9-5. ハオ視点: 光なき国に、光をともす者
陽のエネルギーが最高潮を迎えるころ、サーラーン王国エストラーダ公爵のソランティア様の生誕祭が近づいていた。
お祝いムードが高まるその裏で――
バレンシャン王国では、一つの決断が運命を大きく揺るがそうとしていた。
「私の計画に意見があるそうだな」
俺は今、目の前の父上に睨まれている。
まるで天敵の蛇を前にしたイタチのような気分だった。
「父上、計画をもう一度、お考え下さい。」
俺の必死さが伝わらないように、冷静に声を出すよう努めた。
父上をすっと見据える。
目をそらしたら、俺の負けだ…
「その理由を言ってみよ」
俺はゆっくりと一呼吸おいた。
国のために進言するんだ、俺は間違っていない。
そう言い聞かせて…
「潜入任務は順調です。
エストラーダ家の王女――ネネルーナは、私を完全に信頼しております。
彼女を通して、王城の内部情報、王族の動向、魔法戦力の編成、すべてが把握可能となってきました。
母マミーナの力の秘密にも、近づきつつあります。
今動けば、この貴重な情報源を断ち切ることになります。」
父上は沈黙している。
でも、俺は続けた。
「そして――外交的にも、リスクが高すぎます。」
「……ふむ?」
「使節団の派遣により、両国間の関係性が良くなっています。ここで サーラーン王国に攻め入れば、確実に反発し、せっかく築き上げた関係にも亀裂が生じます。」
「……」
「さらに……父上が御用いになられる“禁術”。
事件を起こすことで、これまで以上にバレンシャンに目が向けられるでしょう。
万が一、禁術の存在が露見すれば――
我が国は魔物を操る『異端の国家』として、父上の最終的に成し遂げたいことが難しくなる可能性が高まると思いませんか?」
静寂のあと、父上は重く口を開いた。
「ほう……我が息子ともあろう者が、ずいぶんと口が回るようになったな。」
ゆっくりと立ち上がり、階段を下りてハオの前に来る。
「ふん……お前の論は、道理は通っている。だが――“好機”というものは、待っていれば永遠に訪れるものではない。」
「ですが…」
「私はもう決めたのだ。お前もやると決めるのだ。信じているぞ。我が息子よ。」
最後の言葉が俺に重くのしかかった。回避することはできなかったか…
俺の力不足を痛感した。俺は、どうすればいいんだ…
*
ミドバーレ魔法学校に戻り、使節団の仲間たちに父上とのやりとりを話した。
俺は、この2年で彼らと信頼関係を築いてきた。
俺たち10人は、サーラーン王国へのスパイとして選ばれた精鋭だった。
最初はただ、同じ任務を遂行するだけの存在だった。
だが、共に過ごすうちに、互いを信じ、支え合える仲間になっていた。
俺自身も、最初はバレンシャンの命令に従っていた。
だが、サーラーン王国の人々と出会い、関わり、心に触れる中で――
「バレンシャン王国を好き勝手に蹂躙させるわけにはいかない」そう思うようになった。
俺が国を導く立場に立つのなら、責任をもって未来を選ばなければならない。
罪悪感を抱えながら、違和感を押し殺して、悪に手を染めながら治めるような国に、俺はしたくなかった。
だから、何度も何度も訴え続けた。
俺の話を聞いた仲間たちは、しばらく沈黙していた。
そのあと、小さくつぶやくように言葉がこぼれた。
「俺たちも……そう思ってた」
「信じてます」
そして、一人の仲間が、ゆっくりと口を開いた。
「実は……俺も。俺が強くなりたいと思ったのは、弟が事件に巻き込まれたときだった。あのとき、無力で何もできなかった自分が悔しくて、絶対に強くなるって決めたんだ。守れる存在になりたいって」
その真剣な眼差しに、胸が熱くなる。
「俺は、誰かを傷つけるために強くなったんじゃない」
その言葉が、静かな部屋に真っすぐ響いた。
他の仲間たちも、うなずいていた。
彼らが俺に賛同すること、俺の考えを知ることで、危険にさらされることは分かっている。
だからこそ、伝えたかった。
俺の想いを。
そして、彼らの本当の気持ちを知りたかった。
もし俺に反対するなら、裏切ってくれても構わないとも言った。
それでも「一緒に行く」と言ってくれた仲間たちだ。
命を懸けてでも、俺が守らなければならない。
そして、サーラーン王国の人々も。
そんなことを考えていた時、不意にあのときの言葉がよみがえった。
緑夏のコテージで、アドリアン様が俺に言った言葉――
『お前は、一人で背負い込みすぎだ。もっと身軽になれ。自分の心に忠実になれ。そうしないと、大切なものも守れないぞ』
当時は、正直よく分からなかった。
でも今なら、少しだけ分かる気がする。
俺は、守りたいものを守る。
仲間、サーラーンで出会った人々、そしてバレンシャンの民も。
心に一本、まっすぐな剣が立ったようだった。
ぶれない軸。
揺るがない信念。
俺はもう迷わない。
己の心に従い、己に誇れる人物になる――それだけだ。




