第7話 カイルの記憶、そして黒の正体
夜の焚き火が、かすかに揺れていた。
森の端で、リュミナとカイルは休んでいた。
助けた子どもはレイナのもとへ送り届け、
今は、二人きり。
静かな夜。虫の声。
けれど、カイルの表情はどこか沈んでいた。
「……ねぇ、カイル。」
「ん?」
「前に言ってた“黒い霧”。
あれ、どうしてあんなに広がってるの?」
カイルはしばらく黙った。
焚き火の光が、彼の瞳の奥で揺れる。
「……俺は、王国の“光術士”だったんだ。」
リュミナは目を見開く。
「光……って、あの、聖堂の人たち?」
「ああ。光を操り、癒しと浄化を行う者たち。
でも俺たちは、それだけじゃなかった。
“光”で“闇”を討つために、武器を造っていたんだ。」
リュミナは、胸がざわめくのを感じた。
光が、闇を討つ?
それは彼女の魔法とは正反対の“考え方”だった。
「……それで、何があったの?」
カイルは手のひらを見つめた。
そこには、黒い痕が残っている。
霧に触れたとき、焼けるように痛んだ場所。
「あの日、俺たちは“闇”を消すための実験をしてた。
――けど、失敗したんだ。」
焚き火がはぜる。
夜の空気が一瞬、重くなった。
「俺たちは、闇を消すどころか、
“闇そのものを呼び出して”しまったんだ。」
リュミナは息を呑んだ。
「あの黒い霧……それは、人の“恐れ”と“絶望”の化身。
光術士たちが抱えていた不安や罪が、形になったもの。
……俺も、それを作った一人だ。」
「カイル……あなたが、あの霧を……?」
「ああ。でも、止められなかった。
仲間たちは取り込まれて、王国も滅びた。
俺だけが、生き残った。」
沈黙。
風が二人の間を通り抜ける。
リュミナは拳を握りしめた。
「どうして……ひとりで背負ってるの?」
「俺のせいだからだ。」
「違う。ひとりの罪で、世界が闇になるわけじゃないよ。
人の恐れが形になるなら、光だってそう。
希望だって、きっと形になれる。」
カイルが顔を上げた。
リュミナの瞳は、揺るがなかった。
あの小さな体に、確かな“光”が宿っていた。
「わたし、あなたの闇を怖がらない。
だって、闇の中にしか見えない光もあるんだよ。」
「……リュミナ。」
カイルの声が震えた。
焚き火の光が二人を照らし、夜の闇を押し返す。
「お前の言葉、不思議だな。
……森の精霊なのに、まるで人間みたいに話す。」
「人間みたい、じゃなくて……たぶん、“人を想ってる”から。」
リュミナは微笑んだ。
その笑顔を見て、カイルの胸の奥にあった氷が、少しずつ溶けていく。
そのとき。
地面が震えた。
『リュミナ! カイル! 来るよ!』
シルフの叫び。
遠くの山の方から、黒い霧の奔流が迫っていた。
その中心に、巨大な影。
人の形をしているようで、しかし顔は歪んだ闇。
「……まさか、“あいつ”が……!」
「“あいつ”? 知ってるの?」
「あれは――俺たち光術士の“王”、セラヴェル。」
リュミナの背筋が凍る。
かつて光を司った王が、闇に堕ちた姿。
その存在は、世界の均衡を狂わせる“元凶”だった。
「リュミナ、逃げろ。あいつは俺が――」
「だめ! 一人じゃだめだよ!
闇は光を憎んでる。だけど……光がそばにあれば、きっと届く!」
リュミナの手が、カイルの手を握る。
その瞬間、二つの光が混ざり合った。
淡い金と、暖かな白。
焚き火の炎が舞い上がり、
夜の空が、一瞬だけ朝のように明るくなった。
『リュミナ、カイル! この力……!』
シルフの声が響く。
リュミナの胸の“帰還の印”が輝き、
カイルの剣が共鳴する。
二人の光が交わるとき――
黒い霧が、一瞬だけ、後退した。
リュミナは息を切らしながら呟く。
「カイル……行こう。
これは、あなたの罪を終わらせる戦いじゃない。
“わたしたちの未来”を取り戻す戦いだよ。」
「……ああ。今度こそ、守る。」
黒い雲がうねる。
夜の空が震える。
その中心に、闇の王――セラヴェルの目が、ゆっくりと開いた。
第7話 完




