第5話 光の森を出る日
朝露がまだ残る森の入り口。
リュミナは小さな袋を背負っていた。
袋の中には、レイナが用意してくれた光の果実と、泉の水を封じた小瓶。
それから——シルフがくれた、青い羽根。
『……ほんとに行くの?』
シルフが名残惜しそうに翼をたたむ。
リュミナは笑って、その頭をなでた。
「うん。森の外を見てみたい。あの子……カイルを助ける方法も、探さなきゃ。」
昨日、目を覚ました少年──カイルは、まだ眠っていた。
彼の身体には、黒い霧の痕が残っている。
リュミナの光でも、完全には癒せなかった。
『外には、危ないものもたくさんあるよ? 人間の世界は、精霊には厳しいって……』
「それでも、行く。わたし、あの子を守りたいの。」
レイナが静かに現れる。
朝の光に包まれたその姿は、いつもより少しだけ寂しげだった。
『リュミナ。外の世界は“光”ばかりじゃないわ。恐れ、憎しみ、争いもある。』
「うん……知ってる。でも、外に出て確かめたいの。
この光が、本当に誰かを照らせるのかどうか。」
『……あなたは、強くなったわね。』
レイナがそっと微笑んで、リュミナの額に指を当てる。
温かな光が広がり、胸の奥で小さく鐘が鳴ったような音がした。
『それは“帰還の印”。もし傷ついたら、この光を思い出して。必ず森が道を示してくれる。』
「ありがとう、レイナ……ぜったい帰ってくる。」
リュミナは深呼吸をして、森の外に向かって歩き出す。
光葉の森を包んでいた淡い霧が、彼女の通る道だけ静かに開いていく。
『きゅいっ!』
シルフが飛び上がり、リュミナの肩にとまった。
「えっ、ついてくるの?」
『もちろん! ボク、リュミナの相棒だもん! 一人で行かせるわけないでしょ!』
「……ありがと、シルフ。」
二人は顔を見合わせて笑った。
風が頬を撫でる。森の香りが少しずつ薄れていく。
そして、木々の境界を抜けた瞬間——
世界が、広がった。
見渡す限りの草原。
遠くに連なる山々。
雲の影が大地をゆっくり横切っていく。
リュミナは思わず息を呑んだ。
森の外の風は、少し冷たくて、少し苦くて、でも、なぜか胸が高鳴る匂いがした。
「これが……外の世界……!」
『わぁ……広いねぇ……! でも、あっちの空、なんか黒くない?』
シルフが指さした先には、遠くの山にかかる黒い雲。
その中に、かすかに“うごめく影”が見えた。
リュミナの胸に、昨日カイルが言っていた言葉が蘇る。
——“黒い霧の獣”——。
「……あれが、あの子を追ってきたもの……?」
『もしかしたら、ね。でも、まだ近づかない方がいいよ。』
「わかってる。でも……」
リュミナは拳を握る。
その瞬間、胸の“帰還の印”が淡く光った。
『……怖くないの?』
「ううん。怖いよ。でも、わたし……もう“逃げるだけの自分”には戻りたくない。」
シルフは少し驚いたように目を瞬かせ、それから小さく笑った。
『リュミナってさ、最初に会ったときよりずっと大人っぽい顔するようになったね。』
「え、そう? ……ちょっと照れる。」
『ふふ、でもそれがリュミナらしいよ。優しくて、ちょっと泣き虫で、でも勇気がある。』
「もー、シルフったら。」
ふたりの笑い声が、広い草原に響いた。
その先に続く道は、どこまでも光っているように見えた。
けれど、その足元の影は、少しずつ長く伸びていく。
黒い雲の向こうで、何かが目を覚ましたのだ。
——これはまだ、冒険の始まり。
リュミナが“世界を知る”旅の、最初の一歩。
第5話 完




