10-1. これは恋?薬のせい?
アイドルになることも決まり、お父様の生誕祭も近づき、わたしの心はふわふわして、まるで解放された気分だった。
今日は自分を甘やかしたい気分。
放課後はゆっくりしようかなと思っていた。
いつものようにハオに送ってもらう。
寮まで送ってもらってもな…
寮に行っても別にすることないんだよね…
「ハオは今から何か予定あるの?」
もしかしたらハオと過ごせるかも?なんて、少し期待しながら。
「うん、実験室へ来いって言われてる。」
ハオ、予定あるんだ…残念…いや、待て、わたしも行けばいいのでは?
まことに勝手な考えだけど、ハオのことになると遠慮がなくなってしまうんだよね。
「わたしもハオについていくね」
疑問ではなく、ついていくと決めた体で話してみた。
「いいんじゃない?実験の手伝いさせられるだけだし」
……え?逆にいいの?
てっきり、ダメと言われるかと思ってたのに…
「…え?ほんとにいいの?」
「行くって言ったのそっちじゃん」
柔らかく微笑む姿がまぶしかった。
太陽のエネルギーすらも味方につけてしまう男。
今日はラッキー!
放課後ゆっくりするという願いがハオ付きで叶っちゃうなんて。
その時のわたしは知らなかった。
前代未聞の事件が巻き起こることを…
*
実験室につくと、留学生メンバーがそろっていた。
なにやらみんなで調合して薬を作っているらしい。
わたしはみんなに挨拶すると、その様子を遠くから見ていた。
なにか難しい調合をしてるみたいだから、邪魔しちゃいけないし。
窓際に寄りかかって、この何気ない光景を見ていた。
あと少しで使節団の人たちはバレンシャンに帰ってしまう。
みんなは6年生だから、どちらにしても卒業なんだけれど…
でも、卒業と帰国はやっぱり違う。
住んでいる国が違うんだから…
アレキ先輩から恋愛禁止ルールの前に婚約してしまうという抜け道があることを聞いてから、わたしはどうやってハオに伝えようかと悩んでいた。
別に焦っているわけじゃない。
だけど、ハオと婚約できたらいいなと純粋に思ってる。
ハオだって、わたしのこと嫌いじゃないし、むしろ好感をもってくれてると思うから。
「ハオ、Dの棚の247って薬、もってきてくれるか?」
「おぉ、わかった」
ハオはすたすた歩いて棚に向かう。
棚の中にはたくさんの薬があるみたい。
ハオが薬を探すのに手こずっているのが見えた。
困ってる顔も可愛いと、毎秒キュンとしてしまう。
わたしもハオを手伝ってあげようかなと思い、窓際から離れてハオのもとへ向かう。
奥の薬を取ろうとしてハオの肘が一つの薬に当たった。
「あ!あぶない!」
わたしは魔法で浮かせて受け止めようとしたけど、間に合わなかった。
ガシャーン
薬の瓶が割れて、液体が飛び散っている。
わたしがハオに駆け寄ろうとうとすると、
「ネネ!こっちに来るな。割れたのが何の薬かわからない」
こんな時も瞬時にわたしのことを想ってくれるんだ…とハオの行動すべてが嬉しくなる。
ハオが魔法で薬を片付けているところへレオハルド王子も駆け寄る。
「おい!ヤバいことになったぞ!」
レオハルド王子が急に大声を出した。
さっき、近寄るなって言われたけど、やっぱり心配だよ。
わたしはハオに駆け寄った。
すると、レオハルド王子はハオの前にふさがって、わたしを抱きとめた。
王子の大きな胸の中にいるという、急な展開に頭が混乱する。
ハオに何が起きたの?
ハオの様子が見たいのに!
「王子、どうしたの?離して」
わたしは王子の胸の中で抵抗した。
「ちょ、誰か、ハオも止めてくれ」
わたしを止めながら、目の前のレオハルド王子は他のメンバーにハオを止めるよう指示まで出している。
一体何が起きたの?
「レオ、俺は大丈夫だ。それより、ネネが嫌がってるじゃないか。」
そういって王子の後ろから顔を出した。
わたしの目とハオの目が合った。
その瞬間、わたしたちの間に魔法の糸がピンと張って消えたのが見えた。
他のメンバーが止めるのがあと数秒遅かったみたいだ。
想像以上の展開になった。
「ネネ!会いたかった。」
そういうと、王子からわたしを思いっきり引きはがし、ハオがわたしを強く後ろから抱きしめた。
え?!?!?!
