14守られない戦い
「海に行きたい」
ナディアのその一言で、次の目的地は決まった。
アカネが地図を広げ、指で街道をなぞる。
「モードリスから一番近い海辺といえば――白浜の町・ルミエール浜ね。
徒歩で三日ってところかしら」
俺たちは、モードリスを後にし、ルミエール浜へ向けて出発した。
意気揚々と進む娘たち。
旅の目的が「魔王」ではなく「海」なのだから、当然といえば当然だ。
道中では、魔物との遭遇もあった。
ゴブリンの群れ。
コボルトの群れ。
オークの集団。
だが、いずれも大した障害にはならなかった。
覚醒したナディアの力が、圧倒的だったからだ。
無詠唱。
瞬時に展開される防御魔法。
さらに、重ねがけされる支援魔法。
クラリスとアカネの動きは目に見えて鋭くなり、
二人はまるで一段階、
いや二段階上の冒険者になったかのようだった。
その一方で――
俺の攻撃魔法は、ほとんど出番がない。
「この辺りじゃ、もう向かうところ敵なしだね」
剣を収めながら、クラリスが言う。
「ナディアがいれば、魔王だって倒せそう!」
アカネも、冗談めかして笑った。
たしかに、ナディアの力は目を見張るものがある。
だが――どうも気になる。
残りの二人が、
少しずつ、ナディアに頼り切りになり始めている。
そんな、
順風満帆な旅路が続いていた――ある日の夕方。
森を抜ける途中。
木々の隙間から、すっと姿を現したのは――
夕日に照らされる、深紅のマント。
魔女、レティシアだった。
「もう会いに来たの?」
「さては、わたしたちのこと、大好きでしょ?」
軽口を叩きながらも、
三人は即座に陣形を整える。
「ルドさん、気を付けて!」
前回の一件を警戒してか、
俺を守る形で前に出る三人。
レティシアは、にやりと笑った。
「ここ数日のお前たちの戦い方、見届けさせてもらった」
「神官の娘よ……どうも、お前の力は厄介なようだ」
言うが早いか、
レティシアはナディアに向けて呪文を放った。
光の矢。
一直線に、ナディアへ――
だが、ナディアはすでに防壁を張っていた。
光の矢は、
見えない壁に激突し、粉々に砕け散る。
「そんなの、私には――きかないわよ?」
勝ち誇ったように言いかけた、その瞬間。
砕け散った光が、
細かな粒子となって、ナディアの頭上に降り注いだ。
――まずい。
光の矢は、おとりだ。
魔術の中核は、その“光の粉”。
矢は、ただの入れ物に過ぎない。
二重魔法。
高等技術だ。
ナディアは、光の粉に包まれ――
ばさっ。
次の瞬間、
そこには、
着ていた衣服だけが、力なく落ちていた。
「これで、切り札は封じた――というわけだ」
そう言い残し、
レティシアは夕闇の中へと姿を消した。
「ナディア!」
駆け寄る。
ナディアがいた場所に落ちている服が――もぞもぞと動く。
次の瞬間。
服の隙間から、
ひょこっと顔を出したのは――
真っ白な、子犬だった。
「……これは、変化の呪いだ」
俺が、低く言う。
「つまり?」
「ナディアは――犬に、されてしまった」
◇
夜。
焚火を囲む俺の膝の上に、
真っ白な子犬が、ちょこんと鎮座している。
「ナディア、そこ、気に入ったの?」
クラリスがそう声をかけると――
「ワン」
即答だった。
どうやら、言葉の意味はきちんと理解しているらしい。
つまり、姿こそ変わってしまったが――
人としての意識は、そのままだ。
俺は、スープの入った椀を少し傾け、
飲みやすいように子犬の口元へ持っていってやる。
「……ぺろ、ぺろ」
器用に舌を伸ばし、うまそうになめる。
「ねえ……この呪い、ルドさんでも解けないのよね」
