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5.ディナー

 目的へ一歩前進、と気分が良いらしいエリは、プレイルームという二階の広くフラットの部屋でヨーガに勤しんでいる。


 付き合うように言われたが、薄手のレオタードに包まれた彼女の肢体が目の前で艶めかしく折りたたまれるのを見ながら、同じように体をくねらせるのは無理、と適当な理由をつけて断った。部屋が鏡張りで視線の置き場がないのだ。


「海馬をスキャンされたからちょっと疲れちゃって」


「大丈夫なの、それ?」


 着替えを完了して、頭にバンドを巻いた彼女に心配されたが、リビングでお茶でも飲んでるよ、とさっさと避難した。常に一緒に居ることだけが仲良しの証ではない、と私は信じている。


 


「ふぅ」


 ちょっとわざとらしい味の深蒸し茶を啜りながら、常に清潔で、生活感というものが発生しようがないリビングを見回した。


 私がポッドから引き上げられ、解凍され、あれよあれよと言う間に市民権を付与され、慣れない貫頭衣に、同じような恰好で闊歩する人々。様々な刺激に羞恥心にと、どぎまぎしながら尋ねた家がここだった。


 


「はぁい、久しぶりねタヒイチ。」


 間にHIの音が余計に入ったような発音をされたので「平良太一です。よろしくお願いします」と何度か繰り返して挨拶したのを覚えている。


 女性とのルームシェアはあらかじめ通知されていたので、なんとか仰け反りそうになるのを堪え「それ、ケーゴよね。禁止よ!」と宣言されたかと思えば、ボリュウムのある体で思いっきりハグされた。


「わ、わかったよ」


「わかればよろしい!」


 やっとシェアメイトが派遣されたと喜び、飛び跳ねる彼女に、金色の髪も相まって、いとこの家のゴールデンレトリバーのメスを思い浮かべたのは内緒だ。


 彼女とひとしきり喜んだ後に、直ぐに必要なものを買いそろえないと、と買い物に出かけたり、労務について詳しく教えてもらったりした。


 随分とスパルタ、というか知力の暴力を感じたが「あなたの脳力スコアは私より高いはずよ。だから、開発したらいいの」と筋トレのそれを脳でやられて、毎日グロッキーだったが、後に労務が始まると、彼女のスパルタがなければ早々に脱落していただろう場面が多々あって、それを深く感謝した。


 宇宙空間では、常に動きが三次元だ。よって、二次元的な動きよりも、脳や肉体への負荷が大きい。


 そして上も下もない状態で「あなたから見て〇〇」「自分から見て〇〇」と指示されることがあると、これは脳が混乱してしまう。宇宙性左右盲・上下盲を発症する国民が多いというのも納得だ。




「いい? 宇宙空間では常に注意力を全開にしてね。他人の注意力に頼ると、痛い目見るわよ」




 常に視点を高く保ち、意識は三歩後ろから、自分を風景と一緒に眺めるように――そう教えられたことで事故を回避できたこともあった。


 そしてルーティーン化しそうな安全対策にも真面目に取り組んだ。




「AIのイークム(ECUM※)アクションにオウム返ししちゃだめよ。それ、ただの法令要件を満たすためのチェックだから、AIは確かめちゃくれないわ。あれはしゃべるメモ帳よ」


 ※electronic_centralized_universe_monitor.


 spaceの語を使わないのはuniverseが宇宙全体というニュアンスを含む包括的な(支配的な)語であるから。迷った場合はcosmosでも良い。本邦は帝国である。




 何度も彼女に「一度に一つ! 一動作一確認一完結! やり直し!」と叱られて指差呼称は日本人のお家芸だというのに、なんとも恥ずかしいことだと思いながら身に着けた基本動作は、労務での私の評価を早々に上げた。


 指導する側になれば宇宙遊泳の回数が減る。よって安全度は格段に向上する。宇宙デブリ、放射線、熱波という安全の一番の敵から逃れることができるからだ。


 


「君子危うきに近寄らずってね」




 得意げに言う彼女との昇進祝いに食べたパインバーグディッシュの味は格別だった。


 いつしか作業服の横棒の数が、彼女を追い越した。


 


「やっぱり、一年もしないうちに追い越された」




 すべてエリのおかげだよ、というと「よく頑張ったわね。あなたの努力の賜物よ」と褒めてくれた。


 小学校卒業以来、出来て当たり前、出来なければ制裁、という教育しか受けてこなかった私には、その気持ちが凄くうれしかったのだ。


 この時だろうか、彼女の緋色の瞳に、特別な何かを感じたのは。

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