2.時代
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西暦3002年、脱熱圏歴前年。
地球で覇権を握っていた大国が、突如として崩壊した。
熱圏時代(西暦という宗教的な暦を別にした科学的名称)から課題となっていた人口減労働人口減とそれに伴う食料の不足、経済の収縮、移民の流入などにより、国家の構成員である国民がネイションを失い、崩壊したナショナリズムは国家の信用を失墜させた。空腹で泣く人々に、政治は踏みつぶされた。
安全、食料、を提供せず、国債を発行できない国家に国たる力はなく、市場から駆逐されるかつての国際通貨の地位であった自国通貨の急速な信用縮小に、国家の統制下にない中央銀行も通貨発行権もない国も、成す術がなかった。
すると、その大国の国債を大量保有する先進国も、相次いで信用不安に巻き込まれ。世界はドミノ倒しの如く崩壊し、ここに三千年超続いた西暦が終わったのである。
混乱が続く地球に、更なる凶報として、ユーラシアの東アジア人が作る大国が「宇宙からの侵略の恐れあるなし」と世界中に通報したことで、収拾がつかなくなった。
荒廃する社会に、中空で挑発的に回転する巨大な宇宙船――狂乱、廃退、絶望。それによる核戦争、宇宙船からの地上攻撃。ありとあらゆるマイナスの状況が、嵐の様に吹き荒れ、軍隊という軍隊が戦う力を失い、糧秣を求めて彷徨うなか、虚無の地上に白銀の宇宙船から舞い降りた存在は、こう宣ったのだ。
「我に従わば卿ら生き永らえよう。我はあらゆるを、その治世において差配するを生存と繁栄の柱とするものなり」と。
後の世に「皇帝種」と呼ばれる外来二足歩行類人の来訪によって、地球は敗戦惑星として辛くも救援され、人類は延命の機会を手に入れたのである。
脱熱圏歴989年、外宇宙歴前年。
皇帝種外来二足歩行類人指導者(個人名としてカイザリン・サジタリウスがある)による治世の終了。
サジタリウス腕にある銀河から飛来したとされるその皇帝種が「次なる治世を求める地を希求せん」と仲間たちを率いて旅立ち、外宇宙に築き上げた文明を人類の手に戻したのがこの時だった。
支配が終わったと喜ぶものから、優れた指導者を失って不安がるもの。乱痴気騒ぎをして監獄を賑わしたものまで様々だったが、人々の方針は一貫して「もう二度と経済的、政治的失敗はすまい」「二度と争うまい」という断固たる決意だった。これらは三原則憲法として、現在も機能し、すべての法令は、この原則に反しない範囲で定められる。
経済的失敗については、その調整機能である中央銀行と中央政府との完全なる融合。かつ、貨幣価値と物質的価値の均衡を調整するため、すべての生産と流通を政府の支配できる状態にすべき、と結論付けられ、資本主義は「人が幸福と感じる範囲の見せかけの部分」で継続させられることになった。
もちろん、強い反発もあったが、同時に「二度と争うまい」という決意が融和を促し「優れた科学技術によって、空間的、能力的制限が殆ど取り払われたのだから、机上の空論とされ、忌み嫌われた社会主義を実現するに足る」と結論付けられたこともあり、AIとロボット技術により、人々が不平等で酷な労働と賃金格差の轡から解き放たれたことで成立した。
のちに「労役」として労働は復活したが、心身の健康と意義のある生活の維持と、働くという文化の保存を主目的にするため、大規模な職業訓練という態である。無職の大人というのが、ことのほか子育てに悪影響だったことも大きい。怠惰は社会にとって一番の毒素であった。
政治的失敗については、カイザリン・サジタリウスの人格をコピーしたAIが既に完成していたこと、西暦時代の政治的失敗のパターン化解析がすべて完了していたことで、ついに人類は自らの生み出した科学に政治の大部分を任せるに至った。
もちろんAIの暴走に備え、首相と万人委員会という、AIの決定を破却することのできる委員会も作られ、実際に抽選で選ばれた国民1万人と予備3千人で運用されてはいるが、重要議題が審議されたことは一度もなく、裁判所に付属する大陪審として機能するばかりである。
その裁判所の大陪審の判決として、宇宙共和国3代目首相を国民尊厳凌辱罪でフリーズドライ無期保存刑(後にAIにより恩赦)に処し、以後、首相の職は空位となった。
この外宇宙歴23年の出来事を付け加えておくことにする。
副次的効果として、AIによる治世というものが、比較論的に正しいという意見の醸成と合意がなされ、現在の形になったとすれば、この首相もことさら悪人ではなかったのかもしれない。