第4話 森に迷い込んだ少年
森の朝は、いつもと同じように穏やかだった。
けれど──その日は、風の匂いが少し違っていた。
リュミナは泉のそばで、シルフと遊んでいた。
小さな光の花を咲かせては、それを風に乗せて飛ばす。
花びらがふわふわと空を舞うたび、森の小鳥たちがついばみに来る。
「ねぇシルフ、この花、今日のはちょっと甘い匂いがするね」
『きゅい♪』
シルフが嬉しそうに鳴いた、その瞬間だった。
――ガサッ!
草むらの奥から、何かが倒れ込む音。
リュミナはびくっと肩をすくめた。
「い、今の……?」
レイナの教えを思い出す。
“森に異変を感じたら、風に尋ねなさい。”
リュミナは目を閉じ、両手を胸の前に合わせる。
やさしく風の精霊に呼びかけるように。
「風さん……誰か、いるの?」
すると、風が頬を撫でて囁いた。
——「東の小道、人間の匂い」。
「……人間!?」
リュミナの心臓がどくんと鳴った。
この世界に来てから、“人間”に会うのは初めてだった。
「行ってみよう、シルフ!」
『きゅい!』
二人(?)は森を駆けた。
木漏れ日が踊る道を抜けると、そこには——
ひとりの少年が倒れていた。
ボロボロの服。片腕には包帯。額には小さな血の跡。
「だ、大丈夫!? ねぇ、しっかりして!」
リュミナが駆け寄ると、少年がうっすらと目を開けた。
琥珀色の瞳。けれど、その奥には深い疲れと恐れがあった。
「……ここ、どこだ……? 俺……逃げて……」
「逃げて……? 誰から?」
「黒い……霧の獣……!」
その言葉を聞いた瞬間、空気が震えた。
森の奥で、何かが鳴いた。低く、重く、恐ろしい声。
『リュミナ! あれ、来る!』
シルフの警告。リュミナは咄嗟に立ち上がる。
「だいじょうぶ、守るから!」
両手を広げ、胸の奥に光を集める。
レイナに教わった言葉を思い出す。
“想いを形にする、それが魔法。”
「わたしは……光の精霊リュミナ。
この森を、みんなを……傷つけさせない!」
光の花が、彼女の周りに咲き誇った。
次の瞬間、地面から黒い霧の獣が飛び出す。
牙をむき、少年に襲いかかろうとした瞬間——
「——光よ、包んで!!」
リュミナの魔法が弾けた。
無数の花が光となって舞い、霧の獣を包み込む。
その光は、優しいのに、強かった。
やがて、霧は静かに消えていった。
……静寂。
風が再び森を通り抜ける。
少年は、ぽかんとリュミナを見つめていた。
目を見開いて、何かを言おうとして——
「……きれいだ……」
「え?」
「君……光ってる……」
リュミナの体は、淡い金色の輝きを放っていた。
頬がかすかに熱くなる。
「わ、わたしは……えっと、その……精霊、で……」
少年は微笑んだ。
疲れた顔に、ほんの少しの安堵が差す。
「助けてくれて……ありがとう。」
リュミナは一瞬、言葉を失った。
“ありがとう”——人間の声で、その言葉を聞いたのは初めてだった。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
『リュミナ、やっぱり出会っちゃったね』
「え?」
『その子が、この森に変化をもたらすよ。運命って、そういうものだから。』
レイナの声が風に乗って響く。
リュミナは少年を見つめながら、小さく頷いた。
「……わたし、あなたを助ける。
この森が、あなたの“居場所”になるように。」
少年は少しだけ目を細めて——微笑んだ。
「……リュミナ、って言うんだね。俺は──」
風が、その名前をさらっていった。
けれど、リュミナの心には確かに残った。
“彼と出会った”という、はじまりの記憶が。
第4話 完




