護衛という名のストーカー
今は使われていない旧校舎の裏手。
学校のはずなのに、人の気配がまるでない。
その静けさの中、俺と旬祢くんは古びた木製のベンチに腰を下ろしていた。
「……ここなら、誰にも聞かれないだろう」
彼が周囲を一瞥してそう呟いた瞬間、俺は嫌な予感がした。
珍しく言葉に詰まっている旬祢くんを見て、これは“良くない話”なんだと反射的に悟ってしまう。
「旬祢くんは……皐月のこと、まだ覚えてるんだよね?」
数秒の間。
彼は苦しげに眉を寄せ、それでもしっかりと頷いた。
「……あいつの席が消えてて、さ。みんな、誰も……名前すら覚えてない」
自分の拳にぎゅっと力が入る。
そんなを見て、旬祢くんはポケットから紙パックのジュースを取り出し、ストローを咥えながら話し出した。
「祟りは、人を殺すだけじゃない。
時には──“存在そのもの”を削る」
残りを一気に吸いきると、空のパックを握り潰してポケットに突っ込む。
「祟りの影響で死んだ人間は……時に“周囲の記憶ごと”消える。最悪、戸籍も記録も。最初から存在しなかったことになる」
存在ごと消える──あまりにも非現実的な事実に喉がひくりと震える。
そして、声を絞り出すように問いかけた。
「なんで……俺だけ、覚えてるんだ」
「お前の中の“何か”が、あの祟りに引っかかった。……“こっち側”に来なければ、お前の記憶も消えてただろうな」
「……っ!」
もしも、皐月のことを俺が忘れていたら──
想像するだけで、思わず背筋が凍りついた。
「……消えるなんて、そんなの……」
「それでも、お前は“覚えてる”。萱島のこと、忘れたくないんだろ?」
真っ直ぐに向けられる瞳。
俺は唇を強く噛みしめ、やがて大きく頷いていた。
「だったら、ちゃんと向き合え。忘れないってことは、それ自体が祓師としての“覚悟”だ」
胸の奥に残っていた迷いが、ほんの少しだけ晴れたのを感じた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
──放課後の校門前。
皐月のいない、空虚な一日がようやく終わろうとしていた。
帰り道、友達と並んで歩きながらも、俺の頭の中はずっと皐月のことで埋め尽くされていた。
ぼんやりと歩いていると、不意に肩を強く叩かれる。
「いってぇ……!」
振り返ると、友人が不思議そうに首をかしげていた。
「お前さぁ……ボーっとしすぎだろ」
「……あ、うん。ごめん」
「ま、気をつけて帰れよ!」
そう言って大きく手を振りながら、友人は反対方向へ去っていく。
振り返していた俺の手は、友人が遠のくにつれて、次第に腕が重くなっていった。
気づけば、俺の手は力なく降りていた。
夕暮れ時。街は赤く染まり、胸のあたりが妙にざわついている。
耳を澄ますと、「すた、すた」と規則的な靴音が背後から聞こえてきた。
──いや、さっきからずっとだ。
曲がっても、渡っても、一定の距離を保ってついてくる。
(……なにこれ。ストーカー? マジで怖いんだけど!?)
俺は歩調を早めた。すると──
すたすたすたすた……
足音も、それに呼応するように早くなる。
曲がる──
ついてくる。
早歩き──
……ついてくる。
駆け足──
……ついてくる!!!!!!!
(マジで誰!?ストーカー!?)
