4-6. 推しと呼ぶには、近すぎた
バレンシャン王国のメンバーが仮面を外して一週間。
彼らはすでに、ただの留学生ではなく
――この学校のアイドル的存在になっていた。
ファンクラブまでできて、誰の“推し”かで女子生徒たちが盛り上がっているのを、最近よく耳にする。
……まさか、あの仮面の人たちが、アイドルになるなんて。
この前も、ハオがファンレターらしきものを受け取っているところを見かけた。
でも――なぜだか焦らなかった。
不思議なくらい、心がざわつかない。
“好きな人”じゃなくて、”推し”なら別にいいか……。
もしかして、わたし自身がアイドルを目指しているからかな?
この心の余裕、自分で自分に驚いてる。
***
「レオハルド王子、ハオ、おはようございます!」
廊下の向こうから歩いてきた二人に、にこやかに声をかける。
朝からお二人を見られるなんて、ラッキーすぎる!
「おはよう、ネネルーナ。今日も適性別授業だね」
「ハオはまた黒魔法の授業に?」
「うん。黒魔法を教えてくれる先生に、ちょっと感銘を受けてて」
お、ハオにしては饒舌な方じゃない?
その先生、お母様の知り合いかも。伝えたら喜びそう!
そう思っていると、レオハルド王子が少し声を潜めて尋ねてきた。
「ところでネネルーナ、俺たちのファンクラブができてるって聞いたけど…
…あれ、本当?」
その瞬間、隣のハオがピクッと固まる。
え?まさか、あれだけ騒がれてて気づいてなかったの…?
「本当ですよ。
女子たちは“推し”が誰かで盛り上がってます。
バレンシャンの方々は、美形揃いですから……
まるでアイドルみたい」
「ははっ、王女様にそう言われるとは、光栄だな」
そう言って笑う王子と別れて、わたしが教室へ向かおうとしたその時――
「ネネルーナ!」
後ろからハオの声。
驚いて振り返ると、彼が駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
ハオから来てくれるなんて、ちょっと珍しい。
「……ねぇ」
そう言って、ハオはわたしを壁際に追いやる。
「俺さ、手紙もらったり、呼び出しがあったり、結構忙しいんだけど……」
「うん、そうだよね。
この前ファンレターもらってるとこ、見ちゃった」
わたしも“推し”にファンレター渡したくなる気持ち、わかるし。と、うなずいていると――
ハオが片手を壁に付き、ぐっと顔を近づけてきた。
「ネネルーナは、俺のこと、助けてくれないんだ?」
……え?
こ、これは、壁ドン――!?
ハオの顔が近すぎて、息を呑む。
あの紫の瞳がまっすぐにわたしを射抜いてくる。
こんな至近距離で言わなくても……!
でも、ハオ、どうして欲しいの?
「……ネネルーナの隣にいれば、他の女子も近づいてこないかと思って」
その言葉が、胸の奥に落ちて、じわっと広がっていく。
ハオが、そんな風に思ってくれてたなんて……
紫の瞳が少しだけ揺れていて
――その視線に、わたしの鼓動が速くなる。
そんな中、レオハルド王子が戻ってきた。
「ハオ、授業遅れるぞ?」
王子、顔がニヤニヤしてるんですけど……!?
「ネネルーナ、こいつ、女子に囲まれて人気で困ってんの。
だから、ちょっと助けてやってくんない?」
「……助けるって、どうやって?」
戸惑いながらも、わたしの中で、何かがカチッと切り替わる。
――わたしにとってハオは“推し”だけど、それ以上の存在。
……そんな顔で頼まれたら、断れるわけないじゃん。
「……うん。わたしが、ハオを守ってあげる!」
ハオの目が、驚いたように一瞬だけ見開かれる。
だけどその後、ふっと優しい光を宿して――小さく、うなずいた。




