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引退した大魔導士、孫娘勇者に魔王討伐へ引っ張り出される ~今日も老魔導士は、孫娘勇者を全力で甘やかす。~  作者: しばたろう
第1章

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10祈りは、盾となり

 夜。

 設営した野営地にて、

 私たちは焚火を囲んでいた。


 アカネが作ってくれたスープを、皆でいただく。

 湯気と一緒に、素朴で落ち着く香りが立ちのぼる。


 ――けれど。


 ルドさんは、椀を手にしたまま、

 ぼんやりと焚火の向こうを見つめていた。


 私は、そっとスプーンですくい、

 彼の口元へ運ぶ。


「はい。おじいちゃん、あーん」


 ルドさんは、ゆっくりこちらを振り向いた。


「おお。フローラ」

「食べさせてくれるのかい。おじいちゃん、うれしいなあ」


 そう言って、

 子どものように口を大きく開ける。


「あーん」


 ぱく。


「はい、もう一口。あーん」


 ぱく。


 ……胸の奥が、少しだけ痛んだ。


 その様子を見ていたクラリスが、

 静かに問いかけてくる。


「ねえ……ナディア」

「ルドさんって、どうやったら……治るんだろう?」


 私は、もう一度スープをすくいながら答えた。


「これは……初めて見るタイプの混濁魔法ね」

「かなり複雑な術式で、幾重にも編み上げられている」


 言葉を選ぶ。


「正直に言うと……

 王国の魔術師の中に、解除方法を知っている人はいないと思う」


 焚火が、ぱちりと音を立てた。


「解除には……時間がかかるわ」

「すぐに元に戻る、とは言えない」


 アカネが、ルドさんを心配そうに見つめながら、口を開く。


「……ならさ」

「まずは急いで、『アウラ温郷』に戻ろう」


 二人を見る。


「そこで、落ち着いて」

「みんなで、解決方法を考えよう」


 その言葉に、クラリスが小さくうなずいた。


 焚火の明かりが、

 ルドさんの穏やかな横顔を照らしている。


 私は、彼の手をそっと握りながら、

 心の中で、もう一度思った。


 ――必ず、元に戻す。


 そのためなら、

 どれだけ時間がかかっても、構わない。


 焚火のはぜる音が、静かに闇夜へと溶けていく。


 食事を終えると、

 ルドさんは、また宙を見つめるようにぼんやりとした。


「はい。おじいちゃん。おくち、ふくね」


 私は布で、そっと口元を拭いてあげる。


 ルドさんは、私を見つめ、穏やかに笑った。


「おお、フローラ」


「ごはんは、まだかな?」



 ――刹那。


 暗闇が、ざわりと揺れた。


 低い唸り声。


 闇の奥で、黄色く光る無数の目。


 ……オオカミだ。


 ゆっくりと姿を現す。


 大きい。

 しかも――囲まれている。


 数は……二十。

 いや、三十近い。


 私たちは即座に動いた。


 ルドさんを中心に、守るように陣形を取る。


「おじいちゃん、じっとしててね」


 ルドさんは、素直にうなずいた。


 嫌な予感が、確信へと変わる。


 おそらく、あの魔女の差し金だ。

 私たちを、徹底的に追い詰めるつもりなのだ。


 私は、防壁魔法の詠唱に入る。


 クラリスとアカネが、私とルドさんの前に立つ。


 オオカミが、一斉に襲いかかってきた。


 ――間に合え。


 同時に、私の詠唱が完成する。


《防壁魔法》


 見えない壁が、前方に展開される。


 オオカミたちは壁に激突し、弾き返された。


 すかさず、クラリスとアカネが踏み込み、仕留める。


 ……だが。


 別方向からも、オオカミが迫ってくる。


 私は、すぐさま次の詠唱に入った。


 クラリスとアカネが、必死に応戦する。


《防壁魔法》


 再び、壁がオオカミを阻む。


 ――次。


 でも……。


 数が、多すぎる。


 ああ……間に合わない。


 このままでは、

 私も、クラリスも、アカネも――

 そして、ルドさんも。


 オオカミの牙に、飲み込まれてしまう。


 ――そうは、させない。


