12-3. 待つという強さ
卒業式が終わると、わたしは事務所の寮へ戻った。
デビュー前の今の時期だけ、事務所で寝泊まりして、パフォーマンスの仕上げをしているからだ。
生誕祭での出来事はメンバーのみんなが知っている。
でも、そっとしておくスタンスでいてくれて、逆に気を遣われなくて有難い。
いよいよ明日が、わたしたちのデビューなんだ…
わたしの表情を見て、何か感じたのか、ヒヨナがこちらへやってきた。
「…ネネ、大丈夫…じゃないよね?」
生誕祭のことを聞いているのだと思う。
「ネネはなんでも抱え込みすぎだよ。話ならいつでも聞くから。」
「ありがとう、ヒヨナ…」
彼女の優しくてあたたかい眼差しに、感情が溢れそうになる。
「ネネ、泣いていいんだよ。我慢しなくていいよ。涙は感情の結晶で、とても美しいものなんだよ」
ヒヨナはわたしの肩を抱いた。
そして、頭をなでてくれる。
あぁ、我慢してたのに…
やっぱり涙が出ちゃうよ…
「わたし、いっぱい泣いてるのに、まだ泣けるんだね…自分でもビックリしてる」
「それだけ、ネネはハオのことが好きだったんだね。」
「そう、とても好きだった。でも、だからこそ、裏切られたって思ってしまうの。ハオの言葉を信じたいけど、でも、どうしたらいいかわからなくて…」
ヒヨナは少し下を向いて考えた後、わたしに伝えた。
「追跡魔法って知ってる?過去の出来事をもう一度、見返す魔法。ネネが見た景色を、私も一緒に感じ取れるの」
わたしはなぜ追跡魔法をするのかわからなかった。
「今、生誕祭から数日経ってるでしょ?追跡魔法で遡って、生誕祭の様子を客観的に見るの。きっと、今、その状況を見たら、何か見えることがあるんじゃないかな?」
確かに…ハオからたくさん言葉をもらったけど、全て覚えているわけではない。
もう一度聞きたい。
ハオの伝えていたことをしっかり受け取りたい。
「でも…そんな高度な魔法……わたしの家族はみんなできるけど、お父様、お母様、お兄様の前で一緒に見るのは…ちょっと気まずいわ…」
「…実はね、わたし、追跡魔法ができるの」
「…え?」
「わたしの魔法がネネの役に立てたらって思って」
わたしは目を見張った。
控えめに言うヒヨナに驚いた。
追跡魔法は上級魔法だから、全ての人が使える魔法ではない。
わたしには、難しくてできない魔法だ。
「どうしてそんな高度な魔法を使えるの?」
「わたし、アイドルになれなかったら魔法省で働こうと思ってたの。まあ、わたしのことは置いておいて、まずは生誕祭をもう一度見てみようよ」
ヒヨナがわたしに魔法をかけた。
私が実際に体験した出来事をさかのぼっていくからだ。
わたしとヒヨナの前にふわふわと映像が映り始めた。
✴︎
「安心して。…君の足を踏んだりしないから」
私の緊張をほぐそうとしてくれた言葉。
「俺で…よかったのか?」
わたしに問いかける姿。
✴︎
「ハオ、リードうまいんだね」
「そうか?」
・・・
「…ねえ、ハオ、あなたって本当にただの護衛なの?」
「…うーん。ただの護衛じゃないかもしれないね」
「…え?」
・・・
「それを言うのはすべてが終わってからにしたい。いいか?」
✴︎
「ネネ……誰よりも、君を大切に思ってる。ずっと」
✴︎
「……踊ってくれて、ありがとう」
✴︎
「これから先、何があっても、俺はネネを裏切らない。覚えていて」
画面越しに響くその声は、まっすぐで、迷いがなかった。
たしかに、その時のハオは、わたしに嘘をついているようには見えなかった。
✴︎
「……お腹、空いてない? ネネの好きな料理、用意されてるよ」
・・・
追跡魔法が解け、わたしはヒヨナを見た。
ヒヨナもわたしを見つめる。
「ねぇ、ネネ…ハオの言葉、改めて聞いてみて、どうだった?」
「ハオはわたしを裏切ってなんかないって思った…」
「他には何を思った?」
ヒヨナはわたしに優しく問いかけてくれる。
追跡魔法では見ていないけれど、バレンシャン襲撃の時の一言がわたしの脳内に響いた気がした…
『…待ってて。必ず、迎えに行くから』
ハオはこれで終わりって思ってない。
そう確信した。
「未来につながる言葉をたくさん言ってたって感じた…」
「うんうん、そうだよね。ネネはそれを感じてどう思った?」
「ハオはわたしとの未来を見据えていて、そのために動いてるって感じた…」
わたしはハオとの映像を見て、やっぱり泣いてしまった。
すごく恋しくて、会いたくて、また声が聞きたいと思ってしまったから…
でも、わたしの中に、はっきりとした気持ちが芽生えていた。
まるで、霧が晴れたように。
「わたし、ハオを信じるよ」
ヒヨナを見て決意を伝えた。
ヒヨナは頷いてくれる。
「いつになるのかわからないけど…ハオを信じて、すべてが終わるのを待つ。」
「ネネ…、辛いと思うけど、その決断ができたことは凄いと思うよ。」
ヒヨナはわたしの全てを受け入れてくれた気がした。
わたしの心が生き返ったかのようにあたたかくなったのを感じた。
「それにさ…」
ヒヨナは明るい声で続けた。
「わたしたち、3年間恋愛禁止じゃん?だから、その間はどちらにしても恋愛できないんだし、ハオ君を信じる期間にしてみてもいいんじゃない?」
「確かにそうだよね…!」
泣きくれてたけど、明日のデビュー後からは恋愛禁止になることは決まっているし…
「明日のデビュー曲では、わたしの気持ちを込めて歌える気がする。」
わたしの中に一筋の光が輝いた気がした。
この歌詞は、まるで今のわたしに語りかけているみたいだった。
『同じ空の下で願うだけで
わたしは強くなれる どんな未来でも』
ハオと離れていても、空はつながっている。
そう思ったら、少しだけ胸が落ち着いた。
わたしが歌う部分は、きっと偶然ではないはず。
「たくさんいろんな感情を経験して、彼を信じるんだって芯が通ったネネだからこそ、伝えられることがあると思う。明日のデビュー、一緒に楽しもうね」
わたしはニコッと笑うヒヨナを抱きしめた。
「ありがとうヒヨナ、元気出た」
「こちらこそ、力になれて嬉しいよ」
わたしの歌は、バレンシャンにいるハオに直接届くことはないかもしれない。
でも、私たちの歌を聴いた誰かが美しいエネルギーを伝播して行って、その先でいつかハオにも届くといいな。
ハオ、元気にしてる?
ハオが幸せでありますようにー
わたしはハオを信じるよ。
待ってるね。
わたしの中に小さく灯ったこの灯火をこれからも守り、温めていこうと思った。
(この物語に出てくるヒヨナは私の親友がモデルになってます)




