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彼女が祟りに堕ちた日から、俺は祓師になった  作者: なぽりまん
人生の終わりと祓師のはじまり
19/21

護衛という名のストーカー


今は使われていない旧校舎の裏手。

学校のはずなのに、人の気配がまるでない。


その静けさの中、俺と旬祢くんは古びた木製のベンチに腰を下ろしていた。


「……ここなら、誰にも聞かれないだろう」


彼が周囲を一瞥してそう呟いた瞬間、俺は嫌な予感がした。

珍しく言葉に詰まっている旬祢くんを見て、これは“良くない話”なんだと反射的に悟ってしまう。


「旬祢くんは……皐月のこと、まだ覚えてるんだよね?」


数秒の間。

彼は苦しげに眉を寄せ、それでもしっかりと頷いた。


「……あいつの席が消えてて、さ。みんな、誰も……名前すら覚えてない」


自分の拳にぎゅっと力が入る。

そんなを見て、旬祢くんはポケットから紙パックのジュースを取り出し、ストローを咥えながら話し出した。


「祟りは、人を殺すだけじゃない。

時には──“存在そのもの”を削る」


残りを一気に吸いきると、空のパックを握り潰してポケットに突っ込む。


「祟りの影響で死んだ人間は……時に“周囲の記憶ごと”消える。最悪、戸籍も記録も。最初から存在しなかったことになる」


存在ごと消える──あまりにも非現実的な事実に喉がひくりと震える。

そして、声を絞り出すように問いかけた。


「なんで……俺だけ、覚えてるんだ」


「お前の中の“何か”が、あの祟りに引っかかった。……“こっち側”に来なければ、お前の記憶も消えてただろうな」


「……っ!」


もしも、皐月のことを俺が忘れていたら──

想像するだけで、思わず背筋が凍りついた。


「……消えるなんて、そんなの……」


「それでも、お前は“覚えてる”。萱島のこと、忘れたくないんだろ?」


真っ直ぐに向けられる瞳。

俺は唇を強く噛みしめ、やがて大きく頷いていた。


「だったら、ちゃんと向き合え。忘れないってことは、それ自体が祓師としての“覚悟”だ」


胸の奥に残っていた迷いが、ほんの少しだけ晴れたのを感じた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


──放課後の校門前。

皐月のいない、空虚な一日がようやく終わろうとしていた。


帰り道、友達と並んで歩きながらも、俺の頭の中はずっと皐月のことで埋め尽くされていた。

ぼんやりと歩いていると、不意に肩を強く叩かれる。


「いってぇ……!」


振り返ると、友人が不思議そうに首をかしげていた。


「お前さぁ……ボーっとしすぎだろ」

「……あ、うん。ごめん」

「ま、気をつけて帰れよ!」


そう言って大きく手を振りながら、友人は反対方向へ去っていく。

振り返していた俺の手は、友人が遠のくにつれて、次第に腕が重くなっていった。

気づけば、俺の手は力なく降りていた。


夕暮れ時。街は赤く染まり、胸のあたりが妙にざわついている。

耳を澄ますと、「すた、すた」と規則的な靴音が背後から聞こえてきた。


──いや、さっきからずっとだ。


曲がっても、渡っても、一定の距離を保ってついてくる。


(……なにこれ。ストーカー? マジで怖いんだけど!?)


俺は歩調を早めた。すると──


すたすたすたすた……


足音も、それに呼応するように早くなる。


曲がる──

ついてくる。


早歩き──

……ついてくる。


駆け足──

……ついてくる!!!!!!!


(マジで誰!?ストーカー!?)


