り着いた。
「……ついた」
クラリスとアカネの顔に、
安堵の色が浮かぶ。
この一帯に、
竜血苔が生えている。
だが――
この先は、竜の巣に近い。
長居は、無用だ。
「速やかに苔を採取し、立ち去ろう」
俺がそう告げた、その刹那。
――影。
黒い影が、
俺たちを、すっぽりと覆った。
次の瞬間。
空を裂き、
巨体が舞い降りる。
目の前に降り立ったのは――
真っ黒なドラゴンだった。
黒龍。
こちらを、じっと見下ろしている。
――どう料理してやろうか。
そんな意思すら感じさせる、冷たい視線。
今まで相手にしてきたドラゴンとは、
明らかに、格が違う。
この山の――
主かもしれない。
ドラゴンに、ある程度慣れてきたはずの
クラリスとアカネですら、
今回は、完全に肝を潰したようだった。
悲鳴を上げることすら忘れ、
ただ、呆然と立ち尽くしている。
「……これは、
今までの相手とは、わけが違うわよ」
セリシアの声が、低くなる。
「ルド。援護を」
「承知した」
俺は、詠唱を開始した。
ああ――
この緊張感。
四十年前を、思い出す。
そんな場違いな感慨が、
一瞬、胸をよぎった。
「クラリスとアカネは、
ルドの護衛を」
「はい!」
二人が、はっと我に返り、
俺の前へと出る。
セリシアが、抜刀した。
黒龍へと、歩み寄る。
気迫が、違う。
足取りは、重厚。
一歩一歩に、研ぎ澄まされた意志が宿っている。
――その瞬間。
黒龍の目の色が、
わずかに変わった。
それは――
怯えにも、見えた。
セリシアが、黒龍めがけて駆ける。
《火球の連弾》
同時に、俺の詠唱が完成する。
無数の巨大な火球が、
セリシアを追い越し、
黒龍を包み込んだ。
爆炎。
轟音。
黒龍の全身で、
連続した爆発が起きる。
黒龍は咆哮し、
セリシアめがけて、炎を吐いた。
灼熱。
これまでとは、次元の違う熱が襲いかかる。
だが、
セリシアは、それを紙一重でかわす。
その刹那――
アカネが、駆け出した。
「アカネ、だめ!!」
クラリスが叫ぶ。
炎が、アカネを襲う。
だが――
アカネは、かろうじて、それをかわした。
……ああ。
セリシアの動きに、似ている。
それに気づいたセリシアが、
一瞬、微笑んだように見えた。
セリシアとアカネは、
黒龍の攻撃をかわしながら、
急所へと近づこうとする。
だが――
簡単には、いかない。
俺は、再び詠唱を始めた。
その瞬間。
黒龍の腕が、
アカネを薙ぎ払う。
かろうじて、かわす――
だが、足を取られ、倒れ込む。
そこへ、
追撃。
巨大な腕が、
容赦なく振り下ろされる。
その前に――
アカネを庇うように、
セリシアが割って入った。
――避けられない。
セリシアは、
剣を構え、その腕を迎え撃つ。
その黒鉄色の刀身が、
ほんの一瞬、光ったように見えた――
次の瞬間。
振り抜かれた剣が――
鉄のように硬い黒龍の腕を、
断ち切った。
《竜を屠る一撃》
セリシアは、そのまま宙へと跳び、
返す刀で――
黒龍の脳天へと、
剣を振り下ろす。
――すぱん。
頭部は、
あまりにも鮮やかに、二つに割れ。
黒龍は、
音もなく、絶命した。
……久しぶりに見た。
セリシアの、剣技。
彼女が、
《ドラゴンスレイヤー》と呼ばれる所以。
それは、もはや魔法のようで――
いや。
極限まで高められた剣技は、
魔法と、区別がつかなくなるという。
「すごい……すごい……」
興奮を抑えきれず、
クラリスが、
セリシアとアカネのもとへ駆け寄る。
アカネは、
しりもちをついたまま、
目を見開いて、呆然としていた。
無理もない。
――あの剣技を、
あれほどの近さで、
見せつけられたのだから。
◇
――のちに。
『剣聖アカネ・グレン』と呼ばれることになる少女は、
こう語ったという。
あの竜の山で、私は剣士になった――と。




