12華やぎの都モードリス
夜。
久しぶりの野営となった。
夕暮れのうちに、アカネが手際よく野営地を整えていく。
焚火の位置、風向き、寝床の配置――
どれを取っても、やけに気合が入っている。
「アカネちん。いつになく、ゴージャスだね!」
ナディアが目を丸くして言うと、
アカネは得意げに胸を張った。
「ひさしぶりだからね。はりきっちゃうよね」
「今日のご飯も、腕に寄りをかけるから。期待してて!」
「やった。楽しみ!」
◇
焚火にかけられた鍋から、
くつくつと音を立てて、なんとも言えないいい匂いが漂ってくる。
香草と肉の旨みが溶け合い、
腹の奥を、容赦なく刺激した。
アカネが、手際よく皆の分を椀によそってくれる。
「……おいしい」
クラリスが思わず、といった調子で舌鼓を打つ。
「ありがとう」
アカネは、少し照れながら続けた。
「できればね、食材も現地調達できたらいいんだけど」
「ウサギとか、鹿とか狩ってさ」
「本格的だね」
「でも、私、弓が壊滅的に下手で」
「弓って、すごくかっこよくて、あこがれるんだけど……」
「ほんと、レンジャーに向いてないのよね」
焚火を見つめる横顔に、少しだけ自嘲が混じる。
「でもさ」
ナディアが、すぐに言った。
「これだけおいしい料理ができるなら、
向いてなくもないと思うよ?」
「そうよ」
クラリスも、にっこり笑う。
「私のお嫁さんに来てほしいくらいだわ」
「ちょっと、それは話が飛びすぎ!」
アカネが慌てて手を振り、
焚火の薪が、ぱちりと音を立てた。
俺は、その様子を眺めながら、静かに口を挟む。
「ふむ。弓は剣とはまた違った技量と、センスが要る」
「向き不向きというのは、確かにあるだろうな」
アカネは、しばらく考えてから、ぽつりと言った。
「……なんで、私なんかが、勇者パーティに推薦されたのか」
「今でも、不思議なのよね」
「確かに、剣は少しは使えるけど……それだけなの」
「そんなことないよ」
クラリスが、まっすぐに言う。
「アカネちん、すごく強い」
その言葉に、アカネは一瞬きょとんとしてから、
ふっと、力を抜いた。
「ありがとう」
「でもね、クラリスやナディアと友達になれたから」
「それだけで、結果オーライかなって思ってる」
「うん。わたしも」
ナディアが、小さくうなずく。
クラリスは焚火を見つめたまま、
今朝がたの俺の言葉を、しみじみと復唱した。
「……どこへ行くかより、誰と行くか、か」
焚火の炎が、夜空に揺れる。
その光の中で、
三人の笑顔は、どこまでも穏やかだった。
◇
五日目の朝。
遠くの丘を越えた先に、街が見えた。
白い石造りの建物が連なり、
朝の光を受けて、きらきらと輝いている。
風に乗って、音楽と人のざわめきが、かすかに届いてきた。
「……あれが」
クラリスが、目を細める。
「モードリス!」
アカネが、待ちきれないといった様子で声を上げた。
国内有数の華やぎを誇る街。
流行と芸術が交差し、
若者文化の発信地として名を馳せる場所だ。
街道の先には、
色とりどりの看板、洒落た装飾、
見慣れぬ衣装に身を包んだ人々の姿があった。
「……すごい」
ナディアが、思わず呟く。
「なんだか、別の国に来たみたい」
確かに、これまで歩いてきた村や街とは、
空気そのものが違う。
活気。
刺激。
そして――消費。
俺たちは、ひとまず宿に荷物を置き、散策へと出かけた。
「まずは、この街にマッチした服に着替えたいと思います!」
アカネが、高らかに宣言した。
確かに。
俺たちは革鎧にマント、いかにも旅人然とした装いだ。
華やかなモードリスの街並みには、どうにも不釣り合いである。
納得する間もなく、
娘たちは俺の腕を引っ張り、通りの一角にある服屋へと突撃した。
店内は、色とりどりの布と洗練された意匠であふれている。
並ぶ服のどれもが、自己主張を忘れていない。
――その瞬間、
娘たちの目に、はっきりと火がともった。
三人は散開するや否や、
次々と服を抱え込み、示し合わせたように試着室へ飛び込んでいく。
ほどなくして、
試着室の奥から、きゃあきゃあとはしゃぐ声が響き始めた。
……一時間ほど、経っただろうか。
ようやく、カーテンが開いた。
意気揚々と――
新たな装いに身を包んだ三人が、姿を現す。
まず、クラリス。
淡いミントグリーンのワンピースに身を包み、
膝丈の裾が、そよ風にやさしく揺れていた。
胸元には小さなリボン。
軽やかな生地が、初夏の空気によく映えている。
次に、アカネ。
黒を基調としたショートジャケットに、細身のパンツ。
腰のベルトが引き締まった印象を与え、
動きやすさを重視した作りには、剣士の名残が垣間見える。
軽装用のブーツも相まって、立ち姿は実に凛々しい。
最後に、ナディア。
淡いクリーム色のブラウスに、柔らかなフレアスカート。
腰元のリボンが全体をさりげなくまとめ、
飾りすぎないのに、女の子らしさが自然ににじんでいる。
「……ほう」
思わず、声が漏れた。
三人とも、よく似合っている。
こうして並ぶと、
どこにでもいる――
ごく普通の、かわいい年頃の女の子だ。
ふと、
フローラが同じ年頃だったころの姿が、脳裏に浮かんだ。
「ルドさん。わたしたち、これにする!」
間髪入れず、クラリスが宣言する。
「まあまあまあ。おじいちゃんにおねだり?