クラリスは、犬ナディアの頭を撫でながら、俺を見た。
「どうすればいいのかな……」
「そうだな。呪いの解除は、俺の専門外だ」
正直に答える。
「ナディア、ずっと、このままだったらどうしよう……」
アカネが、不安そうに呟く。
「そうしたら、私が一生、おうちで飼ってあげるから!」
……。
犬ナディアは、何も答えない。
ただ、少しだけ身をよじらせた。
どうやら――それは、嫌らしい。
「……ひとり、心当たりはある」
俺は、焚火を見つめたまま言った。
「呪いに関しては、国内一の実力者だ」
「すごい! だれ? だれ?」
「この国の王妃――
ソフィア・レオンハルトだ」
「王妃さま!?」
「ってことは……聖女ソフィア様!?」
そう。
ソフィアは、かつて――
俺と同じ勇者パーティで戦った仲間だった。
勇者エドガル、魔導士の俺と共に、
魔王討伐を成し遂げた後、
彼女は“聖女”と称えられ、
勇者エドガルとともに、
この国を支える存在となった。
「彼女なら……この呪いを解けるかもしれん」
「すごーい……さすがルドさん」
「そんなすごい人と知り合いだったんだね!」
「……腐れ縁だ」
本音だった。
実を言えば――
彼女は、俺の初恋の相手でもある。
だが、彼女が選んだのは俺ではなく、エドガルだった。
世間は、
勇者と聖女という物語を、当然の結末として受け入れた。
二人は、お似合いだったと思う。
魔術師に、出る幕はない。
そう自分に言い聞かせはしたが、
まだ十代だった俺には――
その失恋は、あまりにも重すぎた。
それ以来、彼女とはほとんど会っていない。
できることなら、このまま会わずにいるつもりだった。
……だが。
背に腹は代えられない。
そんな俺の気も知らず、
娘たちは、意気揚々と拳を突き上げる。
「じゃあ、行き先は――
王都ヴァル=ルクスね!」
「いざ、ヴァル=ルクスへ!」
「ワン!」
焚火が、ぱちりと音を立てた。
夜は、まだ深い。
◇
王都までの道中。
やはり、魔物との遭遇は避けられなかった。
ゴブリンの群れ。
コボルトの群れ。
そして、オークの集団。
ナディアの力に頼れない今、
前に立つのは、クラリスとアカネだ。
剣を振り、身構え、
息を切らしながら、一歩も退かない。
連携は拙い。
判断も遅れる。
それでも――
二人は、懸命に剣を振った。
「ルドさん! お願いしまーす!」
「うむ。よく耐えた!」
《裁きの火雨》
詠唱と同時に、空気が熱を帯びる。
次の瞬間。
無数の炎の矢が、雨のように降り注ぎ、
オークたちを次々と串刺しにした。
倒れきらなかった個体に、
すかさず、二人が斬りかかる。
剣が閃き、
息の荒い声とともに、
最後の一体が地に伏した。
犬ナディアが、
少し離れた場所から吠える。
「ワン!」
――声援、らしい。
ナディアがいたころとは違う。
防御も、回復も、支援もない。
毎回が、実に泥臭い戦いだった。
剣は重く、
腕は痺れ、
足取りも、次第に鈍っていく。
それでも、
二人は倒れなかった。
そして――
ようやく、王都の城壁が見えた。
高くそびえる白亜の壁。
王都ヴァル=ルクス。
門をくぐった、その瞬間。
「やっと……ついたーー」
クラリスが、地面にへたり込む。
「がんばったよ……」
「わたしたち、よく……がんばったよ」
「ワン!」
犬ナディアも、誇らしげに胸を張った。
疲労困憊。
だが、確かな達成感があった。
ナディアに頼らず、
自分たちの足で、剣で、ここまで来た。
――悪くない。
俺は、王宮の方角を見上げる。
白い塔が、夕日に染まっている。
いよいよ、
王宮へと向かう。
聖女ソフィアとの再会が、
すぐそこまで迫っていた。