心臓がバクバクとうるさいほど鳴り響く。
ついに足音が背後まで迫り、とうとう限界に達して振り返った、その瞬間。
「無事か、折笠」
背後にいたのは、いつも通り無表情の旬祢くんだった。
俺は数秒間ぽかんと口を開け、思わず叫ぶ。
「……ちょ、なんでつけてきてんの!?」
「つけてきたとは何だ。護衛だ」
あまりに真顔で言われて、額に手を当てる。
「……いやいや!怖いから!めっちゃ怖かったから! 背後に無音で近づくとかやめてよ!」
「足音は立てていた。むしろ意図的に」
「余計怖ぇよ!!」
ジト目で睨む俺をよそに、彼は当然のように隣に並んで歩き出した。
「お前がふらふらしているのが悪い。精神的に不安定なときは、祟りに付け込まれる」
「そ、それは……そうかもしれないけど!普通に声かけてくれればいいじゃん! “お疲れ”とか!」
「そうか」
旬祢くんは少しだけ考える仕草を見せると、真顔で口を開く。
「……お疲れ、折笠」
「今!? タイミングもテンションも死んでるし!!」
俺が頭を抱えると、彼はふっと口元を緩めた。
「冗談だ。……まあ、ついてきたのは本当だが」
「それもどうかと思うんだけど……」
沈む夕日の中、二人で並んで住宅街を歩く。影が長く伸びて、やけに現実感が薄い。
「折笠。明日、時間あるか?」
「え、明日? なんで」
「特災庁の本部に行く。正式な祓師としての登録が必要だ」
思わず目を瞬かせる。物事があまりに早く進んでいく。
「進展早すぎない!? 昨日まで祟りが存在することすら知らなかったんだけど!?」
「ついさっき決まった。俺から直接伝えろとの通達だ。……それと、“欠位候補生”にも推薦しておいた」
「勝手に!?!」
「心配するな。同期もいる」
「……同期?」
その言葉が妙に胸に残った。
俺と同じように大切なものを失い、この世界に足を踏み入れた人間が、他にもいるのだろうか。
旬祢くんは立ち止まり、空を仰いで静かに告げる。
「ここから、お前は祓師として生きていく。覚悟はあるか」
俺は一呼吸おき、真っ直ぐに彼を見返した。
「……もう、引き返すつもりはないよ」
まっすぐ、決意を込めた目で。
「そうか。なら、明日は遅刻するなよ。……朝起きられないようなら俺が迎えに行くが」
「それだけは勘弁して!?」
「遠慮するな」と意外と押しの強い旬祢くんを宥めながら、夕暮れの空の下を歩き続けた。
(
今は使われていない旧校舎の裏手。
学校のはずなのに、人の気配がまるでない。
その静けさの中、俺と旬祢くんは古びた木製のベンチに腰を下ろしていた。
「……ここなら、誰にも聞かれないだろう」
彼が周囲を一瞥してそう呟いた瞬間、俺は嫌な予感がした。
珍しく言葉に詰まっている旬祢くんを見て、これは“良くない話”なんだと反射的に悟ってしまう。
「旬祢くんは……皐月のこと、まだ覚えてるんだよね?」
数秒の間。
彼は苦しげに眉を寄せ、それでもしっかりと頷いた。
「……あいつの席が消えてて、さ。みんな、誰も……名前すら覚えてない」
自分の拳にぎゅっと力が入る。
そんなを見て、旬祢くんはポケットから紙パックのジュースを取り出し、ストローを咥えながら話し出した。
「祟りは、人を殺すだけじゃない。
時には──“存在そのもの”を削る」
残りを一気に吸いきると、空のパックを握り潰してポケットに突っ込む。
「祟りの影響で死んだ人間は……時に“周囲の記憶ごと”消える。最悪、戸籍も記録も。最初から存在しなかったことになる」
存在ごと消える──あまりにも非現実的な事実に喉がひくりと震える。
そして、声を絞り出すように問いかけた。
「なんで……俺だけ、覚えてるんだ」
「お前の中の“何か”が、あの祟りに引っかかった。……“こっち側”に来なければ、お前の記憶も消えてただろうな」
「……っ!」
もしも、皐月のことを俺が忘れていたら──
想像するだけで、思わず背筋が凍りついた。
「……消えるなんて、そんなの……」
「それでも、お前は“覚えてる”。萱島のこと、忘れたくないんだろ?」
真っ直ぐに向けられる瞳。
俺は唇を強く噛みしめ、やがて大きく頷いていた。
「だったら、ちゃんと向き合え。忘れないってことは、それ自体が祓師としての“覚悟”だ」
胸の奥に残っていた迷いが、ほんの少しだけ晴れたのを感じた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
──放課後の校門前。
皐月のいない、空虚な一日がようやく終わろうとしていた。
帰り道、友達と並んで歩きながらも、俺の頭の中はずっと皐月のことで埋め尽くされていた。
ぼんやりと歩いていると、不意に肩を強く叩かれる。
「いってぇ……!」
振り返ると、友人が不思議そうに首をかしげていた。
「お前さぁ……ボーっとしすぎだろ」
「……あ、うん。ごめん」
「ま、気をつけて帰れよ!」
そう言って大きく手を振りながら、友人は反対方向へ去っていく。
振り返していた俺の手は、友人が遠のくにつれて、次第に腕が重くなっていった。
気づけば、俺の手は力なく降りていた。
夕暮れ時。街は赤く染まり、胸のあたりが妙にざわついている。
耳を澄ますと、「すた、すた」と規則的な靴音が背後から聞こえてきた。
──いや、さっきからずっとだ。
曲がっても、渡っても、一定の距離を保ってついてくる。
(……なにこれ。ストーカー? マジで怖いんだけど!?)