 私は、深く集中する。


 思い描くのは、

 大きく、頑丈な盾。


 オオカミの牙も爪も、

 すべて弾き返す、絶対の防御。


 イメージが、鮮明になるほど、

 詠唱は加速していく。


《防壁魔法》

《防壁魔法》

《防壁魔法》


 私たちの周囲に、次々と壁が生まれ、

 オオカミたちを弾き返す。


 クラリスとアカネが、態勢を立て直す。


 ……でも、まだ。


 まだ、足りない。


 私は、さらに意識を深く沈める。


 ――こんなふうに集中して魔法を使うのは、

 もしかしたら、初めてかもしれない。


 刹那。


 視界が、真っ白に染まった。


 そこにあるのは――

 私と、クラリスと、アカネと、ルドさん。

 そして、オオカミたち。


 その間に、

 山のように積み重なる、無数の大きな盾。


 私は、それを動かす。


 みんなの前へ。


 一瞬で、

 私たちを覆うように、盾が配置された。


 隙間は、ない。


 オオカミが入り込む余地は、どこにもなかった。



《防壁魔法》

《防壁魔法》

《防壁魔法》

《防壁魔法》

《防壁魔法》

《防壁魔法》

《防壁魔法》

 ――。


 ――知らぬ間に、

 詠唱は必要なくなっていた。

 

 次々と弾き返されるオオカミたち。


 クラリスとアカネは、完全に流れを取り戻し、

 一体、また一体と、確実に仕留めていく。


 やがて――。


 多くの仲間の屍を残し、

 オオカミたちは、闇の奥へと退散していった。


 静寂が、戻る。


「……ナディア」


 クラリスが、目を見開いて私を見つめていた。


「すごい……」


 その言葉に、

 私は、ようやく、現実に引き戻された。

 


 クラリスとアカネは、全身にいくつも傷を負っていた。


 私はすぐに、二人のもとへ向かい、回復魔法をかける。


 ――詠唱は、必要なかった。


 淡い光が走り、

 裂けていた皮膚がふさがり、血が止まる。


「……ありがとう」

「助かった」


 二人は驚いたように自分の身体を見下ろしたが、

 今はそれを問いただす余裕もない。


 ルドさんはというと――

 少し離れた場所で、オオカミの屍を呆然と見つめていた。


「おじいちゃん……だいじょうぶだった?」


 私は駆け寄り、声をかける。


「おお、フローラ……」


 私はその手を取り、ぎゅっと握った。


 その瞬間だった。


 ――見えた。


 ルドさんにかけられている、

 呪いのような、魔術の構造。


 視覚ではない。

 感覚でもない。


 ただ――

 「そうとしか言いようがない形」で、

 それは、私の内側に浮かび上がっていた。


「……これは、たしかに複雑ね」


 私は、静かに息を整える。


 イメージの中で、

 絡まり合った無数の鎖に手を伸ばす。


 焦らず。

 力を込めすぎず。


 ひとつずつ。

 丁寧に。


 ――ほどいていく。


 どれほどの時間が流れたのだろう。


 焚火の音も、風の音も、

 すべてが遠くに感じられた。


 やがて。


 最後の一本が、外れた。


 刹那。


「ナディア……これは、いったい、どうしたのだ?」


 ルドさんが、はっきりとした声を上げた。


 オオカミの屍を見て、目を見開いている。


 その声音。

 その言葉遣い。


 ――間違いない。


 それは、

 大魔術師ルドルフの声だった。


 ……戻った。


 一瞬の静寂。


 次の瞬間。


 私たちは、一斉にルドさんへ抱きついていた。


「おじいちゃん、よかったーー!」


 胸に顔を埋め、声を上げる。


「……おじい、ちゃん?」


 ルドさんは、状況が飲み込めないのか、

 目を白黒させている。


 それでも。


 その背中に回された手は、

 確かに、温かかった。



 ――のちに。


『聖女ナディア・アル=サハル』と呼ばれることになる少女は、

 こう語ったという。


 すべての始まりは、

 おそらく――

 あの、オオカミの夜だったのだと。

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