16大魔導士、我が家へ
俺たちは、王宮での謁見を終え、
クラリス、アカネとともに、我が家へと向かった。
なお、犬ナディアは、
ソフィアが預かってくれることになった。
なんでも、
「ゆっくり神官同士で話がしたい」のだそうだ。
もっとも、
犬ナディアは、「ワン」と相槌を打つことしかできないのだが。
久しぶりの我が家である。
到着したころには、すでに夜も更けていた。
家族は、いきなりの帰宅に驚いてはいたが、
文句ひとつ言わず、快く迎えてくれた。
クラリスとアカネは、明らかに緊張している。
――そういえば。
クラリスとナディアが、初めてこの家を訪れたときも、
似たような空気だったな、と思い出す。
特に、
アカネにとっては、我が家を訪れるのは今回が初めてだ。
しかも――
目の前にいるのは、
「剣聖」と呼ばれる、俺の妻。
その緊張が、
最高潮に達しているのは、見て取れた。
「は、はじめまして。
け、剣聖セリシア様。
わ、わたくしは、アカネ・グレンと、もうしましゅ」
……。
噛んだ。
セリシアは、
一瞬きょとんとしたあと、
ふっと柔らかく微笑んだ。
遅めの夕食を用意してもらい、
皆が少し落ち着いたところで、
今回のいきさつを家族に説明する。
リビングのソファーには、
俺と、クラリス、アカネが並んで座り、
向かいに、妻セリシア。
少し離れた場所で、
息子夫婦と、孫のフローラが、
興味津々とこちらの様子を眺めている。
テーブルの上では、
セリシアが淹れてくれた紅茶が、
静かに湯気を立てていた。
「わかりました。
お供しましょう」
セリシアは、
ヴァルグ=ドラケン山への同行を、
迷いなく引き受けてくれた。
セリシアは、
和を重んじ、
困っている人を放っておけない性分だ。
その一方で、
自分が正しいと信じたことは、決して曲げない。
筋金入りの頑固者でもある。
それゆえ――
勇者パーティ結成当初、
協調性に欠け、独断的だった俺とは、
何度も激しく衝突したのだが。
◇
エドガルとソフィアの婚約が発表された日。
俺は、
一人、修行の旅に出た。
自分には、魔術の道しかない。
そう信じ込み、
修行の場を求めては、
魔術師としての鍛錬と研究に没頭した。
魔術の探求そのものは、嫌いではなかった。
だが――
本当のところは、
現実から逃げ出したかったのだろう。
若かった俺には、
それしか方法が思いつかなかった。
その甲斐あって、
魔術師としての腕は、着実に磨かれていった。
二度目の勇者パーティへの参加要請が来たころには、
俺は、
国内でも指折りの大魔導士と呼ばれる存在になっていた。
◇
出発は、明日とした。
夜には、
山の麓の村まで辿り着けるだろう。
そして、
明後日。
いよいよ――
ヴァルグ=ドラケン山に挑むことになる。
◇
クラリスとアカネは、
今夜は、フローラの部屋で寝ることにしたらしい。
三人で、
客人用の布団を運び込んでいる。
廊下の向こうから、
ひそひそとした声と、
くすくすと笑う気配が伝わってきた。
なにやら、
ずいぶん楽しそうである。
久しぶりの家で、
同世代の子どもが集まれば、
まあ、こうなるのだろう。
――あまり、夜更かししなければいいのだが。
◇
俺は、夫婦の寝室で、
久しぶりに、セリシアと二人きりの時間を過ごしていた。
クラリスとナディアに半ば引っ張られるように旅に出てから、
今日に至るまでの出来事を、
順を追って、セリシアに話して聞かせる。
といっても、
今回の旅は、振り返ってみると、
どうにも笑い話ばかりだ。
セリシアは、声を上げて笑い、
ときには、呆れ、
そしてまた、呆れた。
「今どきの子たち、って感じね。
私の弟子にも、そういう子、多いわよ」
「そんな子たちとうまくやっていけてるなんて……
昔のあなたからしたら、信じられないわね」
その言葉に、
俺も、思わず苦笑する。
やがて、語らいはひと段落し、
明日の山行の話になった。
「とはいえ……
私も、もう若くはないわ」
布団に潜り込み、
半分まどろみながら、セリシアがつぶやく。
「ドラゴンが何匹も出てきたら、さすがに疲れちゃう。
あの子たちにも、存分に働いてもらわないとね」
しばらく間を置いて、
今度は、少しだけ真面目な声になる。
「前衛が三人で、後衛が一人……
バランスは、あまり良くないわね。
動き方は、明日の馬車の中で相談しましょう」
すでに、先の展開を見据えて、
頭の中で陣形を組み立てているようだった。
昔なら、
ここで俺も、自分の意見をぶつけ、
夜が更けるまで、喧々諤々と議論したものだ。
だが、最近は――
もう、ほとんど任せきりだ。
船頭は、一人で十分。
しかも、セリシアは、
これ以上ないほど優秀な船頭だった。
◇
二度目の勇者パーティに参加したころ。
セリシアは、若く、
気高く、
そして、美しかった。
正直に言えば、
最初から、少し気にはなっていた。
だが、当時の俺は、
深く関わろうとはしなかった。
――良く言えば、孤高の人。
――悪く言えば、独りよがりな人。
それが、
彼女が抱いていた、俺への第一印象だったそうだ。
言い訳をするなら。
俺は、人が嫌いだったわけでもない。
仲間のことも、大切に思っていた。
ただ――
実際のところは、
人との関わりに、少し臆病になっていただけなのだ。
そんな俺を、
仲間たちは、最初は距離を置いて見ていた。
だが、
時折見せる俺の献身的な行動を通して、
少しずつ、認めてくれるようになった。
一度、
身を挺して仲間を守ったことがある。
あれを境に、
仲間との距離は、急速に縮まっていった。
そして、セリシアは――
俺の中にあるものを、
正確に見抜いていたのだと思う。
孤高ではなく、
孤独。
彼女は、反発するのではなく、
静かに、寄り添う道を選んでくれた。
ありがたかった。
――救われた。
心から、そう思った。
今でも――
俺は、彼女に感謝している。




