7-3. ハオ視点:剣での語り合い
次の日の朝、俺はピキっと目が覚めた。
一人外へ出ると緑夏の朝の涼しさが心地いい。
すると、どこからか剣がぶつかる音が聞こえる。
音の方へ行ってみると、アドリアン様とマミーナ様が手合わせをしていた。
元騎士団のマミーナさまの剣さばきは迫力があった。
芯がぶれない、力強いものだった。
普段は穏やかで優しい方だからこそ、ギャップが大きい。
二人は俺に気づいて声をかける。
「おはよう。ハオ君は早起きだな。どうだ?俺と手合わせしないか?」
「おはようございます。手合わせいいですね、ただ少し時間をください。」
アドリアン様からの提案が素直に嬉しい。
ただ、寝起き一発目からこんなに激しく動いたら、怪我しそうだから、少し時間をもらおう。
「実践では準備の時間なんてないぞ」
そういって俺の肩に手をポンと置き、アドリアン様から笑顔で言われた。
俺が準備しようとしてること、お見通しかよ…
アドリアン様を見てると、ネネルーナと似てるなと思った。
兄の笑顔で、ネネルーナを重ねてしまうなんて、俺も重症だなと自分で思う。
俺はやるべきことが山積みなのに、これでいいのかと自分にツッコみをいれたくなる。
ルークのことも気になっている。
父上はどういう意図でルークを送り込んできた?
純粋に思い出作りか…?
こうやって疑い深くなってしまう自分に気付くたび、天真爛漫で素直なネネルーナがまぶしく感じてしまう。
ルークは俺にとって大切な弟だ。
ルークは無邪気に笑うが、その裏に何かを隠していたらと思うと、俺の心はざわつく。
ネネルーナを傷つけてしまうのは避けたい。
9歳だから、そんなことはないと思うが…信じたい。
でも、俺はもう、ただ信じるだけでは守れない立場にいる。
さっと準備をしてから手合わせをお願いした。
アドリアン様の顔から笑みが消え、真剣な表情になる。
サーラーン大国のアドリアン様と手合わせできるなんて、この上ない機会だ。
俺も本気でさせてもらう。
アドリアン様の剣さばきは、無駄がなくてスマートで美しかった。
戦いながら彼の隙を探すが、そう簡単に見つからない。
さすがだな…!
剣を交わしながら、ふと横目でマミーナ様を見ると、真剣なまなざしでこちらを見ていた。少しも目を逸らさず、全てを見届けようとしているような目だった。
俺もスマートな戦い方をやめて、バレンシャン流で行かせてもらうか…
バレンシャンは勝つことが目的だから、剣さばきは少々荒っぽい。
力技も多い。
俺はスイッチを切り替えて、戦い方を少し変えてみた。
アドリアン様は俺の変化に気づいたのか、そこにも臨機応変に対応してくる。
金属のうなりが、朝の空気を切り裂いた。
額から伝った汗が、首筋をすべり落ちていくのを感じた。
楽しいなと思った。
こんなに本気でぶつかれる相手に出会えたことが久しぶりだった。
剣が重なった時、アドリアン様が
「お前、楽しそうだな」
と言ってきた。
…俺が楽しそう…?
確かにそうかもな…!
幼少期に、ただ強くなりたくてただ必死に訓練に励んでいた日々を思い出した。
楽しいなんて言葉、戦いで使うのは久しぶりだ。
相手の隙を見つけようとやっきになり、戦い方も変えてみて、初めての相手と剣を合わせる。
相手の出方もわからないから、それがいい刺激になっている。
「楽しませてもらいますよ」
俺は一気に足を踏み込み、土がわずかに跳ねる。
相手にたたみかける瞬間だ、と体が本能で動き出す。
決まった!と思い、俺は相手に当たる前に剣を止めた。
しかし、アドリアン様の剣も俺の前でピタっと止まっていた。
チッ、引き分けか…
「ありがとうございました。」
互いに礼をしたあと、水分補給へ行こうと思ったら、後ろから呼び止められた。
「ハオ!」
今までハオ君だったのに、ハオと初めて呼ばれた。
振り返るとアドリアン様は汗を拭いながら爽やかな笑顔で俺に伝える。
「今の手合わせ、お前らしさが出ていて良かったぞ。」
「それは…ありがとうございます。」
気軽に礼を言うと、アドリアン様は手合わせの時のようにまた真剣な顔になって言ってきた。
「お前は、一人で背負いこみすぎだ。もっと身軽になれ。自分の心に忠実になれ。そうしないと、大切なものも守れないぞ」
また俺の肩にポンとたたくと、アドリアン様はマミーナ様の方へ戻っていった。
「…もっと身軽に…か」
俺が背負っているものを、何か感じとったのか…?
あの一言に込められた真意をつかみたいと思ったが、今の俺は全て理解できたわけじゃない。
それでも、胸の奥に小さな熱が灯った気がした。
それは、まだ言葉にならない。
けれど、きっと俺を変える何かになる気がした。