心臓がバクバクとうるさいほど鳴り響く。

ついに足音が背後まで迫り、とうとう限界に達して振り返った、その瞬間。


「無事か、折笠」


背後にいたのは、いつも通り無表情の旬祢くんだった。

俺は数秒間ぽかんと口を開け、思わず叫ぶ。


「……ちょ、なんでつけてきてんの!?」

「つけてきたとは何だ。護衛だ」


あまりに真顔で言われて、額に手を当てる。


「……いやいや!怖いから!めっちゃ怖かったから! 背後に無音で近づくとかやめてよ!」

「足音は立てていた。むしろ意図的に」

「余計怖ぇよ!!」


ジト目で睨む俺をよそに、彼は当然のように隣に並んで歩き出した。


「お前がふらふらしているのが悪い。精神的に不安定なときは、祟りに付け込まれる」

「そ、それは……そうかもしれないけど!普通に声かけてくれればいいじゃん! “お疲れ”とか!」

「そうか」


旬祢くんは少しだけ考える仕草を見せると、真顔で口を開く。


「……お疲れ、折笠」

「今!? タイミングもテンションも死んでるし!!」


俺が頭を抱えると、彼はふっと口元を緩めた。


「冗談だ。……まあ、ついてきたのは本当だが」

「それもどうかと思うんだけど……」


沈む夕日の中、二人で並んで住宅街を歩く。影が長く伸びて、やけに現実感が薄い。


「折笠。明日、時間あるか?」

「え、明日? なんで」

「特災庁の本部に行く。正式な祓師としての登録が必要だ」


思わず目を瞬かせる。物事があまりに早く進んでいく。


「進展早すぎない!? 昨日まで祟りが存在することすら知らなかったんだけど!?」

「ついさっき決まった。俺から直接伝えろとの通達だ。……それと、“欠位候補生”にも推薦しておいた」

「勝手に!?!」

「心配するな。同期もいる」

「……同期?」


その言葉が妙に胸に残った。

俺と同じように大切なものを失い、この世界に足を踏み入れた人間が、他にもいるのだろうか。


旬祢くんは立ち止まり、空を仰いで静かに告げる。


「ここから、お前は祓師として生きていく。覚悟はあるか」


俺は一呼吸おき、真っ直ぐに彼を見返した。


「……もう、引き返すつもりはないよ」


まっすぐ、決意を込めた目で。


「そうか。なら、明日は遅刻するなよ。……朝起きられないようなら俺が迎えに行くが」

「それだけは勘弁して!?」


「遠慮するな」と意外と押しの強い旬祢くんを宥めながら、夕暮れの空の下を歩き続けた。


今は使われていない旧校舎の裏手。

学校のはずなのに、人の気配がまるでない。


その静けさの中、俺と旬祢くんは古びた木製のベンチに腰を下ろしていた。


「……ここなら、誰にも聞かれないだろう」


彼が周囲を一瞥してそう呟いた瞬間、俺は嫌な予感がした。

珍しく言葉に詰まっている旬祢くんを見て、これは“良くない話”なんだと反射的に悟ってしまう。


「旬祢くんは……皐月のこと、まだ覚えてるんだよね?」


数秒の間。

彼は苦しげに眉を寄せ、それでもしっかりと頷いた。


「……あいつの席が消えてて、さ。みんな、誰も……名前すら覚えてない」


自分の拳にぎゅっと力が入る。

そんなを見て、旬祢くんはポケットから紙パックのジュースを取り出し、ストローを咥えながら話し出した。


「祟りは、人を殺すだけじゃない。

時には──“存在そのもの”を削る」


残りを一気に吸いきると、空のパックを握り潰してポケットに突っ込む。


「祟りの影響で死んだ人間は……時に“周囲の記憶ごと”消える。最悪、戸籍も記録も。最初から存在しなかったことになる」


存在ごと消える──あまりにも非現実的な事実に喉がひくりと震える。

そして、声を絞り出すように問いかけた。


「なんで……俺だけ、覚えてるんだ」


「お前の中の“何か”が、あの祟りに引っかかった。……“こっち側”に来なければ、お前の記憶も消えてただろうな」


「……っ!」


もしも、皐月のことを俺が忘れていたら──

想像するだけで、思わず背筋が凍りついた。


「……消えるなんて、そんなの……」


「それでも、お前は“覚えてる”。萱島のこと、忘れたくないんだろ?」


真っ直ぐに向けられる瞳。

俺は唇を強く噛みしめ、やがて大きく頷いていた。


「だったら、ちゃんと向き合え。忘れないってことは、それ自体が祓師としての“覚悟”だ」


胸の奥に残っていた迷いが、ほんの少しだけ晴れたのを感じた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


