8-6. 揺れる視線、気づかぬ心
公開オーディションでの審査一つ目は、自分を一番魅せる魔法を披露することだった。
これまでは歌とダンスだけだったが、これからは魔法技術も評価になる。
そして、この審査では、自分の魅力がわかっていて、表現できるのかが問われていると感じた。
私は雷型だから、水型の魔法使いに比べると美の観点では劣ってしまうかもしれない。
雷型って力強いとか派手って言われるだけで、繊細さや表現力では評価されにくい気がする。
アイドルとして、そんな魔法でどうやって魅せられるんだろう…。
この課題が出てから、ひたすら考えているが、なかなかピンとくるアイデアが浮かばなかった。
発表までの準備もあるから、早めに決めてしまいたいのだけれど…
朝からダンスの自主練をしながら、思いを巡らせる…
はぁ…一人だと行き詰まっちゃったから、誰かに相談しようかな…
青春祭のアイドルグループで踊った曲を流して、全力で踊る。
わたしの頭よ、ひらめけ〜!
すると、この曲に合わせて掛け声が聞こえた。
パッと振り向くと、アレキ先輩だった。
ふふ、掛け声もしてくれるなんて、ノリいいんだな。
ニコッと笑ってアレキ先輩にペコっと挨拶した。
最近、自主練でちょこちょこ一緒になるんだよね。
アレキ先輩も無事に公開オーディションへ進んでいた。
アレキ先輩は一次審査で何を発表するんだろう…
参考になるかも知れないし、聞いてみようかな。
「アレキ先輩、おはようございます。アレキ先輩は、オーディションの課題で何をするか決まりました?」
笑顔を向けて、興味津々で聞いた。
「俺はカメラパフォーマンスをするよ。カメラワークに瞬時に気づいて、水魔法を放つ予定。ウケも狙ってる。ははは」
少し照れながらウケを狙うというアレキ先輩。
ちょっと照れてる。
「え〜何それ!すっごく気になります!いいですね」
「ネネルーナは何するの?」
「わたしはまだ何をするか決まってなくて…もうそろそろ決めないとなんですけどね…焦ってます」
「そうだよな、練習の期間も考えると、そろそろ決めたいよね。何がいいんだろう…」
一緒に考えようとしてくれるアレキ先輩の優しさが嬉しかった。
でも、先輩の自主練の時間を邪魔したくないな…
「先輩、自主練しに来たんですよね。貴重な時間なので、わたしのことは気にせず練習してくださいね。わたしはまたダンスでもしながら閃く瞬間を待ちますので」
そう言って、気を遣わせないようにわざと元気にアイドルポーズをアレキ先輩にすると、
「ごめんな、あんまり力になれなくて。何かアイデアあったら、俺も伝えるわ」
謝ってくれるなんて…いい人すぎるよ、先輩。
さあ、またダンスしようかなと曲を再び流そうとしたら
「そういえばさ…ちょっと言いたかったことがあるんだけど…」
「…ん?なんですか?」
「3年生の秋ごろ、朝の練習終わりに、水のボトルが置いてあった日、あったよね?」
「……ありました!でも、誰が置いたのか結局わからなくて」
「……それ、俺なんだ。あのとき、なんか…声かける勇気なくてさ。応援してるって、そういう形でしか伝えられなかったんだ」
そうだったんだ…!
……あのとき、あの水を見て、不思議と心が温かくなったのを覚えてる。
誰かが応援してくれてるって、感じたんだ。
「……そっか。ありがとうごさいます。うれしいです」
「俺、ずっとネネルーナのこと応援してるから…一緒に頑張ろうな」
アレキ先輩の手が伸びてきて、わたしの頭をくしゃっと撫でた。
突然のスキンシップに少し驚いたけれど、なんだかお兄ちゃんみたいで安心する。
思わず、にこっとしてしまう。
そのときだった。
「ネネルーナ!」
少し低めの、でも聞き慣れた声がホールに響いた。
わたしはその声を聞いた瞬間に、顔が勝手にほころぶ。
振り返ると、やっぱりハオだった。
ホールの入り口に立っている。
でも、なんだろう…
どこかピリッとした空気を纏ってる?
「あれ?ハオ!どうしてここに?」
笑顔で手を振ってみるけれど、ハオはほんの一瞬だけ目を伏せ、すぐにまた私を見た。
…気のせいかな?
少し眉が寄ってるようにも見える。
「レオハルド王子がネネのこと呼んでる」
えっ、ネネ!?
今、初めてそう呼んだ…!?
うれしさで心臓がドクンと跳ねる。
でも…なんだろう、声が少し硬い。
わたしが慌てて荷物をまとめる間、ハオは入り口から一歩も動かず、無表情でこちらを見ていた。
その手が、ぎゅっと握られていることには気づかなかった。
「じゃあ、行ってきます!」
アレキ先輩に手を振って、ハオのもとへ駆け寄る。
わたしが近づいても、ハオは目を合わせようとしなかった。
ハオ、急いでるのかな?
先にすたすた歩いて行ってしまうから、わたしも走って背中を追いかける。
「ねえ、ハオ。レオハルド様、なんでわたしを呼んでるの?」
「は?知らない…」
「え…?」
思わず立ち止まって見上げると、ハオは少し唇を噛んでいた。
やっぱり、さっきから様子がおかしいような……
でも理由はわからない。
「…アレキ先輩には、笑って相談できるんだな」
その言葉は、わたしの胸にストンと落ちた。
ハオの横顔は、まるで怒っているようで、でも寂しそうにも見えた。
視線はわたしを見ていない。
わたしにじゃなく、自分の内側に向かっているようだった。
「ネネルーナ、もっと俺を頼れよ」
急に立ち止まって真剣な表情をしながらハオは言った。
ハオの紫の瞳がゆれる。
「そっか、わたしが審査の課題で悩んでることにハオは気づいてたんだね…」
言い方は相変わらず不器用だけど、わたしの力になりたいと思ってくれている、そのハオの気持ちが伝わって心が温かくなった。
ハオはいつもわたしの心に灯をくれる人。




