11-2. 君と踊る、ただ一度の夜
生誕祭当日、わたしは紫色のドレスに袖を通す。
そう、これはハオの瞳の色。
このドレスを着れば、ハオに包まれているような気分になるから。
わたしの左手首には、ハオからもらったブレスレットをつけている。
プレゼントしてもらってから毎日つけていて、手首を眺めるたびにニヤっとしてしまう。
今日はドレスの色と会うから、ブレスレットは隠さずに着けていくことにする。
エスコートしてくれるレオハルド王子が迎えにきた。
濃い紫色のタキシードをピシッと着こなしている。
さっと差し出されたレオハルド王子の腕に、わたしはそっと手を添えた。
隣にはレオハルド王子がいるのに、ハオはどんな服を着てるのかな…?
きっとカッコいいんだろうな、と想像してしまう。
ハオとも踊れたらいいな。ハオとのダンスが楽しみで仕方ない。
わたしはルンルンな気持ちで生誕祭の会場へ向かった。
見渡すと、王族、貴族の人たちで溢れていた。
この会場にいるみんなが、お父様のお誕生日を一緒に祝ってくれる。
なんて幸せなことなんだろう。
天井には青空が広がり、輝く太陽が昇っている。
魔法だから、実際に暑さを感じることはない。
テーブルには色とりどりの美味しそうなご飯が並んでいる。
わたしの好きな料理も並んでいてお腹が空いてきちゃう。
赤い絨毯の先にある高座の中央に座るお父様は、公爵らしい黒に金があしらわれたローブを身につけている。
左には落ち着いた緑色のドレスをまとったお母様。
右手には騎士らしい正装のお兄様が座っている。
わたしは特別席に、レオハルド王子と一緒に座っている。
お母様に隣に座るよう言われたのだけど、「わたしはまだそこに立つ器ではない」と辞退させてもらった。
お父様からの開会宣言があり、生誕祭が始まった。
まずはファーストダンス。
お父様とお母様、お兄様と婚約者候補のセレス様、わたしはレオハルド王子と踊ることになっているのだけれど…
バレンシャンから緊急の魔法連絡が入り、レオハルド王子が急ぎ対応をしてほしいとと呼び出しがかかっているみたい。
どうしたのかしら…何かあったのかな…?
「公務で優先しなければいけないことが発生してしまった。申し訳ない」
私の肩に手を置き、そっとわたしに伝えた。
わたしのダンス相手はどうなるの…?
わたしの中に不安がよぎる。
レオハルド王子は優しく笑うと、
「ちゃんと、代役がいるから大丈夫」
と、ポンポンとわたしの肩を叩いて行ってしまった。
特別席にいたレオハルド王子が退場したため、会場がざわつき始めた。
「わたしと踊っていただけますか?」
そう言って手を差し出したのは、そばで控えていたハオだった。
「……え?」
わたしがハオと踊っていいの?
普段なら喜んで手をとるのだけど…
今この場で、公爵家令嬢として、この手を取っていいのかしら…?
わたしの中で疑問が生まれる。
会場からも声が聞こえる。
「どうしてあの人が…?」
「あの人は何者なの…?」
すると、お父様がみんなに伝えた。
「予定を変更し、レオハルド王子の代役として──ハオ・シオルンに務めてもらおう。」
わたしは思考が停止した。
同時に、胸がドクンと高鳴った。
ハオとファーストダンスができるの?
「彼は、かねてよりネネルーナの護衛を任せている信頼の置ける者だ。
家族のような存在であることを、ここにお伝えしておく。
皆も、どうか安心して見守ってほしい。
それでは──ファーストダンスを始めよう。」
…え…?
ハオが…王子の代役?
