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1.帰宅

カクヨムにも連載中です。

https://kakuyomu.jp/works/16818792439238671619

 エイダム(ADAMU)という名の出口から出ると、すぐに貫頭衣の人の波に押されるように街路を歩いた。いわゆる帰宅ラッシュというやつだ。


 このサテライトでは、20時が労役終了時刻だ。開始は12時なので、ちょうど8時間でお役御免、ということになる。


 残業などは通常なく(労役だから)すべての就労者が同じ時間に出頭し、解放されるので出口という出口が混雑する。これも「宇宙空間では孔という孔を塞ぐべし」という格言によるものだろうか。正直、ただちにフレックス制を導入した方が良いと思う。


 


 エイダム出口から続くこの街路はエイダム通り(そのままだ)というが、小売店や料理店などが立ち並ぶ、いわゆる当たりの通りということになっている。


 これほどの混雑であるから、たとえばブッシュ(BUSH)出口から出て、この通りに合流しようとすれば、ラッシュの切れ間を待つことになり、それは途方もない時間を浪費する結果となるだろう。


 よって、労務者たちは、自分を解放した出口と、それに連なる街路しか利用できないことになる。これは、このサテライトの経済の見掛けの平等に大きく寄与しているだろうことは、想像に難くない。


 


 私はAで解放されたときに行きつけにしている食料品店で、解凍レンジに放り込むだけで美味しいディナーが完成するというふれ込みで、長年人気を博している圧縮食糧を買い込み(非常に廉価)輸送用ヘリコを呼び出してフックに吊り下げた。


 これはA解放の時にしか買えないので、ためておく必要があるのだ。非常に日持ちすることも利点の一つで、実は貨幣としての機能も有している。買い物が自由にならないからか、国民は物々交換という原始的な方法で、自分の欲を上手く満たしているのである。


 通販はないのか、と思うかもしれない。この輸送用ヘリコを使えば、簡単なように思えるし、事実私もそう思っている。


 だが「産業保護」という建前と「有史以来、人類は市場を開発し、そこへ出向き、コミュニケーションをとり、経済へ参画し、政治を行い、そして生きてきた」という立派過ぎるお題目の前に、禁止されているのである。


 実際は重量物(およそ300キログラム)を超えるか、壊れやすいもの、人が運搬するに適さないものなど例外もある。家庭用核融合炉などがそうだったはずだ。


 


 そうして用事を果たし、再び街路を行く。街路には当然男も女も、老人も子供も居る。そのすべてが貫頭衣を身にまとい、飾り気があるとすれば年頃の女の顔面か、髪の毛くらいなものだろう。少し前から派手目の桃色のチークが流行っているようで、正直、オカメインコかなにかかと思ってしまう。


 遺伝的傾向なのか、頭髪は色とりどりとはいかず、金とごく稀に赤っぽいものが居る程度で、私の様に黒髪直毛というとかなり少ない。


 男は大概が短髪で、見かけの特徴と言えば上半身の筋肉を大きくすることだろうか。そのため、男たちは思春期以後、肉体改造に執心するのだとか。


 私は大きすぎる筋肉などは体脂肪と変わらないし、作業着の内部が暑くなるので鍛えたりはしていない。この下着がもっときつくなるかと思うと、ただ憂鬱なだけだ。


 


「おかえり」


「――ただいま、エリ」


 唐突におかえり、と言われ、すこし遅れてから返事をした。見慣れたドアの前だ。家についていたようだ。


「いつもまっすぐ帰ってくるのね」


 そんなにあたしに会いたかったかしら、と冗談めかし、エリが腰に手を当て、しなを作って言う。


 以前まで、私の周囲に居なかったタイプの迫力とボリュウムのある美人だ。高い額と細い顎、大きな緋色の瞳に気の強そうな眉毛が印象的だ。表情豊かで、決して嘘をつかない唇も魅力的の一つだ。


 腰ひもも斜めにしてあって、彼女なりのおしゃれというものなのだろう。肩にかかった長い金色の髪の毛を、左手でさっと払う。流行りのチークはかなり控えめで、付き合いでつけています、という感じだった。


 正直、緋色の瞳と赤っぽさが被っているので、無いほうが見た目が良いはずだった。


「そんな、用事ないからさ。労役明けで疲れてるし」


 流されるように生きて、努力しろと言われて努力してきたから、どう余暇を処すべきかわからないなんて言えなかった。


「覇気がないのね」


 若いのにね、と私より数個上の彼女に言われて、なんだかなと頭を掻いた。とりあえずドアを開け、エリを先に通してから続いてはいった。


 エリとは私がこちらに来てからシェアハウス(抽選で自動的に相性の良い者と同居することになる)している仲で、移住者などの最初の友達、助け合いの相手という側面があった。


 事実、私とエリはときおり喧嘩こそするが、仲の良い男女という風に過ごせている。私が低文化圏出身移住者(じつは差別語彙らしく使用されなくなって久しい)であるから、エリの教えは日常生活にも大きく役立っている。今しがた到着した輸送ヘリコにくっついているこの圧縮食糧が美味しいと教えてくれたのも彼女だったはずだ。


