第6話 黒い霧に沈む村
風が変わった。
リュミナとシルフが歩いていた草原の先で、
まるで夜のような暗さが、昼間の空を覆っていた。
「……この空気、冷たい。まるで森が泣いてるみたい。」
『リュミナ、あれ見て!』
シルフが指さした先――
そこには小さな村があった。
けれど、建物は黒い靄に包まれ、
人の気配はまるでなかった。
風に乗って、微かに聞こえる。
泣き声のような、うめき声のような、かすかな叫び。
『まさか……黒い霧、もうこんなところまで……』
「……行こう。誰か、助けを呼んでる。」
『危ないよ! あの霧、普通の人でも一瞬で取り込まれちゃう!』
「大丈夫。光なら、きっと届く。」
リュミナは胸の“帰還の印”に手をあてた。
レイナの言葉がよみがえる。
――「心の光を忘れなければ、どんな闇も道になる」。
深呼吸して、足を踏み出す。
シルフは不安そうに後をついてきた。
村の入口。
地面は乾ききり、草一本生えていない。
空気は重く、灰のような粉が舞っていた。
「……ここ、本当に人が住んでたの……?」
壁に残る落書き。子供の絵。
「おかあさんとパン」「青い空」
その隣に――黒い手跡がべったりと。
リュミナは思わず息を呑んだ。
そのときだった。
「……だれ、か……」
かすかな声。
家の影で、小さな子どもがうずくまっていた。
顔も体もすすけ、手にはボロボロのぬいぐるみ。
「だいじょうぶ? 動かないで……!」
リュミナは駆け寄り、光の花を咲かせる。
花びらが舞い、子どもの体を包み込むと、
黒い靄がじゅっ……と音を立てて消えていく。
「……あったかい……おねえちゃん、光ってる……」
「ふふ、少しだけね。もう怖くないよ。」
『リュミナ! 上!』
空から黒い霧がうねって落ちてくる。
まるで意思を持った獣のように、牙をむいて。
「この子を傷つけさせない!」
リュミナは子どもを抱きしめ、
その背で両手を広げた。
「——光よ、守りの輪を!」
一瞬で、彼女の足元に花の陣が広がる。
花弁が舞い、黒い霧とぶつかり合う。
光と闇がぶつかり、耳をつんざくような音が響く。
『リュミナ、耐えて! もう少しで光が貫ける!』
「うんっ……でも、これ……強すぎ……!」
光が弾け、霧が後退する。
けれど同時に、リュミナの光も弱まり始めた。
息が荒くなり、視界が揺れる。
――そのとき。
『……やめろっ!!』
強い風が吹いた。
次の瞬間、霧が吹き飛ばされる。
黒い影の中から、誰かが立ち上がっていた。
「カイル……!?」
「お前、何してんだよ、こんなところで……!」
彼の手には、古びた剣。
その刃には、微かな光の紋が刻まれていた。
彼が一振りすると、霧が裂け、
残りの黒い影が空へ逃げていく。
「……やっぱり、追ってきやがったか。」
「カイル、それ……人間の剣……?」
「ああ。父さんがくれた。
“黒い霧”に立ち向かう唯一の光――“黎明の剣”。」
リュミナは彼の言葉に息を呑む。
霧を斬った剣から漂う光の波動。
それは、彼女の魔法と同じ“癒し”の性質を持っていた。
「カイル……あなた、もしかして……」
「あとで話す。でも今は――この子を森へ。
ここはもう、もたない。」
リュミナは頷いた。
腕の中の子どもが小さく「……ありがとう」とつぶやく。
リュミナはそれを聞きながら、
心の奥で何かが燃えるのを感じた。
光は届く。
だけど、それだけじゃ足りない。
“闇に立ち向かう強さ”が、必要なんだ。
「……カイル。わたし、戦う。
黒い霧を消すために。」
「無理するな。お前は精霊だ。
戦うためじゃなく、守るために生まれたんだろ?」
「守るってことは、時々“立ち向かう”ことだよ。」
カイルが目を細めて笑った。
その笑顔は、ほんの少しだけ寂しげだった。
「……わかった。なら俺も、隣で戦う。」
光の花が一輪、彼らの足元に咲く。
黒い雲が遠くでうごめく。
けれど、空の端から――一筋の朝日が差し込んでいた。
第6話 完




