7-5. ハオ視点:あの夜、俺だけが知っていたこと
ルートが「特殊花火の魔法陣を紙に書いてきた」と言ったとき、
なんて準備のいい弟だろうと、俺も微笑ましく思った。
きっと誰かに手伝ってもらったのだろう。
難しい魔法陣を一人で描けるほどの力は、まだルートにはないはずだった。
……そう思っていた。
あの魔法陣を見るまでは。
淡く青白い光とともに浮かび上がった複雑な紋様
——その瞬間、脊髄が警鐘を鳴らした。
脳が、肉体が、すべてが叫んでいた。
これは、花火なんかじゃない。
魔物召喚陣——それも、最悪の類だ。
10体同時に倒さなければ永遠に魔物が湧き出すという、封印級の魔法。
幼い頃、俺に叩き込まれた数々の魔法陣のひとつだった。
忘れるはずがない。
父上が「覚えろ」と言った時、「こんなもの使う機会などない」と思った。
なのに今、それが弟の手にある。
偶然で済ませるには、できすぎている。
時間がない。
考えるよりも先に、俺は雷魔法を放っていた。
轟音が夜空を引き裂き、魔法陣の紙が焼き尽くされた。
同時に爆風が起きる。
ルートが巻き込まれる——そう思った瞬間、俺は身体でルートを守るように覆いかぶさっていた。
周囲のざわめきが聞こえた。
皆が駆け寄ってくる。
俺は立ち上がり、表情を整えた。
「ちょっと、火薬の量が多すぎたんだ。特殊な花火って言ってたから」
そう言って、ルートの頭に軽く手を置いた。
「ルートの失敗じゃない。大丈夫だ」
と、笑って伝える。
……多分、俺は上手くごまかせた。
だが、胸の中に渦巻くのは怒りだった。
この召喚魔法陣——間違いない。
バレンシャン独自のもの。
しかも、俺たちの一族でも限られた者しか知らない高度な魔法だ。
父上……まさか、本当にルートを利用したのか。
送り出す時、妙にあっさりしていたのが気になっていた。
「遠足気分で行ってこい」なんて言葉、父上らしくもないと思っていた。
さすがに幼い弟を駒に使うことはないと信じたかった。
けれど——やっぱり、そういうことか。
……いや、試されているのは、きっと俺だ。
弟を守れるか。
使命を見誤らないか。
自身の立場をわきまえた判断力と忠誠心。
それを見ている。
仕掛けてくるとは思っていた。
でも、弟を巻き込むなんて、許せない。
ルートはこの爆発を、実家に帰ってから父に報告するだろう。
その時、父が何をするか。
ルートがまた利用されるかもしれない。
記憶を……消すべきか?
そう思った。
でも、手を止めた。
弟に嘘をつくことは、父と同じことになる。
……それだけは、どうしてもできなかった。