いいですわねえ」
「では、お孫さんのお洋服の代金、
あちらでいただきますわね」
にこやかな店員に腕を取られ、
俺はそのまま、会計カウンターへと連行された。
……逃げ道は、なかった。
「次、ルドさんの番ね! 選んであげる!」
今度はクラリスが、満面の笑みで宣言する。
「あ、いや、俺はいい――」
そう言い終える前に、
大量の衣装とともに、試着室へと押し込まれた。
◇
孫たちが選んだ俺の装いは、
深いネイビーのロングベストに生成り色のシャツ、
落ち着いた色合いのスラックスというものだった。
派手さはないが仕立ては良く、
年齢相応の落ち着きと、わずかな洒脱さを感じさせる。
街に溶け込みつつも、只者ではない――
そんな雰囲気を纏っている。
「……似合ってる」
ナディアが、素直にそう言った。
「うん。おじいちゃん、かっこいい」
「いけてるじゃない。まだまだ、もてそうよ?」
三人の評価に、肩をすくめる。
あまりこのような格好はしないので、
すこし、気恥ずかしいものだ。
◇
装いを新たに、俺たちはモードリスの街へと繰り出した。
娘たちは、今にも駆け出しそうな勢いだ。
足取りは軽く、視線は忙しなく左右に飛ぶ。
通りには、所狭しと露店が立ち並んでいる。
色鮮やかで、どこか気取った菓子の数々。
いかにも都会らしい、一風変わったおしゃれなスイーツばかりだ。
次の瞬間。
彼女たちの目の色が、はっきりと変わった。
「ベリーと蜂蜜のミルフィーユ串! 食べたい!」
「わたしも!」
「わたしも!」
三方向から、同時に声が飛ぶ。
「ダイエット中ではないのか?」
――とは、言わない。
「よし。買ってやろう!」
娘たちは、手に手に、ミルフィーユ串をもち、
意気揚々と大通りをゆく。
――そのとき。
前方から、
ひときわ強い気配が漂ってきた。
視線を向けると、
深紅のロングワンピースに身を包んだ女性が、こちらへ歩いてくる。
軽やかな生地と洗練されたシルエットが、初夏らしい涼やかさと、
大人の余裕を感じさせた。
――魔女レティシア。
洒落た服装に身を包み、
その後ろには、黒づくめのスーツを着た屈強な男。
部下か、護衛か――
男は両手いっぱいに、買い物袋を持たされている。
しかし。
レティシアは、
やはり、絶世の美女だった。
この華やかなモードリスの街中にあっても、
その存在感は際立っている。
すれ違う人々は、皆、思わず振り返っていた。
レティシアは、俺たちの前で、ぴたりと足を止める。
娘たちも、同時に気づいた。
「……!!」
次の瞬間。
三人は、反射的にミルフィーユ串を構えた。
「でたな、魔女レティシア!」
「この前は、よくもうちのおじいちゃんを!」
「やる気? ねえ、やる気?」
大通りの真ん中で対峙する、
絶世の美女と、ミルフィーユ串を構えた少女三人。
その背後には、無言の大男と、気まずそうなおじいちゃん。
――どう見ても、目立つ。
周囲には、みるみる人だかりができ始めた。
「なになに?」
「喧嘩?」
「お芝居かしら?」
「女優さん?」
そんな視線など意にも介さず、
レティシアは、すっと手を上げて制した。
「今日は、争いに来たわけではない」
「少し――話をしないか?」
そして、楽しそうに微笑む。
「モードリス特製パフェをご馳走しよう」
「……特製、パフェ、だと!」
三人娘の目が、
きらりと、同時に光った。




