8-13. 踊るはずだった、その瞬間に
いよいよ本番当日。
わたしたちはメイクもヘアセットも終わり、衣装を着て、準備万端で審査に臨む。
メイクもヘアも、まるでおとぎ話の中の自分みたいで。
キラキラのライトが、わたしの夢を照らしている気がした。
アイドルになったら、一つ一つに時間をかけて、こうやって最高の舞台を作っていく。
実際に体験できて、アイドルという世界の一面を見せてもらえて心が躍る。
わたしの意識がこの世界を作っているとしたら、きっとわたしの夢の実現はもうすぐ。
気を抜かないように、最後まで踊り切ろう!
わたしたちのチームは最後に発表することになった。
どのチームにも色があって、運営側のチーム分けの意図が見えてくる。
きっとわたしたちの「チャレンジする姿勢」を見たがっている。
そして、可能性を広げようとしてくれている。
わたしにとって新しいこと、吸収することばかりで正直苦しいと逃げたくなる瞬間もあったけれど、それを乗り越えてどう表現するのかを見たがっているのかもしれない。
そう気づいたとき、わたしはまさに、しっかりと流れに乗れていると思った。
あとは、自分を信じるだけ。
わたしたちの番がきた。
5人で円陣を組んで舞台へ駆け出していく。
心躍る心臓を感じながら、音楽が始まる瞬間を待った。
ー ドーン
まるで世界そのものが悲鳴を上げたような、耳をつんざく破壊音と爆風がおきた。
ステージの上で立っていたチームメイトが倒れた。
わたしはしゃがんでいたから、倒れたチームメイトをなんとか支えた。
なんてこと…!
みると、巨大な魔物が会場の一部を破壊して、観客席のほうにいる。
会場の空気が凍りつき、誰もが息を呑んで動けなかった。
この会場は保護の結界魔法が張られているはずなのに、それを壊して侵入できるほどの魔物なの…
魔物は赤い目をぎらつかせながら、会場を見渡している。
その魔物がピタッと動きを止めて、こっちを見た。
わたしは嫌な予感がした。
地面がとどろくような大きな声を出し、こちらに飛んでくるのが見える。
まずい…!
こんな強力な魔物、わたしたちではひとたまりもない。
転移魔法で少し離れたところへ行くことならできるけど、それだとチームメイトを置いて逃げることになる…
どうしたらいいの…
わたしは自分の使える雷型の魔法で一番威力の強い魔法を放った。
魔物には当たったが、ひるむことなくこちらへ向かってくる。
防御の壁が、魔物の咆哮とともにバリバリとひび割れていくのが見えた。
まるでガラス細工が砕けるように…
時間の問題だった。
警備の魔法使いたちも攻撃を放っているけれど、そちらには見向きもせず、一直線に魔物が迫ってきていたー
どうして…もしかして、この魔物はわたしを狙ってる…?
わたしの勘が頭の中で警鐘を鳴らしている。
凍冴の曇った空を引き裂く稲妻が鳴り響いた。
その瞬間、その光の中から現れたのは――ハオだった。
白銀の雷が、彼の周囲をまとうようにきらめいている。
「間に合った…!」
強力な雷魔法が魔物に直撃し、魔物にダメージを与えることができたみたいだ。
みると、レオハルド王子と一緒に聖獣に乗ってハオがやってきていた。
騎士団の姿もみえ、お兄様もかけつけてくれたようだ。
あの雷の魔法は、きっとハオのものに違いない。
魔物はすぐに体勢を立て直した。
あれほど強力な攻撃だったのに、すぐに立て直すなんて…
この魔物、普通の魔物じゃない。
でも、なんで、こんな魔物が急に現れたんだろう…
レオハルド王子とハオはわたしたちの傍にさっと降り立った。
ハオはわたしに駆け寄り、「もう大丈夫だよ」といってお姫様だっこをしてくれた。
ハオに抱かれて、わたしはふっと自分の顔に熱が上るのを感じた。
他のチームメイトたちも、騎士団の人に安全なとこへ運ばれていく。
多分わたしたちは、知らぬ間に腰が抜けてしまってたんだと思う。
魔物から死角になる場所にわたしたちを運ぶと、
「効果があるといいんだけど…あいつの狙いはきっと…」
と言いながら、ハオが虹色ベールをかけてくれた。
そして、保護の結界も何重にもかけてくれた。
戦いにすぐに戻ろうとするハオをみて、とっさに腕をつかんでいた。
「ダメ、ハオ。行かないで。」
わたしを一瞬見つめた後、下を向けていた瞳がわたしをじっと見据えていた。
「へえ、心配してくれるんだ?可愛いとこあるじゃん。でも安心して。俺、実はこう見えて最強だから。」
こんな状況なのに、微笑んでわたしに伝えると、そのままハオは行ってしまった。
何を考えているのかわからない。
こんな危険な時に、安心して送り出せる人がどこにいるのよ!
わたしも力になりたかったが、足手まといになることは目に見えていた。
騎士団の人たちも来たし、ハオが張ってくれた結界の中で状況を見守る。
騎士団の人たちは、番同士だからできる特殊な魔法を繰り出していた。
この魔法は他の魔法と違って、全身が光り輝くのだ。
威力が強く、魔物へのダメージも大きそうだった。
このまま魔物を倒せるかもしれない。
みんなが無事でいてくれますように…
わたしが強く願っていると、ハオとレオハルド王子も全身が輝き始めた。
…あれ?もしかして…?
空気が震え、肌にピリピリとした圧が走った。
紫の光は空を裂く稲妻のように交差し、二人の力がひとつになって炸裂した。
あの光。あの共鳴。
わたしにも覚えがある。
――番同士にしかできない、あの魔法。
でも、なぜハオと…レオハルド王子が…?
その魔法は魔物に直撃し、最後のとどめは騎士団がしていた。
魔物の姿が消えて、煙だけが空へと上がっていく。
静けさが会場を包み込む。
観客席には、涙をぬぐう人、呆然と立ち尽くす人、怯えきった子どもたちの姿があった。
わたしの胸にも、まだ恐怖の残り香が焼きついている。
だけどそれ以上に、こみ上げてくるものがあった。
「わたしたちは……踊るはずだったんだよ」
ぽつりとつぶやいたその言葉に、涙が滲む。
でも、心の奥で何かが静かに灯る。
震える手をギュッと握る。
怖い。
けれど——それでも。
誰かが、希望を届けなきゃいけない。
誰かが、「大丈夫だよ」って、笑って見せなきゃいけない。
なら、わたしがやる。
今、わたしにできる精一杯で——もう一度、ステージに立とう。




