2-2. 仮面の王子と、内緒の説教
仮面をつけた黒ずくめの一団が、静かに店に入ってきた。
その瞬間、ざわついていた空気がピタリと止まり、客たちの視線が一斉にそちらへ向く。
私はすぐ、見つけた。
入り口でキョロキョロと席を探す——ハオ。
「ハオっ!」
思わず声が出た。
店の中で会えるなんて、ラッキー!
私は光の速さで駆け寄り、笑顔で彼の名を呼んだ。
遠くからグループの誰かが「あ〜、あの人がハオね」とひそひそ言っているのが聞こえる。
「ネネルーナ? 君たちもここに?」
「うん。アイドルグループのみんなで来たの。
そっちは留学生チーム?」
「そう。みんな腹ペコで、どこが美味しいのか迷っててさ」
「じゃあ、わたしのお気に入り、教えてあげる。
一緒に座ろ」
彼の返事も待たず、私はハオの袖を掴み、グイグイ引っ張って案内する。
アイドルグループの隣のテーブルに彼を“連行”すると、メンバーたちが他の留学生にも「こっちどうぞ」と声をかける。
ハオにオススメ料理を紹介してから、自分の席へ戻ると、心がふわっと浮かぶ。
学校の外で、こんなふうに会えるなんて——嬉しすぎる。
でも、恋バナはこの後はお預けかな。
他の子たちも、留学生たちのことが気になるみたい。
それにしても、バレンシャンの子たちって話が真面目。
青春祭の話をしてるけど、浮ついた感じはゼロ。
…女子が隣だと話しにくいのかもね。
***
お手洗いに立つと、すぐに声をかけられた。
「ネネルーナ王女様ですよね?」
「はい、わたしです」
実際は“公爵令嬢”だけど、赤い瞳は王族の証。
そのせいでよく王女と間違えられる。
でも、親しみを込めて“王女様”と呼ばれるのは、ちょっと嬉しい。
女性たちが去ったあと、今度は男性5人組に囲まれてしまった。
すると、アイドルメンバーの誰かがぽつり。
「……あ〜あ、また始まった」
「ネネルーナに“捕まっちゃう人”ね」
そんな会話が聞こえてきて、心の中でツッコむ。
「いやいや、向こうから来たんですけど!?」
心の中で全力否定する私をよそに、会話はどんどん進む。
「ネネルーナって、わりと男子引っ掛ける天才だよね」
「それだけ可愛いってことよ」
「ネネのファンサ、最強だし!」
ハオに聞かれたら嫌だなと思っていると、そのハオが——立ち上がって、こっちに向かってくる!?
え、え、まさか助けに来てくれてるの?
ちょっと顔がニヤける!
仮面をつけた黒ずくめの1人が、真っ直ぐ私の方へ歩いてくるその姿は、目立ちすぎるくらい堂々としていた。
「——楽しいところ、失礼します。
そろそろ、公女を返していただけますか?」
静かだけど、芯のある声。
仮面越しでも伝わってくる迫力。
「誰ですか?
なんで仮面なんかつけてるんです?」
と、男性たちの1人が疑いの目を向けた。
「……私は、バレンシャン王国第一王子、レオハルド・バレンシャンです」
一瞬で空気が凍る。
「ミドバーレ魔法学校に留学中で、公女に案内をお願いしていました。
そろそろ戻る時間かと」
私はポカンと、彼を見つめた。
(え、王子って……え?)
場を一気に制した“仮面の王子”の言葉に、男性たちは目を泳がせながら引き下がっていった。
そして彼はそっと、私の肩に手を添えて、お手洗いの方へうながしてくる。
あ、そうだった。お手洗いに来てたんだった!
そのあと、お手洗いの外で待っていてくれたハオを見て、ちょっとドキドキする。
腕を組んで壁に寄りかかってる姿ですら、様になっててカッコいい。
……なんか、デートみたいじゃない?
「さ、戻ろっか」
横を通ろうとした瞬間、腕をぐいっと引かれた。
思わず、彼の胸元にぶつかりそうになる。
「ネネルーナは……
いつも、あんなふうに男に触らせるの?」
低くて真剣な声が、近すぎて、心臓がドクンと跳ねる。
「……あんなふうにって、5人組の?」
「そう。あれは……下心、あったよ」
「え、そうかな。
ただ写真撮ってただけなんだけどな〜?」
とぼけてみせたけれど、ハオは私の肩に手を乗せて、目線を合わせるようにゆっくり屈んだ。
「ネネルーナ、自分のこともっと大事にしなよ。
そんな簡単に触らせるな」
静かなのに、心に刺さる声だった。
『そんな簡単に触らせるな』
——まるで、私の彼氏みたいに言うから、顔が一気に熱くなる。
その時、もう一人の仮面の男が近づいてきた。
「ネネルーナ公女、ごめんね。
ハオがあんな感じで。
でも、あいつ、心配してたんだ。
男には気をつけろって、君に言いたかっただけみたい」
そう言って、リオハルド王子は私の頭をポンと撫でて、お手洗いへ消えていく。
ハオの手が離れた瞬間、私も戻ろうとすると——
「……そういうとこが、無防備なんだよ」
と、小さく呟いたその声に、少しだけ苛立ちが混じっていた。
***
席に戻ると、女子メンバーが目をキラキラさせて迎えてくる。
「ねえ、大丈夫だった!? なんか、ハオ様と話してたでしょ〜!?」
「う、うん…。たぶん、助けてくれたのかな。
あと…男性には気をつけてって、叱られた」
「ちょ、叱られた!?
え、やば……尊っ!!」
「録音してないの!?
もったいな〜!!」
「ででで、なんて言われたの!?
解散後に詳細レポ、ぜったいね!!」
女子たちは顔を見合わせて、キャッキャと盛り上がっていた。
私は、心の中だけで——そっと呟く。
(……ハオって、本当は、何者なの?)
本日21時にも投稿します!