俺は歩調を早めた。すると──
すたすたすたすた……
足音も、それに呼応するように早くなる。
曲がる──
ついてくる。
早歩き──
……ついてくる。
駆け足──
……ついてくる!!!!!!!
(マジで誰!?ストーカー!?)
心臓がバクバクとうるさいほど鳴り響く。
──足音が、すぐ背後まで迫った。
とうとう限界に達して振り返った、その瞬間。
「無事か、折笠」
背後にいたのは、いつも通り無表情の旬祢くんだった。
俺は数秒間ぽかんと口を開け、思わず叫ぶ。
「……ちょ、なんでつけてきてんの!?」
「つけてきたとは何だ。護衛だ」
あまりに真顔で言われて、額に手を当てる。
「……いやいや!怖いから!めっちゃ怖かったから! 背後に無音で近づくとかやめてよ!」
「足音は立てていた。むしろ意図的に」
「余計怖ぇよ!!」
ジト目で睨む俺をよそに、彼は当然のように隣に並んで歩き出した。
「お前がふらふらしているのが悪い。精神的に不安定なときは、祟りに付け込まれる」
「そ、それは……そうかもしれないけど!普通に声かけてくれればいいじゃん! “お疲れ”とか!」
「そうか」
旬祢くんは少しだけ考える仕草を見せると、真顔で口を開く。
「……お疲れ、折笠」
「今!? タイミングもテンションも死んでるし!!」
俺が頭を抱えると、彼はふっと口元を緩めた。
「冗談だ。……まあ、ついてきたのは本当だが」
「それもどうかと思うんだけど……」
沈む夕日の中、二人で並んで住宅街を歩く。影が長く伸びて、やけに現実感が薄い。
「折笠。明日、時間あるか?」
「え、明日? なんで」
「特災庁の本部に行く。正式な祓師としての登録が必要だ」
思わず目を瞬かせる。物事があまりに早く進んでいく。
「進展早すぎない!? 昨日まで祟りが存在することすら知らなかったんだけど!?」
「ついさっき決まった。俺から直接伝えろとの通達だ。……それと、“欠位候補生”にも推薦しておいた」
「勝手に!?!」
「心配するな。同期もいる」
「……同期?」
その言葉が妙に胸に残った。
俺と同じように大切なものを失い、この世界に足を踏み入れた人間が、他にもいるのだろうか。
旬祢くんは立ち止まり、空を仰いで静かに告げる。
「ここから、お前は祓師として生きていく。覚悟はあるか」
俺は一呼吸おき、真っ直ぐに彼を見返した。
「……もう、引き返すつもりはないよ」
まっすぐ、決意を込めた目で。
「そうか。なら、明日は遅刻するなよ。……朝起きられないようなら俺が迎えに行くが」
「それだけは勘弁して!?」
「遠慮するな」と意外と押しの強い旬祢くんを宥めながら、夕暮れの空の下を歩き続けた。
ふと、視界の端で“何か”が蠢いた気がして振り返る。
だが、そこにはあったのは、ただ長く伸びた俺と旬祢くんの影だけ。
(……また、あの時みたいに)
ずっと誰かに、どこかからじっと見られているような──そんな感覚が、背中にまとわりついて離れなかった。




