8-14. 恐怖を超えて、歌を
オーディション中止のアナウンスが、魔法を通して会場に響き渡った。
……そんな。
ステージの照明が落ち、ざわめく空気が一瞬で静寂に変わる。
わたしは立ち尽くした。
目の前にあったはずの夢のステージが、音もなく崩れていくようで——。
どうして、こんな時に……
でも、心の奥で何かが声を上げた。
——今だからこそ、やるべきなんじゃないの?
わたしは迷いを振り切って走り出した。
審査員席に駆け寄り、息を切らしながら叫ぶ。
「すみません!お願いがあります!わたしたちに、ステージ発表のチャンスをください!」
驚いた様子の審査員たち。
誰かが静かに首を横に振った。
「……今はその時ではありません。会場は混乱していますし、日を改めるべきでしょう」
わたしはその言葉を真正面から受け止め、それでも目を逸らさなかった。
「だからこそ、なんです」
心臓がドクンと鳴る。
怖い。でも、言わなきゃ。
「恐怖で会場が満ちている今だからこそ、わたしたちは希望を届けたいんです。誰かの心を少しでもあたためたい。アイドルとして、伝えたいことがあるんです」
審査員たちは顔を見合わせる。
わたしの想いが届くかどうかは、今この瞬間にかかっていた。
すると、背後から仲間たちの声が響いた。
「30分だけ時間をいただけませんか?その間に、わたしが怪我人を治癒します」
「わたしは会場を修復します。パフォーマンスの準備も、全部わたしたちでやります」
「できること全部やるので、どうか……この機会をください!」
その声に押されるように、審査員の一人が静かに頷いた。
「……わかりました。あなたたちを信じましょう」
魔法アナウンスが再び響いた。
「会場にお越しの皆さまへお知らせです。30分後、最後のグループによるステージ発表が行われることになりました」
会場がざわつく。
「こんな事件のあとに?」
「無理だよ、そんな気分じゃ……」
不安と戸惑いの声があちこちから聞こえる。
でもわたしは、自分のできることに集中した。
仲間と一緒に会場の修復を進めていると、騎士団の方々やレオハルド王子、ハオまでもが手を貸してくれていた。
そして——
「ネネ、それでこそ、わが妹だ」
お兄様が聖獣に乗ってやってきて、あたたかな声で言った。
「俺はネネの決断と行動を信じるよ。一緒にやろう」
その言葉に、胸が熱くなった。
*
そして、30分が経った。
ステージの照明が落ちる。
場内が再び静寂に包まれた——その時だった。
雷光が、夜の空間を鮮やかに切り裂く。
わたしの魔法が走り、一筋の稲妻が会場を照らした。
歓声があがる。
でも、どこか違っていた。
いつもの興奮ではなく——
不安を吹き飛ばすような、共鳴するような、力強い声。
……そう。
これが、わたしたちの使命。
恐怖の影が濃くなった今こそ、アイドルの光が必要なんだ。
わたしは胸に手を当て、祈るように歌の魔法を練り上げた。
希望を届ける。
たとえわたしの声が震えても。
震える心を押しとどめ、ステージ中央から聖獣に飛び乗る。
頭上からの登場に、歓声が広がる。
雷光と共に降り注ぐのは、キラキラと輝くクリスタルシャワー。
攻撃ではない。
希望の魔法。
観客が顔を上げ、目を見開く。
光に包まれる空間。
ステージの仲間たちが次々と照らされ、光の輪の中に立っている。
怖くない。
この視線が、今は温かい。
わたしは歌う。踊る。願う。
誰かの心に灯りをともすように。
誰かの涙をぬぐうように。
雷のエネルギーを声に、動きにのせて。
——わたしは、アイドルになりたかった。
ただ目立ちたかったわけじゃない。
悲しみに沈んでいたあのとき、誰かのパフォーマンスがわたしを救ってくれた。
だから今度は、わたしが——届ける番なんだ。
観客の中で、誰かが手を握りしめるのが見えた。
誰かが、涙を流しながら笑ってくれた。
届いてる……。
ステージの最後、音が止まる。
その中で、静かに拍手が鳴った。
ひとつ、またひとつ。
やがて、会場全体が大きな拍手の渦に包まれる。
希望は、きっと消えない。
今この瞬間だけでも、人の心はひとつになれる。
わたしたちの光が、誰かの明日を照らすことができるなら——
わたしはこの先も、踊り続ける。
希望を信じる者として。




