8-5. ハオ視点:護衛として生きられたらよかったのに
ネネルーナがオーディションに向けて忙しくしている間、俺もバレンシャン王国との行き来が増えていた。
普段は勘の鋭い彼女も、今は自分の夢に集中しているようで、それが正直、ありがたかった。
俺の留学も残り1年を切った。
今のうちに、できる限り情報を集めておきたい。
最近は、他の使節団のメンバーとも、以前より密に情報共有をしている。
仮面を外してからというもの、サーラーン王国の人々との距離がぐっと縮まったのを感じる。
最初は身元を明かすことに反対だったが、今となっては、危険はあれど、正体をさらしてよかったと思っている。
俺がネネルーナの護衛になったことは、早々に父上へ報告してある。
もちろん、彼女の母マミーナ様に関する“国家機密”については一切伏せた。
父上は俺の「社交術」を高く評価している。
フレンドリーではないが、人の信頼を得やすいと我ながら思う。
人の心を読み、懐に入り、信頼を勝ち取る──父上にとってそれは、何よりも価値のある技術だ。
だから、俺がネネルーナの護衛になったと聞いても、何の疑いもなくこう言った。
「よくやったな。元王族の娘である公女様に取り入るとは、さすがだ。」
──その言葉に、思わずムッとしたことは、胸の中にしまっておいた。
ネネルーナは、モノじゃない。
取り入る「対象」でも、支配する「駒」でもない。
父上は昔から、人を利用することに長けている。
信頼を装い、巧みに操り、駒として使う。
それを「能力」だと信じて疑わない。
俺はずっと、その姿に違和感を抱いてきた。
でも──
父親に逆らえば、俺なんて一瞬で“駒”から“不要物”に成り下がる。
俺は、父親にとって、ただの「道具」にすぎないのだ。
ネネルーナを大切に思う気持ちと、その家族を裏切っているという罪悪感。
その狭間で、何度も心が引き裂かれそうになる。
けれど今は、自分の想いよりも──やるべき使命に集中しなければ。
卒業後、アドリアン様が騎士団に入ったと聞いた。
彼に下手に嗅ぎつけられぬよう、細心の注意を払わなければならない……。
*
定期報告のために王宮へ戻ったある日、父上は珍しく上機嫌だった。
──嫌な予感がした。
父上はかねてより、魔導兵器の開発や、魔物との“禁術契約”について調べていた。
その目的は──民を守るためではなく、「恐怖で支配する」ためだ。
バレンシャンは軍事国家としての繁栄を誇ってきた。
だが、その裏では、民衆の感情を操作し、争いを誘発することで、軍事産業を発展させてきたという事実がある。
民の命さえ、国家の燃料に変える。
それが、この国の本質だった。
父上の口から出る言葉を待つ時間が、やけに長く感じられた。
「そろそろ、魔物との禁術契約が実現しそうだ。
意思を持つ魔物が生まれれば、我らの意のままに操ることができる日もそう遠くないだろう。」
──心臓が冷たくなるのを感じた。
自分の父ながら、本当に“人間”なのか疑ってしまう。
これはもう、人の皮を被った“悪魔”じゃないか──そんな錯覚さえ覚える。
マミーナ様に許可を得て閲覧した禁書『エテ・コリントスの封印記録書』を思い出す。
あれに記された“意思ある魔物”の恐ろしさを知っているからこそ、なおさら、父上の言葉に背筋が凍った。
だが、恐怖はそれで終わらなかった。
父上は、さらなる爆弾を落としてきた。
「それからもう一つ、有力な情報を手に入れた。
お前が護衛している娘の母親であるマミーナ・エストラーダ──彼女は二つの魔法属性を持っているそうだな。」
──息が止まりそうになった。
なぜ、それを……。
俺は一言も漏らしていない。
ならば、父上は……独自に、情報を?
背中に冷たい汗が流れる。
「お前、護衛という立場でいながら、それに気づかなかったのか?」
父上の視線が鋭くなる。
──まずい。
疑われている。
思考がフル回転する。
ここは、とぼけるしかない。
「……マミーナ様が二属性持ちだったなんて、正直、信じられません。
確かに、ネネルーナ嬢との会話から情報を取ろうとはしていましたが……」
「まあ、国家機密だからな。
そう簡単に得られるものでもないだろう。」
父上は、俺の返答に納得したようだった。
それでも、内心では焦りが止まらない。
──俺が背負わされている役目が、今はただの鎖にしか思えなかった。
その事実が、呪わしくてたまらなかった。




