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引退した大魔導士、孫娘勇者に魔王討伐へ引っ張り出される ~今日も老魔導士は、孫娘勇者を全力で甘やかす。~  作者: しばたろう
第1章

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12華やぎの都モードリス

 夜。


 久しぶりの野営となった。

 夕暮れのうちに、アカネが手際よく野営地を整えていく。

 焚火の位置、風向き、寝床の配置――

 どれを取っても、やけに気合が入っている。


「アカネちん。いつになく、ゴージャスだね!」


 ナディアが目を丸くして言うと、

 アカネは得意げに胸を張った。


「ひさしぶりだからね。はりきっちゃうよね」

「今日のご飯も、腕に寄りをかけるから。期待してて!」


「やった。楽しみ!」



 焚火にかけられた鍋から、

 くつくつと音を立てて、なんとも言えないいい匂いが漂ってくる。

 香草と肉の旨みが溶け合い、

 腹の奥を、容赦なく刺激した。


 アカネが、手際よく皆の分を椀によそってくれる。


「……おいしい」


 クラリスが思わず、といった調子で舌鼓を打つ。


「ありがとう」


 アカネは、少し照れながら続けた。


「できればね、食材も現地調達できたらいいんだけど」

「ウサギとか、鹿とか狩ってさ」


「本格的だね」


「でも、私、弓が壊滅的に下手で」

「弓って、すごくかっこよくて、あこがれるんだけど……」

「ほんと、レンジャーに向いてないのよね」


 焚火を見つめる横顔に、少しだけ自嘲が混じる。


「でもさ」


 ナディアが、すぐに言った。


「これだけおいしい料理ができるなら、

 向いてなくもないと思うよ?」


「そうよ」


 クラリスも、にっこり笑う。


「私のお嫁さんに来てほしいくらいだわ」


「ちょっと、それは話が飛びすぎ!」


 アカネが慌てて手を振り、

 焚火の薪が、ぱちりと音を立てた。


 俺は、その様子を眺めながら、静かに口を挟む。


「ふむ。弓は剣とはまた違った技量と、センスが要る」

「向き不向きというのは、確かにあるだろうな」


 アカネは、しばらく考えてから、ぽつりと言った。


「……なんで、私なんかが、勇者パーティに推薦されたのか」

「今でも、不思議なのよね」

「確かに、剣は少しは使えるけど……それだけなの」


「そんなことないよ」


 クラリスが、まっすぐに言う。


「アカネちん、すごく強い」


 その言葉に、アカネは一瞬きょとんとしてから、

 ふっと、力を抜いた。


「ありがとう」

「でもね、クラリスやナディアと友達になれたから」

「それだけで、結果オーライかなって思ってる」


「うん。わたしも」


 ナディアが、小さくうなずく。


 クラリスは焚火を見つめたまま、

 今朝がたの俺の言葉を、しみじみと復唱した。


「……どこへ行くかより、誰と行くか、か」


 焚火の炎が、夜空に揺れる。

 その光の中で、

 三人の笑顔は、どこまでも穏やかだった。

 

 

 五日目の朝。

 遠くの丘を越えた先に、街が見えた。


 白い石造りの建物が連なり、

 朝の光を受けて、きらきらと輝いている。

 風に乗って、音楽と人のざわめきが、かすかに届いてきた。


「……あれが」


 クラリスが、目を細める。


「モードリス!」


 アカネが、待ちきれないといった様子で声を上げた。


 国内有数の華やぎを誇る街。

 流行と芸術が交差し、

 若者文化の発信地として名を馳せる場所だ。


 街道の先には、

 色とりどりの看板、洒落た装飾、

 見慣れぬ衣装に身を包んだ人々の姿があった。


「……すごい」


 ナディアが、思わず呟く。


「なんだか、別の国に来たみたい」


 確かに、これまで歩いてきた村や街とは、

 空気そのものが違う。


 活気。

 刺激。

 そして――消費。

 

 俺たちは、ひとまず宿に荷物を置き、散策へと出かけた。

 

