5-1. 空から落ちて、腹筋に恋をした
今日から第五章です!
昼間は緑夏の暑さが残る中、朝は紅秋の風が吹き始めた頃、わたしの魔法学校での生活も3年目を迎えた。
わたしはいつも早朝に練習をしている。
朝の時間は、全面鏡のダンスホールを独り占めできるから。
曲に合わせてダンスをするのも好きだけど、基礎を大切に、基礎に忠実に練習をしていく。
最初は納得いく動きができなくても、練習をしていくうちに、少しずつできるようになっていく感覚が好き。
でも、アイドルになりたい!と周りに宣言はしてるけど、頑張ってるところをアピールしたいとは思わなくて…朝に一人で練習するのが好きなんだよね。
寮に戻って、シャワーを浴びてから学食へ向かうか~なんて考えて、ダンスホールからでると、新しい水のボトルが置いてあった。
あれ?このボトル、練習に来たときは無かったんだけどな?
だれかが差し入れしてくれたのかな?
こんな優しい気づかいができる人って素敵。
わたしもこんな人になりたいなと思った。
さあ、今日は雷型の実践練習がある。
ハオも参加するって言っていたし、同じ授業が受けられるからルンルンしちゃう。
急いで朝の準備をしなくちゃ、と寮への足を早めるのであった。
*
雷型の実践練習の授業が始まった。
前までは攻撃魔法の勉強なんて、最低限できればいいと思ってた。
でも、今は違う。
わたしの気になる人、ハオと一緒の授業なもんだから、わたしも気合いが入っちゃう。
ハオは5年生だし、バレンシャン王国からの留学生だから、攻撃魔法が得意。
バンバン繰り出していく姿とか、スピードが速い動きとか、とにかくカッコいい。
ずっと見てたいって思う。
わたし、雷型で本当に良かった!
わたしはそんなハオから学べる、またとないチャンスを逃すわけない。
「王女さん、自分の身は自分で守れるくらいにはなったらどう?」
と言われた時に、勉強スイッチが入ったのだ。
もちろん、ハオ先生にだけですが!うふふ。
アイドルでも、戦えるに越したことはないよね!
今日の実践は空中戦だった。
自分を浮かせながら、同時に攻撃魔法もしかけるというもの。
1年生の時、最低限の学びでとどめていたわたしにとっては、かなり難しい。
2年生になって、ハオと同じ授業を受けるようになってから、前よりは真面目に魔法の学びもするようにはなったけれど…
同時に魔法を操るのって、やっぱり難しい…
こんなに集中力がいるんだ…
攻撃魔法が得意な人でも、浮遊させながら攻撃するとなると話は別になる。
上級生の中でも、上手い人と下手な人の差が激しいと思った。
わたしはハオの隣をキープして、コツを教わる。
何なくやっちゃうハオがカッコよくて、ますます好きになってしまう…。
集中力がただてでさえ大切なのに、こんなカッコいい人の横になってたら、集中するのも難しいですわ…と開き直ってた。
ハオはそんなわたしを見て
「練習する気あんの?」
と、腕を組んで睨んでいる。
じとーっと見てきている顔すらかっこいい。
彼の瞳にわたしが映ってるから、良しとしよう!と、自分の中でよくわからない嬉しさも感じる。
「練習する気満々だよ!ほら、こうやってするんでしょ?」
と、ハオの横でキャッキャしていたら、その次の瞬間、誰かが放った攻撃魔法がわたしの足元をすくった。
はっとバランスを崩して、わたしの集中力が一瞬で途切れる。
ドーンと地面に落下した。しかも、ハオを巻き添えに。
ハオは仰向けで、ハオのお腹当たりにわたしの頭があって、わたしはうつ伏せで倒れた。
幸い、頭を打つことはなかった。
ハオがお腹で受け止めてくれた。
嬉しくなって、きゃっとハオのお腹に手を回す。
鍛えられた筋肉に力が入るのがわかった。
引き締まった体なことが、服の上からもわかる。
バレンシャンの使節団がアイドル化したあとに、ハオ直々に助けてと言われたもんだから、わたしは遠慮なくハオにいけるようになったのだ。
はぁ、幸せ…
「破廉恥だぞ。早く離れなさい。」
仰向けの状態から、顔を上げてハオが怒ってくる。
ハオをもっと怒らせたい。
だって、こんな状況、最高すぎるから。
「やだー。ずっとこうしてる。」
わたしはお腹に顔をすりすり当てる。
お腹のところでも、彼のシダーウッドの香りがしてたまらなくなる。
「王女さま、今、自分が何をしてるかわかってる?」
ハオの声が低くなってる。
ヤバい?
これ、ほんとに怒らせた?
顔を上げてハオを見ると
「そこに、何があるかわかってる?」
そう言って人差し指でお腹あたりを指す。
「何って…このたくましい腹筋のこと?」
わたしが嬉しそうに答えると
「違う違う。
そのもっと下。
男性にとって、とても大切なものがあるでしょうよ」
呆れたとばかりに、もうわたしを見ずにどこか見てる。
どこって…と指の差した方を見て、わかった。
あ…大切な…
「…察しました…」
腹筋に気を取られすぎてました。
ごめんなさい。
と心の中で謝ってすぐに起き上がった。
「わかればよろしい。」
そう言ってわたしが起き上がった後で、ハオも起き上がる。
わたしは後からだんだん恥ずかしくなってきた。
そういえば、顔を埋めてた時、腕に何かが当たったような?当たってないような?
わたし、破廉恥すぎない…顔に湯気が登っていく。
「さあ、また練習するよ」
私の肩をそっとたたくと、ハオに練習の再開を促される。
わたしはこの緊張した気持ちを打ち消すために、次はちゃんと集中しようと心に決めるのであった。




