これが官僚か
特災庁の本庁舎は、鉄とガラスで組まれた威圧的な建物だった。
見上げた瞬間、息が詰まりそうになる。まるで俺の覚悟を試すかのように、冷たくそびえ立っていた。
旬祢くんに案内され、無機質な受付を通過する。職員専用のエレベーターに押し込まれると、心臓がいやにうるさい。
「なんか……緊張するな」
「まあ、そのうち嫌でも慣れる」
辿り着いたのは上階にある窓一つない会議室だった。密室のようなその空間に足を踏み入れた瞬間、空調の音だけが耳につく。
テーブルの上には数枚の書類がきっちり並べられていて、そこにすでに一人の男が待っていた。
「待っていたよ、折笠晃太郎くん」
高級そうなスーツに身を包んだその男は、椅子をこちらへ向け、机の上で手を組んでいる。視線を合わせた瞬間、身が縮むような圧がかかった。
「特別災害対策庁──国家超常事象監視局、異界現象課主任。蘆屋榊だ」
厳かな雰囲気に、思わず背筋が伸びる。
「契約書の説明をする。座ってくれ」
俺は促されるまま椅子に腰を下ろす。旬祢くんは壁際に立ち、何も言わず俺を見ていた。その視線が、不安で押し潰されそうな背中を支えてくれているように思えた。
榊さんは机上の書類を一枚ずつ手元に寄せながら、淡々と読み上げていく。
「祓師として活動するにあたり、以下の規定に同意を求める。第一条──公務における異能行使は、現場責任者の承認を前提とする……」
法律に基づいた権限と責務。異能使用の制限。祓師としての行動規範。
一つひとつの条文が、命を懸ける職務であることを嫌でも突きつけてきた。
「君の適性は高く評価されている。だが……これは命を懸ける契約だ」
榊さんの鋭い視線に射抜かれ、思わず喉が鳴る。静まり返った室内に、唾を飲み込む音が大きく響いた。
まるで心の奥底まで光を当てられいるみたいだ。
「ここに署名すれば、君は“一般人”の折笠晃太郎には戻れない」
一瞬、時が止まる。
机の上のペンに手を伸ばす指先は、わずかに震えていた。
「……わかってます。もう、引き返す気はありませんから」
皐月を失ったあの日から、答えは決まっていた。
救えなかった。何もできなかった。
そんな自分を赦すつもりはない。
だからこそ、この手で守れるようになる。
もう二度と、大切な人を失わないために。
「では、ここに署名を」
ペン先を紙に走らせる。最後に自分の名前を書きつけた瞬間、備え付けの装置がカチリと音を立て、端末のランプが青く光った。
「適合確認。……折笠晃太郎、祓師登録完了だ」
榊さんの淡々とした声に、思わず静かに息を吐き出す。
横目に見た旬祢くんは、わずかに口元を緩めていた。
榊さんは大量の書類を整えると、再び俺をまっすぐ見て、
「これで君も正式な祓師だ。ようこそ、“こちら側”へ」
その言葉の意味を受け止めながら、俺はゆっくりと拳を握りしめた。