──放課後の校門前。

皐月のいない、空虚な一日がようやく終わろうとしていた。


帰り道、友達と並んで歩きながらも、俺の頭の中はずっと皐月のことで埋め尽くされていた。

ぼんやりと歩いていると、不意に肩を強く叩かれる。


「いってぇ……!」


振り返ると、友人が不思議そうに首をかしげていた。


「お前さぁ……ボーっとしすぎだろ」

「……あ、うん。ごめん」

「ま、気をつけて帰れよ!」


そう言って大きく手を振りながら、友人は反対方向へ去っていく。

振り返していた俺の手は、友人が遠のくにつれて、次第に腕が重くなっていった。

気づけば、俺の手は力なく降りていた。


夕暮れ時。街は赤く染まり、胸のあたりが妙にざわついている。

耳を澄ますと、「すた、すた」と規則的な靴音が背後から聞こえてきた。


──いや、さっきからずっとだ。


曲がっても、渡っても、一定の距離を保ってついてくる。


(……なにこれ。ストーカー? マジで怖いんだけど!?)


俺は歩調を早めた。すると──


すたすたすたすた……


足音も、それに呼応するように早くなる。


曲がる──

ついてくる。


早歩き──

……ついてくる。


駆け足──

……ついてくる!!!!!!!


(マジで誰!?ストーカー!?)


心臓がバクバクとうるさいほど鳴り響く。

──足音が、すぐ背後まで迫った。


とうとう限界に達して振り返った、その瞬間。

「無事か、折笠」


背後にいたのは、いつも通り無表情の旬祢くんだった。

俺は数秒間ぽかんと口を開け、思わず叫ぶ。


「……ちょ、なんでつけてきてんの!?」

「つけてきたとは何だ。護衛だ」


あまりに真顔で言われて、額に手を当てる。


「……いやいや!怖いから!めっちゃ怖かったから! 背後に無音で近づくとかやめてよ!」

「足音は立てていた。むしろ意図的に」

「余計怖ぇよ!!」


ジト目で睨む俺をよそに、彼は当然のように隣に並んで歩き出した。


「お前がふらふらしているのが悪い。精神的に不安定なときは、祟りに付け込まれる」

「そ、それは……そうかもしれないけど!普通に声かけてくれればいいじゃん! “お疲れ”とか!」

「そうか」


旬祢くんは少しだけ考える仕草を見せると、真顔で口を開く。


「……お疲れ、折笠」

「今!? タイミングもテンションも死んでるし!!」


俺が頭を抱えると、彼はふっと口元を緩めた。


「冗談だ。……まあ、ついてきたのは本当だが」

「それもどうかと思うんだけど……」


沈む夕日の中、二人で並んで住宅街を歩く。影が長く伸びて、やけに現実感が薄い。


「折笠。明日、時間あるか?」

「え、明日? なんで」

「特災庁の本部に行く。正式な祓師としての登録が必要だ」


思わず目を瞬かせる。物事があまりに早く進んでいく。


「進展早すぎない!? 昨日まで祟りが存在することすら知らなかったんだけど!?」

「ついさっき決まった。俺から直接伝えろとの通達だ。……それと、“欠位候補生”にも推薦しておいた」

「勝手に!?!」

「心配するな。同期もいる」

「……同期?」


その言葉が妙に胸に残った。

俺と同じように大切なものを失い、この世界に足を踏み入れた人間が、他にもいるのだろうか。


旬祢くんは立ち止まり、空を仰いで静かに告げる。


「ここから、お前は祓師として生きていく。覚悟はあるか」


俺は一呼吸おき、真っ直ぐに彼を見返した。


「……もう、引き返すつもりはないよ」


まっすぐ、決意を込めた目で。


「そうか。なら、明日は遅刻するなよ。……朝起きられないようなら俺が迎えに行くが」

「それだけは勘弁して!?」


「遠慮するな」と意外と押しの強い旬祢くんを宥めながら、夕暮れの空の下を歩き続けた。



ふと、視界の端で“何か”が蠢いた気がして振り返る。

だが、そこにはあったのは、ただ長く伸びた俺と旬祢くんの影だけ。


(……また、あの時みたいに)


ずっと誰かに、どこかからじっと見られているような──そんな感覚が、背中にまとわりついて離れなかった。


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