15聖女と剣聖
エルディーン王国。
王都ヴァル=ルクス。
王宮・謁見の間。
夕刻。
玉座には、国王エドガル・レオンハルト。
その周囲を、城の兵と重鎮たちが固めている。
俺とクラリス、アカネは、揃って膝をつき、礼を取った。
その隣で、犬ナディアが、おとなしくお座りしている。
ひととおり、ことの顛末は説明した。
魔女レティシアの襲撃。
変化の呪い。
そして、王妃ソフィアの力を借りたいという願い。
玉座の上で、エドガルが大きくうなずく。
「勇者一行よ、魔王討伐の旅、ご苦労である。
大魔導士エルディーン卿。そなたの望み、承知した。
まもなく、ソフィアも戻るだろう。
積もる話もある。
この後は、別室にて、先の手立てを検討するとしよう」
厳かにそう告げると、
エドガルは立ち上がり、踵を返した。
俺たちは、そのまま別室へと案内される。
◇
通されたのは、
狭いが、落ち着いた小部屋だった。
部屋にいるのは、
エドガルと、俺たちだけ。
犬ナディアには、椀に水が用意され、
ぺろぺろと、実においしそうに舐めていた。
ソファーにエドガルが腰掛け、
促されて、俺たちも向かいに座る。
とたんに、
エドガルの表情が、がらりと変わる。
「なに? ルド。
魔法、食らっちゃったの?
お前がいながら?
しょーがないやつだなー」
あまりにも砕けた口調に、
クラリスとアカネが、目を見開いたまま固まる。
「そう言うがな。
あの魔女、強いぞ?
お前なんて、転がされて終わりだぞ」
俺の遠慮のない返しに、
二人の仰天は、さらに深まった。
――王様に向かって、なんて口を。
だが、俺たち三人は、
かつて、同じ旅をした仲間だ。
魔王討伐の旅を共にした、
親友と言っていい。
立場は変わっても、
その関係まで変わることはない。
思えば、大変な旅だった。
命の危険も、絶望も、数えきれないほどあった。
それでも――
俺とエドガルと、ソフィアの三人旅は、
本当に楽しく、幸せな時間だった。
そのとき。
ドアが、勢いよく開いた。
バタン、という音とともに、
一人の女性が飛び込んでくる。
「ルド!
ひさしぶりじゃない!
元気してた?」
そう言って、
彼女は迷いなく、俺の手を握った。
王妃ソフィア・レオンハルト。
もう齢七十だというのに、
その態度は、若いころのままだ。
「ああ。
ソフィアも、元気そうでなによりだ」
喉の奥から、ようやく言葉を引きずり出す。
ソフィアは、今でも各地を巡り、
困っている人々を助けて回っている。
その正義感と、底知れぬ行動力。
今なお“聖女”と慕われる理由だろう。
……しかし。
この距離感は、本当に困る。
なお、ソフィアに、
俺の想いを伝えたことは、一度もない。
旅の中で、
彼女とエドガルが惹かれ合っていくのを、
目の前で見ていた。
――言えるわけがなかった。
「まあまあ、勇者のみなさん。
あら、かわいいじゃない」
そう言って、
ソフィアはクラリスとアカネの手も、順番に握って回る。
二人は、
最初から最後まで、硬直したままだった。
◇
「この呪い、解けるわよ」
膝の上に犬ナディアを乗せ、
その柔らかな毛並みを撫でながら、
ソフィアはさらりと言った。
その一言で、
クラリスとアカネの表情が、一気に緩む。
肩の力が抜け、
張り詰めていた息を、同時に吐き出した。
ソフィアは、人を安心させる。
昔から、そうだった。
言葉に、不思議な力があるのだ。
「ただし、材料が必要ね」
その一言で、
空気が、ぴしりと引き締まる。
ソフィアは、犬ナディアの額に指を当て、
じっと魔力の流れを読むように目を細めた。
「変化の呪い自体は、そう難しくないわ。
でもこれは……二重構造。
しかも、核が深いところに仕込まれている」
犬ナディアが、
不安そうに小さく鳴く。
「ワン……」
「大丈夫よ。痛いことはしないわ」
そう言って、
ソフィアは優しく笑った。
「必要なのは――
竜血苔」
聞き慣れない名に、
クラリスとアカネが顔を見合わせる。
「竜の魔力を吸って育つ、特殊な苔よ。
変化系の呪いを“引き剥がす”のに使うの」
俺は、思わず腕を組んだ。
――嫌な予感しかしない。
「その苔は、
『ヴァルグ=ドラケン山』の中腹、
竜の巣へ続く古い岩場に生えている」
さらっと言うが、
要するに――
ドラゴンの縄張りだ。
「あなたたち、とってきてくれるかしら?」
ソフィアは、本当にさらっと言った。
「……ドラゴン?」
クラリスとアカネが、同時に固まる。
言葉を失い、
まばたきすら忘れたまま、
ぴくりとも動かない。
「簡単に言ってくれるがな……」
俺は、思わず渋い顔をした。
「ヴァルグ=ドラケン山は、
ドラゴンの巣窟だぞ?」
すると。
「あら?」
ソフィアは、きょとんとした顔で首をかしげた。
「ドラゴンよ?
あなたの奥さんについて行ってもらえば、いいじゃないの」
――奥さん。
その単語が出た瞬間。
隣で聞いていたエドガルが、
ぱん、と手を叩いた。
「そうか、それもそうだ!」
妙に楽しそうな声だ。
「ついて行ってもらえ。
剣聖セリシア・ヴァル=エルディーンに!」
……そういうことか。
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
妻、セリシア。
年は、すでに六十を越えている。
だが――
いまだに現役だ。
毎朝、鍛錬場に立ち、
弟子たちを相手に剣を振っている。
衰えなど、微塵も感じさせない。
頼んでみるか。
俺の妻。
剣聖セリシア・ヴァル=エルディーン。
二つ名は――
ドラゴンスレイヤー。