「それAの? ちょっと分けて。今日、ズーブ(ZOOB)に出ちゃって、何も買えてないの」


 うんざり、という風に彼女は言う。彼女は出口運が悪いらしく、頻繁にそれを愚痴にしていた。


「いいよ、何味にする?」


 煙草の箱大のそれを、一本足の楕円形のダイニングテーブルに並べると「そぉね」と青地に白い水玉のそれを選び取った。ちなみに20箱が1セットである。私はさっさと好物の黄色い箱を選ぶ。


 彼女が選んだのはブルーオーシャン&ホワイトという味で、なにやら爽快感のある旨塩味のチキンとエビ、ホタテの貝柱がメインだ。ライスやら付け合わせの野菜が驚くほど青っぽいので、最初は食べるのが怖かった気がする。


 黄色のスパイスズは丸めるとカレーライスということになるが、このサテライトでカレーという名称は既に失われていて、もっぱらスパイスズとよばれ、ライス以外と合わせてあるときはイエローホットスープなどと呼ばれている。辛味汁掛け飯的な名称だ。


「じゃ、解凍ねー」


 開封すら必要なく、箱のまま解凍レンジに放り込み、瞬く間に膨張するそれを取り出してダイニングテーブルに置き、卓上の飲料サーバー(どの家庭にも支給されているもの)から、ヴィクトリアとよばれる黄金色の液体を2杯注いで、エリが着席した。


「食べましょ」


「うん」


 向かい合わせに座って、いただきますと乾杯を兼ねた挨拶である「デナリウス」を唱和した。


 複数人で食事して、これを唱和しない者は二心あり、として嫌われるそうだ。飲食店でも「デナリウス乱し」として批判されるため、一緒に食べるかどうかではなく、その場にいるかどうかが判断基準らしい。配膳ロボットがデナリウスを欠いた客をじいっと見つめるのも良くないと思う。あまりにも慣れない文化だったので、私は外食を控えている。ブレスユーと似たところがあるな。


 


 ヴィクトリアをごっくりとやると、リンゴやナシの芳香がして、すっきりとした微炭酸の液体が疲れた体を癒してくれた。どうやらそういう薬効もあるらしかった。


「やっぱりデナるご飯は美味しいわね」


「そうだね」


 他人と食べるご飯は良いものだ、というのを、若い世代は「デナる」というらしい。ダァナが語源だとしたら、半分ほど先祖返りというやつだろう。


 つらつら考えながら、三段重になっている一番上のサラダ(これはどのメニューでも共通)のパイナップルと甘夏、ケールとブロッコリーと口に放り込んでゆく。


 彼女は最初にサラダを食べる性分(マナーに適っている)らしく、二段目のサーモンのマリネー、フレッシュチーズの蜂蜜がけ、ザワークラウトを美味しそうにやっている。


 二段目はそれぞれ異なっていて、私の二段目(一番最初に平らげた)は、パプリカとナス、白身魚のマンリュリン炒め、くずした豆腐とリコッタチーズの和え物だった。


 それぞれの料理が適切な温度で供されるので満足度が高い。栄養価も優れているので、よほどの食通でもなければこれで満足できるだろう。


 三段目のビーフカレーは、ごろごろ肉が入っていて、人参と玉ねぎが確り甘くて、辛みの強いルゥとの相性が良い。ライスもさっくりしていて、嫌味のない分量でバターがまぶしてあった。


 移住直後、この圧縮食糧を薦められて「これぞディストピア飯だな」と、てっきりキューブ状の何かが出てくるものと思ってげんなりしていたら、このような食事を供されて驚愕したものだ。


「入手性も良ければ最高よね」


「売りさばき所が決まってるからこそ、このクオリティが維持できるんだろうね」


 一品目一店舗の原則、というのがこのサテライトにはあるので、同じ商品は同じ店にしか置いていない。似たようなものは沢山あるのだが。


「お礼は必ずするわ」


 エビをフォークで突き刺しつつ、彼女が言うので「いつでもいいから」と言っておいた。


 彼女が対価にお金を云々するとか言わずに「お礼」と言ったのは、彼女が直言を避ける美的感覚の持ち主であるのではなく、個人間でお金をやり取りするのがちょっと面倒だからなのだ。


 店舗で支払うときは、網膜認証で口座または契約している信販会社から引き落とされるが、個人間の場合は口座のあるバンクから、実紙幣を取り寄せて受け渡し、それを直ちに入金(財布を持ち歩く文化がない。鞄もポケットもないから)のためにバンクへ輸送ヘリコを飛ばし――という風に手間がかかる。経済の完全管理の為らしい。


 故に、普段は物々交換か行為によって、個人間の貸し借りを解消することになるのだが、彼女が物々交換のタネとして差し出すものが、ことごとく私にとって不要なもの(化粧品の類や、趣味の合わない圧縮食糧)だったりするのである。


 よって行為で返してもらっているのだが――


「いまからでもいいわよ」


 意外と早食いなのか、いつものように既に食べ終えてる彼女が、食卓に両肘をつきながら言った。挑発的な笑顔だが、どこで覚えるのだろうか。


「私はまだ食べてるよ」


「商談はできるでしょ?」


 商談、というところに彼女の照れというのがあるな、と私は最後のビーフの塊を口に運びながら思った。

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