会場が、ゆるやかにざわめきを鎮めていく。
ハオは無言で一礼すると、手を差し出した。
決して強要しない、ただ“待つ”ような手のひら。
そこには、導く者の責任と、選ぶ者への敬意が宿っていた。
その瞳はまっすぐわたしを見つめていて──まるで、
「大丈夫だ」
と語っているようだった。
ハオはわたしの手を取ると、静かに口元でささやいた。
「安心して。…君の足を踏んだりしないから」
少しだけ笑ったハオの横顔に、思わず吹き出してしまいそうになった。
緊張していたのに…なぜか心がほぐれていく。
ハオのこういう気遣いに胸がきゅっとなる。
ダンスフロアで向かい合う。
ハオとファーストダンスができることが嬉し恥ずかしい。
緊張して、少し目を逸らしてしまう。
ハオはわずかに首を垂れた。
軍のような鋭さはなく、空気を和らげるような静かな礼。
その動きには、彼の生きてきた時間すべてが沈黙のように込められていた。
「俺で…よかったのか?」
その声にハッとした。
わたしが答える前に、ハオはそっと息を整えると、リズムに合わせて一歩を踏み出した。
その仕草は迷いがなく、どこまでも優しく──
けれど、なぜだろう。
どこか「覚悟」のようなものを感じた。
強すぎず程よく握る手、わたしの腰に優しく添える手、そして巧みなリード。
どこか余裕があって、わたしとのダンスを心から楽しんでいるのが伝わる。
「ハオ、リードうまいんだね」
「そうか?」
と言ってふっと笑うハオ。
公爵令嬢のわたしも、これまでたくさんダンスをしてきた。
そんなわたしでもわかる、ハオのダンスは付け焼き刃ではないということを。
この優雅な動きは体に染み付いている。
わたしの中に前からあった疑問がどんどん大きくなる。
ーハオ、あなたは一体、何者なの…
「…ねえ、ハオ、あなたって本当にただの護衛なの?」
「…うーん。」
一呼吸してハオは言った。
「ただの護衛じゃないかもしれないね」
「…え?」
やっぱり…ハオの意味を含んだ言葉がわたしに響いた。
「それを言うのはすべてが終わってからにしたい。いいか?」
紫の瞳が私をとらえた。
ダンスをしているのに、わたしの心臓は止まってしまったかのように感じた。
彼の覚悟のような、芯のあるような、そんなエネルギーを感じたから。
このダンスの時間が永遠に続いてほしいと思った。
ハオの手は、ぎゅっと強くもなく、けれど頼もしくわたしを導いてくれる。
不思議だ──何も言葉にしていないのに、彼の“想い”が伝わってくる。
そのことが嬉しかった。
「ネネ……」
ハオがそっとわたしの名前を呼ぶ。
わたしは、心臓が跳ねるのを止められなかった。
「誰よりも、君を大切に思ってる。ずっと」
その一言で、世界の音がすべて遠ざかった気がした。
一曲が長くも短くも感じた。
ハオとのやり取りの中で、なにかつかめそうな気がするけれどやっぱりその光がつかめないと感じてしまう。
それと同時に、ハオからの想いも伝わってきて…
幸せな時間だった。
曲の最後、何の合図もなく、彼の腕が導いた。
ハオがわたしをゆっくりと支えて──
気づけば体が傾き、視界が緩やかに傾く。
まるで、長い昔からこの動きを知っていたように——
彼は、ひとつの流れの中でそれを成した。
ほんの数センチ、彼の顔が近づく。
距離は息が触れるほど。
それ以上は来ないと、わかっていた——
けれど、去り際に残された視線が、心を離さなかった。
わたしの瞳を覗き込んで
「……踊ってくれて、ありがとう」
……ハオはそっと、わたしを起こし上げた。
その所作は、まるで宝物でも扱うように丁寧で、静かだった。
けれどその瞳には、強く、確かな決意が宿っている。
ダンスが終わった後、観客の拍手が会場に響き渡る。
ハオは微笑んで一礼し、わたしの瞳をとらえて言った。
「これから先、何があっても、俺はネネを裏切らない。覚えていて」
その一言に、どこか覚悟の匂いがした。
わたしが何か返そうとしたとき──
ハオはわずかに口角を上げて、いつものように柔らかく笑った。
「……お腹、空いてない? ネネの好きな料理、用意されてるよ」
そう言って手を差し出す。
その所作があまりに自然で、でもどこか別れを含んでいるような気がして──
わたしは、無意識にその手をぎゅっと握った。