みんながその信じられない光景を見て固まっている。
そのあと、メンバー数名が目をそらしていた。
「はぁ、やっぱりダメだったか…」
王子が頭を抱えている。
「ハオが壊した薬の瓶は惚れ薬が入っていた」
…そういうこと…?
だからハオはこうなってるんだ。
「惚れ薬もいろいろあるが、この瓶の効能を見ると…」
王子が魔法をかけて慎重に瓶を見る。
「この惚れ薬は、最初に目が合った異性に惚れてしまう。すでに惚れている相手の場合は、より強く効果が出る。判断力が鈍るという副作用があり、魔力暴走に注意すること。効能は24時間続く。」
王子が読み上げた声が教室に響いた。
誰も声を発しなかった。
ハオは相変わらず後ろから強く抱き着いているし、あれ?なんか、顔をすりすりしてる?
腕をほどこうとしても強くがっちり掴まれてしまっている。
「ネネルーナ、ごめん。君が犠牲になった」
そういって王子がわたしに頭を下げる。
いや、王子のせいではないですよね…
むしろ、わたしとしては願ったり叶ったりといいますか…
こんな状況なのに、ハオがわたしに抱き着いてくれていることにドキドキしてしまうわたしって悪い子だなと思う。
「24時間、ハオはこんな感じだと思う。でも、ハオを無理やり君から引きはがすと、魔力暴走するかもしれない。」
「ハオは魔力量が多いから、魔力暴走したら大変ですよね」
「夜もハオと一緒に過ごすことになるんだが…」
「え?!」
夜も一緒に過ごす?!
「え?!」
わたしの反応に王子も驚いている。
「非常に説明しにくいんだが…もし夜、ハオに変なことにされそうになったら、俺たちが全力で阻止するから」
「はぁ」
「だが、強く拒絶すると魔力暴走するかもしれないから、ほどほどに対応はしてほしくて…」
「はい…」
「でも、本当に何かされそうになったらすぐに知らせてくれ」
そういうことか…惚れ薬によって、ハオの理性が働くかを王子は心配してるんだね。
願ったり叶ったりってわたしは思ってたけど、結構危ない状況なのでは…?
惚れ薬の時にそんな雰囲気になっても、本当のハオとは違う訳で…
なんか嫌だな…
ハオは本気で好きかもしれない、でも惚れ薬のせいだったらどうしよう…
ダメだ、頭の中がぐるぐるしてきた。
「ねぇ、ハオ。ちゃんと意識はあるの?」
わたしは振り向いてハオの顔を見上げた。
抱きしめられてるから、距離が思ったより近くてドキッとした。
「意識あるよ?」
そういってわたしの首元に顔をうずめてきた。
「ちょっと、ハオ……!」
わたしは顔を真っ赤にして、慌てて首を引いた。
だけど、ハオの腕はしっかりわたしを抱きしめたまま。
まるで宝物でも扱うかのような、優しくも力強い抱擁だった。
「ネネの匂い、落ち着く……」
ああもう、これは完全に惚れ薬の効果でしょ?!
ハオのこんな様子、今まで見たことない。
…いや、ないはずなんだけど…
なんだろう、妙にリアルというか、本心っぽいというか……
(本当に惚れ薬のせいだけなのかな……)
そんな思考が頭の片隅をよぎったとき、王子が軽く咳払いをした。
「とにかく、ネネルーナ、今夜は特別室を用意する。君とハオ、そこに一緒にいてもらうことになるけど、外から結界を張って、いつでも介入できるようにするから」
「は、はい……ありがとうございます」
心臓がバクバクしている。
こんなの、もうただの「放課後ゆっくりしよう」なんて気持ちじゃいられない。
けれど、ハオのこんな姿が見られたのは――ちょっとだけ嬉しい。
ちょっとだけ、幸せ。
(でも、これは惚れ薬のせい。勘違いしちゃだめ)
そう自分に言い聞かせた。
だけど、腕の中のぬくもりも、顔をすり寄せてくる彼の頬の感触も、
すべてがリアルで――わたしの胸の奥が、どうしようもなく高鳴っていた。
あと何時間…?
わたし、無事でいられるのかな。
心も、体も――。