「まずは、この街にマッチした服に着替えたいと思います!」


 アカネが、高らかに宣言した。


 確かに。

 俺たちは革鎧にマント、いかにも旅人然とした装いだ。

 華やかなモードリスの街並みには、どうにも不釣り合いである。


 納得する間もなく、

 娘たちは俺の腕を引っ張り、通りの一角にある服屋へと突撃した。


 店内は、色とりどりの布と洗練された意匠であふれている。

 並ぶ服のどれもが、自己主張を忘れていない。


 ――その瞬間、

 娘たちの目に、はっきりと火がともった。


 三人は散開するや否や、

 次々と服を抱え込み、示し合わせたように試着室へ飛び込んでいく。


 ほどなくして、

 試着室の奥から、きゃあきゃあとはしゃぐ声が響き始めた。


 ……一時間ほど、経っただろうか。


 ようやく、カーテンが開いた。


 意気揚々と――

 新たな装いに身を包んだ三人が、姿を現す。


 まず、クラリス。

 淡いミントグリーンのワンピースに身を包み、

 膝丈の裾が、そよ風にやさしく揺れていた。

 胸元には小さなリボン。

 軽やかな生地が、初夏の空気によく映えている。


 次に、アカネ。

 黒を基調としたショートジャケットに、細身のパンツ。

 腰のベルトが引き締まった印象を与え、

 動きやすさを重視した作りには、剣士の名残が垣間見える。

 軽装用のブーツも相まって、立ち姿は実に凛々しい。


 最後に、ナディア。

 淡いクリーム色のブラウスに、柔らかなフレアスカート。

 腰元のリボンが全体をさりげなくまとめ、

 飾りすぎないのに、女の子らしさが自然ににじんでいる。


「……ほう」


 思わず、声が漏れた。

 三人とも、よく似合っている。


 こうして並ぶと、

 どこにでもいる――

 ごく普通の、かわいい年頃の女の子だ。


 ふと、

 フローラが同じ年頃だったころの姿が、脳裏に浮かんだ。


「ルドさん。わたしたち、これにする!」


 間髪入れず、クラリスが宣言する。


「まあまあまあ。おじいちゃんにおねだり?

 いいですわねえ」

「では、お孫さんのお洋服の代金、

 あちらでいただきますわね」


 にこやかな店員に腕を取られ、

 俺はそのまま、会計カウンターへと連行された。


 ……逃げ道は、なかった。


「次、ルドさんの番ね! 選んであげる!」


 今度はクラリスが、満面の笑みで宣言する。


「あ、いや、俺はいい――」


 そう言い終える前に、

 大量の衣装とともに、試着室へと押し込まれた。


 

 孫たちが選んだ俺の装いは、

 深いネイビーのロングベストに生成り色のシャツ、

 落ち着いた色合いのスラックスというものだった。

 派手さはないが仕立ては良く、

 年齢相応の落ち着きと、わずかな洒脱さを感じさせる。

 街に溶け込みつつも、只者ではない――

 そんな雰囲気を纏っている。

 

「……似合ってる」


 ナディアが、素直にそう言った。


「うん。おじいちゃん、かっこいい」


「いけてるじゃない。まだまだ、もてそうよ?」


 三人の評価に、肩をすくめる。

 あまりこのような格好はしないので、

 すこし、気恥ずかしいものだ。



 装いを新たに、俺たちはモードリスの街へと繰り出した。


 娘たちは、今にも駆け出しそうな勢いだ。

 足取りは軽く、視線は忙しなく左右に飛ぶ。


 通りには、所狭しと露店が立ち並んでいる。

 色鮮やかで、どこか気取った菓子の数々。

 いかにも都会らしい、一風変わったおしゃれなスイーツばかりだ。


 次の瞬間。

 彼女たちの目の色が、はっきりと変わった。


「ベリーと蜂蜜のミルフィーユ串! 食べたい!」

「わたしも!」

「わたしも!」


 三方向から、同時に声が飛ぶ。


「ダイエット中ではないのか?」


 ――とは、言わない。


「よし。買ってやろう!」


 娘たちは、手に手に、ミルフィーユ串をもち、

 意気揚々と大通りをゆく。

 

 ――そのとき。


 前方から、

 ひときわ強い気配が漂ってきた。


 視線を向けると、

 深紅のロングワンピースに身を包んだ女性が、こちらへ歩いてくる。

 軽やかな生地と洗練されたシルエットが、初夏らしい涼やかさと、

 大人の余裕を感じさせた。


 ――魔女レティシア。


 洒落た服装に身を包み、

 その後ろには、黒づくめのスーツを着た屈強な男。

 部下か、護衛か――

 男は両手いっぱいに、買い物袋を持たされている。


 しかし。


 レティシアは、

 やはり、絶世の美女だった。


 この華やかなモードリスの街中にあっても、

 その存在感は際立っている。

 すれ違う人々は、皆、思わず振り返っていた。


 レティシアは、俺たちの前で、ぴたりと足を止める。


 娘たちも、同時に気づいた。


「……!!」


 次の瞬間。

 三人は、反射的にミルフィーユ串を構えた。


「でたな、魔女レティシア!」

「この前は、よくもうちのおじいちゃんを!」

「やる気? ねえ、やる気?」


 大通りの真ん中で対峙する、

 絶世の美女と、ミルフィーユ串を構えた少女三人。

 その背後には、無言の大男と、気まずそうなおじいちゃん。


 ――どう見ても、目立つ。


 周囲には、みるみる人だかりができ始めた。


「なになに?」

「喧嘩?」

「お芝居かしら?」

「女優さん?」


 そんな視線など意にも介さず、

 レティシアは、すっと手を上げて制した。


「今日は、争いに来たわけではない」

「少し――話をしないか?」


 そして、楽しそうに微笑む。


「モードリス特製パフェをご馳走しよう」


「……特製、パフェ、だと!」


 三人娘の目が、

 きらりと、同時に光った。

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